遠足前夜

そうざ

The Night before the Excursion

「え~んそく、え~んそく」

 リュックを背負った娘が、嬉々として家の中を駈け回る。

「ほらほら、早く寝ないと明日の朝、起きられないわよ」

 ママが優しくいましめる。

「俺も子供の頃、わくわくして寝付けなかった記憶があるなぁ」

 遠い目をしたパパが、柔和な笑みで呟く。

「もうベッドに入りなさい」

 ママが娘の手を引いて寝室へ連れて行く。

 娘は渋々横になったものの、瞳はぱっちり、両腕をバタバタ、両足をドタドタ、遂には起き出してカーペットの上をゴロゴロと転がり始める。パパもママも苦笑いである。

 ママは添い寝をして娘の頭を撫でる。

 パパはリュックから取り出した旅の栞をまるで絵本のように読み聞かせる。

「ママァ、お弁当のおかずは何?」

「ウサギさんのリンゴと、タコさんのウインナーと、タマゴ焼きにプチトマトよ」

「パパァ、お土産は何が欲しい?」

「そうだなぁ、明日の朝までに考えておこう」


 娘がようやく寝入ったのは、東の空が明るくなり始めた頃だった。

「どんな夢を見ているのかしら……」

「夢で遠足を待ち侘びているんだろう……」

 冷たく永い眠りから覚めた時、娘は遠足に行かれる健康な身体を取り戻す事が出来るだろうか。眠りから覚めた時、本当の明日がやって来る。

 それまでは眠りの国でゆっくりお休み――両親は空の弁当箱と白紙の栞とを娘の傍らに添えると、冷凍睡眠コールドスリープカプセルをゆっくりと封じた。

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遠足前夜 そうざ @so-za

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