第21話 終幕

声が聞こえた。「舞優!」お母様の声だ。私がこんな身勝手なことをして、あきらめかけていたお母様。走馬灯でもない。きっと妄想だ…。「舞優!!!!!!」いや、本当に聞こえる。目を開ける。意識が戻る。視界も戻る。目の前には、正仄空泉に似た刀を持ったお母様と…肩に血がにじんでいる神孫子の姿があった。「お前は…守り人であろう。なぜこんなことをする。自分で死を選んだ未熟な守り人をかばって来たのか?馬鹿でもないだろうに。お前の持つ刀は空泉…家宝だろう?私を斬った故刃こぼれしておる。神気も抜け始めておるぞ。」神孫子が『自分で死を選んだ未熟な守り人』といったくだりで、お母様は驚きと悲しみとありえない!という気持ちが入り混じったような表情をしていた。なぜだろう。こんな私をあのお母様なら見捨てると思ったのに…。それはそうとして、あの刀はみろ空泉というのか。視界が完全にはっきりとした。お母様の刀の鞘に弥露空泉と書いてある。弥露空泉の『弥』という文字には見覚えがあった。


空泉そらいずみわたる。私の父親の名前だ。私が5歳の時に病気で死んでいる。そういえば、正―お祖父様の名前だ―も正仄空泉から由来している。つまりあの弥露空泉はお父様の名前の由来なのだ。

お母様はあの刀をお父様の形見のように思っているのだろうか。『刃こぼれしておる。神気も抜け始めておるぞ。』と神孫子が言ったとき、目を見開き、大急ぎで弥露空泉をみていた。


そんなお母様のことも本当にどうでもいいと言った感じで、神孫子は「たいした怪我はしてないとはいえ、重罪だぞ。不敬罪だ。」と言った。だが、本来『不敬』とかそういうのに敏感で、『礼儀』や『しきたり』、『作法』とかを重んじるはずのお母様がその言葉を無視してまた神孫子を斬ろうとした。だが、今回は血さえ出ていない。「だから言ったであろう。刃こぼれもしていて神気も抜け始めていると。もう半分以上の神気が抜けている。そんな刀が当たったところで私を斬るのは無理だ。」神孫子は半分呆れ、半分うっとうしいと言った感じで言い放った。だがお母様はまたその言葉を無視し、斬ろうとした。だが今度は当たりもしなかった。軽々と神孫子はよけ、お母様を神圧した。お母様も動けなくなった。「悲しいな。今日だけで二人の守り人を殺さなければならないとは…。仕方あるまい。」そういう神孫子の顔は無表情だった。


今度こそ殺される。そう観念した。その時声が響いた。「神孫子よ。止めなさい。」不思議な声だった。聞いていると落ち着く声だった。決して騒ぎ立てているような巨大な声でもない。叫んでいるような声でもない。逆に静かな声だった。だが、とてもよく聞こえた。まあいまは誰もしゃべっていなかったし、物音もしていなかったけど、おそらく、どんなにうるさくてもこの声は聞こえていたと思う。神孫子は上を見た。私もつられて上を見た。すると5mぐらいの真っ赤な輝く鳥がいた。


「聞こえないのですか。神孫子。その者たち四人を全員解放しなさい。あちらの世界に返すのです。」その鳥はもう一度口を開いた。神孫子はフリーズしていたが、この言葉で我に返った。「朱雀すざく様!なぜ…えー…しかし!」「なりません。」この鳥は朱雀様だ。神の臣下の。神孫子より、権力がありそうだ。神孫子の言葉はんろん即答ばっさりだ。「けがをしたというのなら、神気の退けを止め、傷口に神気を集めればすぐに傷は治るでしょう?」え、そうなの?神気、さすがは神の気だ。万能。怪我まで治せちゃうなんて。


「そういう問題では…!そうそう!人はどうするのです?」

「私が記憶を消します。来なかったことになれば問題はありません。」


ぐたっとしている二人の頭から白い糸のようなもやが出てきた。神気とは違う光り方だ。それが空中に霧散むさんした。


「さて。不敬罪も私が免除します。人の記憶も消したので、人がここに来たことは、あの世界ではなかったことになります。怪我はあなたなら問題ないでしょう?さあ。帰しなさい。この人と守り人をあの世界に。」


なんでか知らないが、朱雀様のおかげでみんなで帰れそうだ。とても神孫子は不満そうに、に落ちないという感じの顔をしている。だが、あきらめたのか、重い口を開いた。


「…だそうだ。お前ら。帰れ。いつもこういう風にいくとは限らない。それどころか今回は異例だ。もう二度と人間を連れてくるな。守り人も不用意にここに来たら今度こそ殺す。…ふぅ。早く空泉から帰れ。」


涙があふれた。神孫子と朱雀の気が変わる前に帰ろう。


「お母様?行きましょう?」


お母様に呼びかける。見ると、お母様の目にも涙がたまっている。


「そうね…あの子たちも空泉に入れてあっちに帰せば起きるでしょう。」


お母様と私で、二人を空泉に入れると、お母様と手をつないで泉に入った。



またもや、すっと空泉の中に引き込まれる感覚。水に触れている感覚はあるのに濡れている感覚はないのも変わらない。とても心地よい。だが、今度は数秒だったように感じた。お母様の手を強く握って離さず…。



目を開けたら、お母様とあれ?って感じの顔の二人。後ろを見ると空泉と空泉の反対側にいる、大きな箱を持ったお祖母様とお祖父様。お母様は私の手を放して、るいっぺと七愛ちゃんを私の部屋に追い立てていった。なんか冷たい…。二人がいなくなってすぐ、


「大丈夫?良かったわ…。」

「本当に心配したよ…」


とお祖父様とお祖母様に声をかけられた。

「はい。朱雀様に助命された感じです。なんででしょう。」


と言ったら、


「ああ、役に立ったんだわ…良かったわ…効いて…。」


と言われた。


「何かしてくださったのでしょうか?」

「ふふふ、神気を奉納したのよ。大きな願い程、沢山の神気が必要でしょ?この願いは人間の帰還と、焦って香菜さんが行ってしまったから、おそらく不敬罪の免除も必要だと思ったから、一つじゃ足りないと思って、在庫を全て奉納したのよ。願いが聞き入れられて、良かったわ。」


え…。そんな!在庫を全部なんて…!


「申し訳ありませんでした。やはり、私が二人を連れてくるのを拒否するべきでした。神気の在庫を全部奉納して、朱雀様に祈ってくださるなんて…。申し訳ありませんでした!」


全身全霊、全力で謝った。


「ふふふ、いいのよ。舞優がいなくなる方が、嫌ですもの。その代わり、これから守り人として、たくさん神気を集めてくださいね?」


と言われた。


「はい!」

「いい返事ね。…まあ、単に舞優が心配で私が神気を奉納してしまっただけだから、気にしないで。単に守り人として神気を集めるだけでいいから。香菜さんもなんやかんや言っていたけど、舞優が本当に空泉に入って、数分は出てこなかったので、心配してすぐに空泉に飛び込んでいったようでしたよ。私が神気を取りに行っていた時だったので、止められなくて…。香菜さんまで行ったので正まで行こうとしていましたし。二人が不敬罪になったら、とても在庫で叶うかわからなかったし、無駄に正まで行かせたらどうなるかと思って止めましたけど。」


とお祖母様が言うと、お祖父様はちょっと顔を赤らめて


「いや、その、ちょっと…心配でな。」


と言った。


「本当にお母様が私を心配して?私が不出来だし、「どうなっても知りませんよ。」とか言っていたし、あり得ないです。私のために、不敬罪を犯して命を危険にさらすとか…。だいたいさっきも冷たく手を放して行ってしまいましたよ?」


というと、お祖母様ではなく、お祖父様から返事が来た。


「なんやかんや言っても親は子供のことを愛しているんだよ。それは香菜でも例外じゃなかったってだけさ。子どものことを不出来だから嫌うとか、あきらめるとかそんなことをする親は、親じゃない。舞優は大丈夫だと思うが、将来母親になったら、子供たちを愛してあげておくれ。貴婦人として振る舞うのもいいが、母として、ママとして、きちんとしろよ。」


なんか、感動した。


「はい!もちろんです!」


この言葉は絶対に覚えていようと心に決めた。


二十年後

舞優は母親になっていた。男の子の母親だ。名前はすおう。既に7歳。

二十年前、弥露空泉は神孫子を斬った時に刃こぼれして、神気も抜けてしまった。神さんに神気を入れなおして貰おうと思ったが、「一度神気が抜けたものは神気を拒否するので入れられない」と言われ、刃こぼれだけでも、直してもらおうと宝月帝麟に頼むも、「できないこともないが、このレベルの刃こぼれだと新しく作った方がいい」と言われたので新しく磨周ましゅう空泉という家宝を作った。代々受け継いでいくつもりだ。勿論、周の名前の由来は、その磨周空泉から取った名前だ。

あの、お祖父様の言葉は…もちろん覚えている。今から買い物に行くのだがそれにも、貴婦人として車を使う、のではなく、ママとしてママチャリを使う。いや、完全に気分だし、自己満だけど。まだ健在なお祖父様に


「そういうことじゃなぁい!」


って怒られた。あと、大人になったから、私も貴婦人オーラを出してるらしい。まぁ、逆らえない運命ってことで。


買い物も終わった。もう、四時ごろ。自転車で帰る。その後、すれ違った三人の子供がこんなことを言ってたなんて、知る由もなかった。


「ねえ、いまの見た!?」

「うん!貴婦人って感じだったね!」

「自転車乗ってたし!」

「みんな見てなかったの?あれ、ママチャリだったよ!」

「ガチ!?ウケるんだけど!」

「サイクリング中かなww」

「くふふ!おもしろ!あれをひと言でいうなら…『貴婦人のママチャリサイクリング』?」

笑い声が響いた。

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貴婦人のママチャリサイクリング 雪吹時雨 @39appikkm

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