ドリームガール。
理屈
第1話「夢の中の少女」
ドリーム——すなわち夢。
夢とは、睡眠中の脳活動のうち「レム睡眠」の状態でよく見られる現象で、睡眠中に現実のような感覚になる観念の事らしい。
つまり、睡眠中の幻覚、といったほうが楽だろうか。
視覚を伴う夢は、ほかにも聴覚・触覚なども伴うことがある。
たとえば、洞窟が見えて、どこかから声が聞こえてきて…というのは、まぎれもなく視覚と聴覚を伴った夢という事になる。
そんな夢だが、俺——
俺が三歳の頃に死んだ親父の夢で、親父が酒を飲んでいるのだが、何かを俺に訴えるようにずっと口を開けている。だが何も聞き取れず、そこではっ、と目が覚める。
また昔付き合っていた彼女の夢も見た。
いつもデートに行っていた「エンジョイプレイス鴨下」という大きな複合施設に行くことになり、いつも通りの集合場所に行くのだが、そこで彼女がいきなり狂いだす。組んでいる腕にぐっと力を入れ、俺の腕をぽっきり折ろうとしてみたり、そこらへんに落ちている空き缶の中身をのぞいてみたり…。
通常では考えられないような奇行をされ、いつしかその
とにかく、そんな夢ばかり見てしまうから、正直夢が嫌いだった。
夢を見ている時間には嫌悪感を抱き、その夢を見てしまう、夢のことを忘れられない自分にもまた嫌悪感を抱いた。
…だが、この"夢"は少し違った。
その夢を最初に見たのは、まだじめっとした暑さが残る、九月だった気がする。
夕焼けの公園、それも大きな公園ではない。
昔だれもが遊んだような、遊具がある地元の公園。
夢は俺が移動しようとするシーンから始まった。
「じゃあ行くね。」
公園には数人がいるんだろうか。あまりにもぼやけてしまっていて思い出せないが、俺のその声は大人数に話しかけているようだった。
そして振り返ると、一人だけ少女がついてきた。
顔には見覚えがない。
背丈は俺と同じくらい、いや少し小さいか。
確実に現実ではあったことがない、そんな少女だった。
だが夢の中の俺は、まるでこの少女とずっといたかのように、しゃべりかける。
「ついてくるの?」
先述の通り、夢には視覚以外も伴う。
意識していないのに無意識に出た、このセリフに自分で驚いていた。
少女は俺が発した無意識のセリフに、ただこくっと頷いた。
恥ずかしがり屋の幼児みたいな、無邪気さも感じた。
だがそれ以上に感じたのは、爽やかな夏の音——風鈴のようなはじける美しさだ。
本当に顔立ちはくっきりしていて、凛としている。
綺麗な少女だ。
そしてずっと歩いていくと、どこか違う場所についた。
恐らくカフェだろう。
このカフェには見覚えがある。
俺の住む家から、駅のほうに歩いていくとある「Cafe pLASSA」だ。
俺も勉強するときなどはここによく来る。
そんなカフェの、おしゃれなソファに腰を掛けると、俺はその少女の方をぎゅっ、と抱き寄せてみせた。
そして二人で微笑み合い、初めて少女がしゃべりかけた——
その時、目が覚めた。
最初目が覚めた時、今まで見ていた夢をすぐに思い出すことはできなかった。
ベッドの横に置いた、安いデジタル時計は6:56を示している。
はぁ、よかった。
まだ寝ていてもいい時間だ。
そう安堵する気持ちと一緒に、ため息が出た。
少し目を閉じて、夢を振り返る。
『そういえば、どんな夢見たっけ。』
そこでようやく、さっきの少女の夢を思い出した。
夕焼けの公園、カフェには見覚えがある。
だが、少女は知らない。
なのに、どこかで見たような気もする…。
そんな、知らないようで知っている、不思議な少女は最後に何を喋ったのだろう。
二度寝しても続きを見れない悲しさに呼応するように、外では雨が降っていた。
ぽた、ぽたと垂れる水滴は、いつしか目にも反射していたようで、いつの間にか涙がこぼれていた。
なんでだろう。
この夢は、夢じゃないような気がする。
悲しくて涙が出ているのか、嬉しくて涙が出ているのか、はたまた違う感情なのか。それが俺にはわからなかった。
わかりたく、なかった。
布団を投げ捨てるようにして、急いで洗面所に向かう。
こぎれいな鏡に顔を映せば、まだ目からこぼれる雫は止まっていない。
急いで顔を洗い、リビングのカーテンを開ける。
賑やかな街を、灰色の雲が覆い雫を降らす。
いつも通りの朝で、いつもとは違う朝。
俺が嫌いな、朝なのだった。
次の日も夢を見た。
その日も少女と一緒にいて、どこか都会の街を歩いていた。
少女は相変わらずしゃべらない。
だが、少女は笑ったり寂しそうな表情をしたり、昨日より表情豊かになった。
夢の中の俺は言う。
「楽しい?」
少女はどこかうつろな目をした。
でもその目は悲しさを訴えてなくて、どちらかというとうっとり、というような目。「楽しいよ」という意なのかもしれない。
「そっか」
俺は気が利くわけでもない、空っぽな言葉を彼女に向けて、再び前を向き歩いた。
この街並み…。
間違いないだろう、これは渋谷だ。
昼間の渋谷、夏——?
入道雲を高層ビルが貫通するようで、からっと晴れている。
溢れんばかりの人だかりは、まるで波のようだ。
空の色が青だから、まるで海みたいな街だった。
夢の中の俺は、この街を深く観察していた。
きっと夢の中だとしても、なぜ自分がここにいるのか、この少女が何なのか分かっていないのかもしれない。
そしたら、少女が突然俺の目の前に立った。
何がもごもごと言っているようで、しかしよく聞こえない。
そして少女が俺に近づき——といったところで、また夢が覚めた。
今度は7:05という数字を示す時計。
昨日の雨のにおいがかすかに残るような、そんな静かな部屋で、俺は髪をかいた。
俺は、東京のとある大学に通う大学生だ。
今年で大学3年生、大学進学のために上京までしてきた。
友達は
まあ華の大学生なのに、一生講義してるようなやつとは関わりたくないだろう。
そんな中でも陵介は明るい奴で、勉強が上手くいかないときも、あいつの元気な所で俺も元気になることが多い。
そんな陵介に、俺は夢の中の少女——ドリームガールについて話してみた。
「へえ、妄想彼女?」
「ちげえよ。見たことはないのに、見たことがあるようで…」
「ああ、思い出せない的な。」
陵介は興味なさげにジュースをすすって見せた。
だが好奇心旺盛な陵介の耳は、どうしても素直でこちらに向いていた。
「じゃあさ、この大学だったら誰に似てる?」
陵介はニヤッとしながら聞いてくる。
いたずらっぽいその笑みは、どうしてもこの野郎と言いたくなる笑みで、親しいものだった。
「うーん、そうだなー。…あ、
「え、マジで!?」
陵介は驚いて見せたが、俺は何となくわかる。こいつ、多分違う意味で驚いてる。
「お前この野郎、超絶美少女と夢で会ってることになんじゃねえかよ。」
やっぱりだ、俺の予想は的中した。
しかもさっき俺が言いたかったセリフ—―こいつには何もかも奪い取られた。
だが結局こういう瞬間が楽しく、それでもあの少女は脳裏に焼き付いている。
少女の事をすっと考える。
夢の中で、あの子とどういう関係だったんだろう――。
まあいっか、なんて陽気になって、俺はニッと笑って見せた。
そろそろ夏の余韻は過ぎ去ろうとしていて、それでも気温こそ下がらなかったが、徐々に徐々に暖かい、そこから寒いという階段を下っていくような秋の日々。
俺は今日も一人ベッドに横たわり、眠ることを試みる。
だが気になってしょうがない。
この後、あの少女と会えるのだろうか。
あいにく夢はコントロールできないから、どうもすることができない。
三人称視点で二人を見守るだけ――。
いや待てよ。
えーと、確か自分でコントロールできる夢があったはずだ。
好ましくないことと分かっていたが、衝動が抑えられず、つい手のひらサイズの液晶に目を落とした。
ほう。明晰夢というのか。
情報はたくさん出てきたが、一番上にヒットした、とある大学のサイトを見てみた。そこでは心理学に詳しい人が見る方法を教えてくれていた。
「眠る直前に――イメージリハーサル?」
イラストを描いてみたり、キーワードを書きだす――。
今なら、まだできる。
時計の針を確認し、くっと頷くと、すぐに電気をつけA4用紙とペンを出した。
「少女、里音に似てる、…綺麗。」
キーワードはポンポン出てくる。
そして人物の顔――すなわちイラストを描いてみようと思い、少女を思い浮かべる。
俺は美術部だったこともあり、絵には自信がある。
さっと描きだし、20分くらい経つと、あの少女がくっきり映し出された。
「よし、これだ。」
呟き絵を見ると、やっぱり見入ってしまう。
どこまでも透き通った顔で、単刀直入に言うと美少女。現実にいたらナンパした。
そして、そのあとに現実の確認をする。
夢である事、現実であることの区別をするためだという。
「えーと、主観が一人称だったら現実、三人称だったら夢――」
適当に5個くらいは上がって、そこからはあんまり覚えていないが、とにかく現実の確認はOK。
これで一応準備万端のはずだ。
少しドキドキしながら目をこすって、ベッドに入る。
おやすみ——と、誰もいない部屋に向かって言いかけたが、突然虚しくなったので、おとなしく寝ることにした。
急に景色が変わった。
今度は俺の家――?
間違いなく、俺の家だ。しかも寝室。
少女は――隣にいる。
…おいおい、マジかよ。
俺、意識があるぞ。そして多分これ夢だろ。
―――明晰夢、成功だ。
意外とあっさり行くもんだな、と思って、手足を動かす。
しかも一人称。
現実と区別が一瞬つかないが、となりの容姿端麗な少女のおかげで夢だとわかった。
隣で見ると、なぜか切なさ、というか、なんというか。
経験したことのない不可思議な感情が沸いてくるから、とにかく涙が垂れている。
しょうがないのでまずはそっとハグをした。
少女は少し驚いた様子だったが、笑むような声を漏らしていた。
顔を見ると少し紅潮している。
その顔を親指でそっと撫で、その手を頭に運ぶ。
頭をなでるようにして、口を開いてみた。
「名前、なんていうの?」
少女は驚いた顔をした。
「――どうした?」
俺が慌てて口を開くと、少女はついに喋った。
「君、ついに意識が到達したみたいだね。」
意識――? 到達――?
さっぱりわからず、俺は尋ねる。
「どういうこと?」
「君、私にしゃべりかけようと明晰夢を見ようとしたでしょ。」
俺は驚きが隠せなかった。
少女がしゃべっていること、そして少女自身も、自らを夢の中の存在と自覚しているような発言をしたこと。
「結果として、君は今私に話しかけてる。これを意識の到達って呼んでるんだ。」
少女は得意げに話す。
話してる少女は余計――「かわいい…」
「…!?」
俺は思わず口に出してしまった。少女はぱっとした顔になって顔を紅潮させる。
「教えておくね。私の名前。」
「あ――うん。」
少女は微笑みながら話す。
「私は
「あ、俺は高橋 賢太。賢太でいいよ。」
他愛ない会話だが、陵介との会話のように、こんな空っぽな会話がまた逆に良い。
思わずふふっ、と笑った。
「そうそう、賢太。」
本当に急に名前だったから少し照れてしまったが、俺はどうにか返事をした。
「夢の中の存在と現実の君が融合するとね、私現実世界に行くんだ。」
…つまりどういうことだ?
「現実…融合…?」
「難しく考えなくていいよ、私が現実でも君に会いに行くって話。」
…それって、
それってそれって…。
「最高じゃん!!!!!」
ドリームガール。 理屈 @Likutsu_93
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