隣に住む美人母娘と親密な関係になった

春風秋雄

隣に引っ越してきた美人母娘

「お母さん!停電ではないみたいだよ!お隣さんは電気ついてるよ」

「じゃあ、電気が消えてるのはうちだけ?どうして?」

外が騒がしい。お隣の母娘が騒いでいるようだ。どうやらお隣だけ電気が消えたようだ。おそらくブレーカーが落ちたのだろう。俺はサンダルをつっかけ、ドアを開けた。

「どうしました?電気が消えたのですか?」

「あ、すみません。騒がしくて。どうやらブレーカーが落ちたようなんですが、ブレーカーがどこにあるのかわからなくて」

母親がドアを開け、廊下の明かりだけでブレーカーを探しているようだった。

「このマンションのブレーカーは玄関ではなくて、洗濯機置き場のところにあるんですよ」

「そうなんですか?」

「私が見てみましょうか?」

「お願いできますか」

俺はスマホのライトをつけ、サンダルを脱いで上がった。2LDKの間取りはうちと同じなので、洗濯機置き場の位置はわかる。ブレーカーに明かりを当てると、主電源が落ちていた。手を伸ばし主電源のブレーカーを上げる。パッと明かりがついた。

「わあ!ついた」

娘さんが嬉しそうにはしゃいだ。中学生か高校生といった年頃だろうか、とても可愛い顔をしている。風呂上りといった感じで、髪の毛が少し湿っているようなので、ドライヤーを使っていたのだろう。

「ありがとうございます。助かりました」

母親が丁寧にお礼を言った。2週間くらい前に引っ越しの挨拶にきてくれた人だ。年は40歳前後だろうか、俺よりはるかに年上のようだ。しかし、とても綺麗な人だ。この人の子供だから娘も美人なのだろう。

「このマンションは古いので、一度に電気を使うとよくブレーカーが落ちるのですよ。電子レンジとドライヤーを一緒に使うと落ちることがよくあります」

「まさにそれです。私が電子レンジを使っているときに娘がドライヤーを使ったので落ちたのだと思います」

「じゃあ、私はこれで」

俺が部屋に戻ろうとすると、母親が

「明日、改めてお礼に伺います」

「お礼なんかいいですよ。大したことはやっていませんから」

「本当にありがとうございました」

母親がそう言って頭を下げると、後で娘さんもペコリと頭を下げた。

娘さんのその仕草がとても可愛かった。


翌日の夜、お隣の母親がお礼に来た。

「昨日はありがとうございました」

「わざわざお礼なんかいいのに」

「これ、お礼の品ですので、良かったら使って下さい」

母親が差し出したのは、ドラッグストアーで売っているボックスティッシュ5箱パックだった。なぜに?ドラマとか小説ではお隣さんが一人暮らしの男にお礼に持ってくるのは、肉じゃがとかの煮物や、カレーやシチューを作りすぎたのでと、タッパーか何かに入れて持ってくるイメージがあったが、ティッシュというのは予想外だった。

「この前挨拶に伺ったときに、お一人と聞いていたので、独身の男性なら、本当は煮物とか食べるものを差し上げた方が良かったのかもしれないですけど、私料理が苦手なので」

母親は笑いながら言い訳をした。

「料理苦手なんですか?」

「ええ、料理はたまに娘が作るくらいで、いつもはコンビニ弁当ですませています。だからティッシュならよく使われるだろうと思って」

独身男性がティッシュをよく使う?まさか、そういう意味で言っているのか?

俺の心の声が顔に出たのだろう、母親も自分が言った意味に気づいたようで

「ああ、そういう意味で言っているんじゃないですよ。誤解しないでくださいね。でも、まあ、もちろん、そういうことに使ってもらってもいいんですけど」

この人は天然なのかな?

「ありがとうございます。毎晩使わせて頂きます」

と笑いながら応えると、母親は顔を赤らめて「それじゃあ、頑張ってください」と言って帰って行った。何を頑張るんだ??


俺の名前は水島大樹。今年30歳になった。新潟の出身で、大学進学で東京にきて、大学卒業後、高校の数学教師になったが、赴任した高校のガラが悪く、心身ともに疲れ26歳の時に教員を辞めた。その後は塾の講師をやったりしていたが、現在は中途採用で中堅の出版社に勤務している。まだ独身だ。

お隣さんは、平岡さんという。平岡さんの部屋は角部屋で、お隣は俺しかいないので、平岡親子とは会うたびに挨拶をしたり、少し世間話をする程度には仲良くなった。

母親は静香さんといい、今年39歳になるそうだ。静香という名前のわりに、けっこう賑やかい人だ。天然なところがあり、話していると楽しい。娘さんは陽菜(ひな)さんという。中学3年生で、高校受験に向けて勉強中らしい。静香さんは離婚していて、現在は母子家庭ということだ。静香さんは美容師で、収入的には陽菜ちゃんを養っていくのに問題なさそうだった。


静香さんが再び俺を頼ってきたのは、ブレーカー事件から2か月ほど経った夏の暑い日だった。その日は、日曜日で俺は昼間部屋にいた。部屋のチャイムが鳴って出てみると静香さんだった。

「水島さんは機械には詳しいですか?」

「機械ですか?何の機械ですか?」

「エアコンなんですけど」

「どういう状況なんですか?」

「効きが悪くて、水がポタポタ落ちてくるんですよ。修理業者に連絡したら、今混み合っていて、来れるのが来週になるっていうんですよ」

「この暑いのに、それは大変ですね。おそらくドレンホースが詰まっているのだと思います。ちょっと待ってください。ポンプを持ってきますから」

俺はそう言って物入からドレンホースクリーナーを持ってきた。

「じゃあ、部屋にお邪魔していいですか?」

「お願いします」

平岡さんの部屋に入り、ベランダに出て、室外機のホースにポンプを差し込む。レバーをグイッと引いて、ホースから外すと泥のようなものがボタボタと出てきた。何回か繰り返し、詰まっているものが取り除かれたのを確認して、エアコンの電源を入れてもらった。

「直りました!ありがとうございます」

「よかった。この暑さだとエアコンなしでは辛いですからね」

「今コーヒーでも入れますから、よかったら飲んでいってください」

言われるままリビングのテーブルに座って、アイスコーヒーを御馳走になった。

「美味しい!これは市販のアイスコーヒーですか?」

「これは、アイスコーヒー用の豆を買って、一晩水につけた水出しコーヒーです」

「お湯ではなく、水につけるのですか?」

「そうです。水出しコーヒーはとてもクリアーな味になって美味しいんですよ」

「お料理は苦手って言っていましたけど、コーヒーは凝っていますね」

「ははは、コーヒーは好きなので、淹れ方は色々研究していましたから。次回は暖かいコーヒーを御馳走しますよ」

「今日はお休みですか?」

「お店は火曜休みなんですけど、それ以外に月に4回休みをとれるんです。できるだけ陽菜の休みの土日にとるようにしていて、今日は休みをとれたのです。水島さんは土日休みですか?」

「ええ、基本的には週休2日で土日祝が休みです。今日は陽菜さんは?」

「受験生ですので、勉強しなければいけないのに、エアコンが効かないので、家ではできないと言って図書館に行っています」

「そうですか、受験生は大変ですね。この夏休みが勝負ですからね。私も以前塾の講師をしていたときは、夏休みは大変でした」

「塾の講師をしていたのですか?」

「もともと大学を卒業して高校の教師になったのですが、色々あって教員を辞めたあと、しばらく塾の講師をしていました」

「水島さん、うちの陽菜の勉強をみてやってくれませんか?お金はお支払いしますから」

「僕がですか?」

静香さんは真剣な顔をして頷いた。


陽菜さんが帰ってきてから、成績表やテストの答案用紙を見せてもらったが、思った以上に成績は悪かった。基礎からやり直さなければならないレベルだった。受験までに間に合うのだろうか。でも、話している感じや、答案の内容を見る限り、地頭(じあたま)は良さそうだった。おそらく授業を聞いてないことや、勉強のやり方を知らないのが原因で今の成績になっているだけで、ちゃんと道筋を立てて教えれば何とかなるだろう。おれは陽菜さんの家庭教師を引き受けることにした。

「それで、授業料はいくらくらいお支払いしましょうか?」

静香さんが俺に聞いてきた。

「授業料はいいですよ。お隣のよしみですので。その代わり、静香さんの淹れたコーヒーを飲ませて下さい」

「そんなのでいいんですか?」

「それで十分です。ところで、静香さんが休みの日はいいとしても、仕事の日は静香さんの帰りは遅いですよね?その間陽菜さんと二人きりになってしまいますけど、いいんですか?」

「そんなこと気になさらないで大丈夫ですよ。もし、何か間違いがあったら、陽菜は未成年ですから、すぐに警察に連絡しますから」

静香さんはニコリと笑いながら言った。


基礎から教えていくうちに、陽菜さんの学力はどんどん上がっていった。家庭教師の時間帯は俺が会社から帰ってからになるので、夕飯時と重なる。陽菜さんが練習問題を解いている間に、俺は自分の部屋で夕飯を作ることにした。俺は独り暮らしが長いので、一通りの料理はできる。自分の分だけというわけにはいかないので、陽菜さんの分と、ついでに静香さんの分も夕飯を作るようになった。静香さんは最初のうちは恐縮していたが、今までコンビニ弁当ですましていたのが、手料理が食べられることに感動して、そのうち俺の料理を楽しみにしてくれるようになった。

ある日、静香さんが聞いてきた。

「水島さんは何でも作れるのですか?」

「今はインターネットを見れば、色々とレシピが上がっていますから、それを見ながらやれば大抵のものはできますよ」

「だったら、リクエストしてもいいですか?」

「何が食べたいのですか?」

「親子丼が食べたいです」

「親子丼?」

それに陽菜さんも同意してきた。

「食べたーい。コンビニの親子丼も悪くないけど、久しぶりに作りたての美味しい親子丼が食べたい!」

「親子丼なんか作れますか?」

「作ったことはないですが、チャレンジしてみましょう」

その日、寝る前に俺はインターネットで親子丼のレシピを検索した。サイトによって微妙に調味料の割合が違う。迷った末に、いつもお世話になっているサイトのレシピを参考にすることにした。翌日、材料を買って来て、レシピ通りに調理した。味付けは、だし汁とミリンと醤油と砂糖だけなのだが、この割合が微妙だった。二人の反応は「美味しい!」「これぞ親子丼だ!」と絶賛だった。苦労して作ったかいがあった。この親子丼をきっかけに、平岡親子との距離がぐっと縮まったような気がする。それ以来、母娘は「天ぷらが食べたい」とか、「明日はカレーにして」といった感じで、どんどんリクエストしてくるようになった。


年が明け、陽菜さんはかなり学力があがり、クラスでも上位の成績になった。意気揚々と受験に挑み、その合格発表の日、仕事をしていると陽菜さんからLINEのメッセージが入った。

“合格しました!大樹さん、ありがとう!愛してまーす!”

俺は自分のことのようにうれしかった。次の日曜日に静香さんは休みをもらい、俺たち3人は合格祝いにちょっと高級なレストランへ行った。もちろん静香さんの奢りだった。


陽菜さんが高校に進学してからも、静香さんのたっての希望で、俺は家庭教師を継続することになった。陽菜さんの学力のこともあるが、静香さんの狙いは、どうも俺の手料理のような気がする。

その頃になると、俺たちは、まるで家族のような関係になっていた。静香さんと俺の休みが重なると、3人で映画を観に行ったり、どこかへ食事に出かけたりするようになった。静香さんが土日に休みをとれないときは、俺と陽菜さんと二人で買い物に行ったりすることも増えてきた。静香さんは自分がいない時に俺たち二人が出かけていたことを知ると、むくれて僻むこともあった。


また暑い夏がやってきた。その日俺は休日出勤の代休で、平日にもかかわらず部屋でゴロゴロしていた。すると部屋のチャイムが鳴った。出てみると静香さんだった。

「今日はお休みなんですか?」

いきなり静香さんが聞いてきた。

「ええ、この前の土曜日に休日出勤したので、その代休です。そういえば今日は火曜日ですね。静香さんもお休みだったんですね」

「そうですよ。何か隣から物音がするので、休みなのかなと思って来てみたんです。良かったらコーヒーでも飲みにきます?」

「うれしいですね。じゃあ、あとで伺います」


10分後に俺は着替えてお隣さんに伺った。

「今日は陽菜さんはどうしたの?」

夏休みなので、当然陽菜さんもいると思っていたのだが、いないようなので聞いてみた。

「お友達と映画を観にいくと言って出ていきましたよ」

そうか、高校生ともなると、静香さんや俺とではなく、友達と映画に行くようになったのか。陽菜さんがいないとなると、今日がチャンスかもしれない。静香さんが出してくれた水出しコーヒーを一口飲んで俺は切り出した。

「静香さん、今日は折り入ってお話があります」

「あら、なんでしょう?」

「この1年、僕は静香さん母娘と、家族同然の付き合いをさせてもらいました。そこで、僕を、正式に家族にしてもらえませんか?」

静香さんは一瞬驚いた顔をした後、その顔は徐々に引きつった顔になってきた。

「それは、結婚したいということですか?」

「そうです。ダメでしょうか?」

「あまりにも年が離れているように思いますが」

「年の差なんて、気にする必要はないと思っています。世間ではこれくらいの年の差結婚は結構ありますから」

「このことは、陽菜は承知なのですか?」

「陽菜さんには正式には話していません。まずは静香さんの了解をもらうのが筋だと思ったので。でも、それとなく遠回しに気持ちを聞いてみた感触では、陽菜さんにも承諾もらえそうでした」

「そうですか・・・」

静香さんは、少し陰った顔をした。

「どこが、そんなに気に入ったの?」

「一番は、一緒にいて楽しいということです。僕が今まで出会った女性の中で、一緒にいて楽しくて、これほど心落ち着く人は初めてです。そして、そばにいるだけで、胸がわくわくしてくるのです。一生大事にしたいと思える女性です」

「そうですか、そこまで思ってくれているんですね」

「だから、どうかお願いします」

「でも、ちょっと早すぎやしませんか?」

「確かに、出会ってからまだ1年ちょっとですが、僕の気持ちは十分熟しています」

「そうではなくて、陽菜はまだ16歳です」

「陽菜さんが成人するまで待った方が良いということですか?」

「当たり前じゃないですか。以前は親の承諾があれば16歳でも結婚できましたけど、法律が変わって18歳にならないと結婚できなくなったのはご存じでしょ?」

「静香さん、ちょっと待って下さい」

「もうこの話はここまでにしましょう」

「静香さん、違います。僕が結婚したいのは、静香さん、あなたです」

静香さんが固まった。鳩が豆鉄砲を食らったような顔とはこういう顔なのかと初めて知った。

「私?」

「そうです」

「でも大樹さんとは年が離れすぎているんじゃ?」

「それ、さっき言いましたよね」

「ああ、そうか。でも私なんかのどこがいいの?」

「それも、さっき言いましたよね」

「えーと、あの、ダメだ、胸がドキドキしてきた、どうしましょう」

「大丈夫ですか?」

「ごめんなさい。今日は私、もう帰ります」

静香さんはそう言って立ち上がったので、俺は慌てて言った。

「静香さん、ここはあなたの部屋です」

「ああ、そうか。ごめんなさい。今日は、もう帰ってもらえますか。頭が混乱していて」

「わかりました。返事は急ぎませんので、ゆっくり考えて下さい」

俺はそう言って辞去した。


その夜、チャイムが鳴って、出てみると、静香さんだった。

「ちょっとお話させて頂いていいかしら?」

「どうぞ、お入り下さい」

俺は静香さんを初めて部屋にあげた。

「意外に綺麗にされているのね」

「意外でした?」

「男やもめに蛆がわくっていうじゃない。もう少し散らかっているのかと思った」

俺は冷蔵庫から麦茶を出して、コップに注ぎ、静香さんの前に置いた。

「陽菜が帰ってから、今日のこと陽菜に話してみました」

「陽菜さんは何て言っていました?」

「大賛成してくれました。すぐにでも結婚しろって」

「よかった。それで、肝心の静香さんの気持ちはどうなんですか?」

「どこが、そんなに私を気に入ってくれたのか、もう一度言ってもらえますか?」

「昼間話したじゃないですか」

「だって、あの時は陽菜のことだと思って聞いていたから。ちゃんと自分のことだと思って聞きたいの」

「一番は、一緒にいて楽しいということです。僕が今まで出会った女性の中で、一緒にいて楽しくて、これほど心落ち着く人は初めてです。そして、そばにいるだけで、胸がわくわくしてくる女性です」

「ありがとう。あと、もう少し何か言ってなかった?」

「覚えているじゃないですか。一生大事にしたいと思える女性です」

「うわー、嬉しい。この年になって、そんなこと言われるとは思ってなかった」

「それで、返事はOKでいいんですよね?」

「それは、もちろん…」

静香さんがそう言いかけたところで、チャイムが鳴った。出てみると陽菜さんだった。

「陽菜さん、ちょうど今お母さん来ているところ、陽菜さんもあがる?」

「ああ、私はいい。お母さんが、これを忘れていったので、届けにきただけ。じゃあ、ごゆっくり」

そう言って陽菜さんは隣に帰って行った。陽菜さんが届けてくれたものは、なんと、静香さんのパジャマと枕だった。

「陽菜さんが、こんなものを届けにきましたけど」

俺はそう言って静香さんにパジャマと枕を渡した。

「陽菜がね、母さんは、もう今晩からは大樹さんと一緒に寝なさいと言って、追い出したの。ここで寝ていい?」

「断る理由なんか、何もありません」

「あら、そのティッシュ、去年私があげた物じゃない?まだ使ってたの?」

「去年もらったのは、とっくになくなって、あれから何回も買い足していますよ。なにせ、毎晩使ってましたからね」

俺は冗談まじりに笑いながら言った。

それを聞いて、静香さんは俺の顔を見ながら真顔で言った。

「大樹さん、毎日できるんだ?」

静香さんの目が一瞬光ったような気がした。

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