エクスとデブリ

 暗い裏路地の間からすすに塗れた小汚いユイクが顔を出した。

 様子を伺い誰にも目を合わせないように注意しながらゆっくりと歩いていく。

 ここはレベル100の商業区だがすでにローダー達の手が回っているのか慌ただしい、各地区を行き来する道にはすでにローダーが配置され通るのは難しいだろう。

(セルベリアのやつ相当頭に来てんな...いや当たり前なんだけどさ)

 ため息をつきながらなんとか抜ける道がないか再び模索し始める。ユイクは頭がいい方ではないことを自覚しているが何の考えもなしに強行突破をするほど馬鹿ではない。


「オラァ!どこ見て歩いてんだ!」


 怒号が聞こえ急いで身を隠して様子を伺うとカウボーイハットを被った青い肌のエイリアンが小さい緑色の肌を持つエイリアンの子どもを踏みつけていた。


「ゴルブさん機嫌悪いなぁ」

「そらセルベリア姐さんに理不尽に殴られたらなぁ」

「この薄汚ねぇ貧乏人が!お前もアンダーワールドでゴミみたいな生活するか!?」

「ごめんなさい!ごめんなさい!」

「すいませんですじゃ!許してくだされ!」


 しわのある紫色の小さい肌のエイリアンが子どもを守るように覆いかぶさる。


「じじい!邪魔すんじゃねぇぶっ殺されたいか!」


 自分が見つかったわけではないと安堵したユイクはその場を後にしようとするが背を向けると後ろから叫び声と怒号が耳を襲う。自分には関係のないことだと振り払うが足がどうしても前に進まない。

 自分には関係ない、自分さえよければそれでいい。ブレンと約束したじゃないか、自分のために生きていくんだと。だから他人がどうなろうが関係はない。


「そんなに死にたきゃ殺してやるよ!」


 ブラスターの銃口が老人と子どもに向けられたとき、ブレンの死にざまがユイクの頭にフラッシュバックした。


「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 叫んだ瞬間、まるでユイクの感情に呼応するかのように見えない爆発が起き建物のガラスやその場にあった物やローダー達が一斉に吹き飛ぶ。

 騒ぎを聞きつけたローダー達が一斉に彼の元へと駆けつけてきた。その数は十数人、彼もすぐに我に返って逃げようと走り出したがすでに囲まれてしまっている。

 使ったことのないブラスターを懸命に撃つが慣れないためか全く当たらない。

 

「大人しくしろ!」

「やかましい!」


 発射されるレーザーを何とか搔い潜って前とは違い緑色の刃を出現させたブレードを闇雲に振るい何とか道を作ろうとするがどうしてもブレンが死んだあの時の感覚が出てこない。

 生きてセルベリアに連れて行こうとしているのか頭や胸といった急所は狙ってこないのが唯一の救いだ。

 帝国兵から横流しされた暴動鎮圧用のスタンバトンを構えながらじりじりと距離を詰めてくるローダー達にユイクはついに壁へと追いつめられる。


「ようやく追いつめたぜクソガキ。ここで半殺しにしてもいいが姐さんにどやされるのはごめんだからなぁ、ほどほどにしといてやるよ」

「ヒステリー女の子守もできないくせに粋がんなよカス、どうせその顔の傷もあいつにやられたんだろ。ボスの娘のご機嫌取りでもしてろ」

「おぉ~言うじゃねぇか、薄汚いアンダーデブリのくせに。聞いたぜ?お前命欲しさに姐さんの靴舐めて犬の真似したんだろ?ご機嫌取りしかできないのはお前もじゃねぇのか?」

「薄汚いデブリと同じことしてるとか情けないと思わないのかよ。そりゃボスも子守しか頼まねぇよな!」

「黙って聞いてりゃいい気になりやがってガキが!」


 来たっ!とユイクは挑発に乗って襲い掛かってきたゴルブをまっすぐ見据えて態勢を整える。

 攻撃をかわそうとした瞬間ゴルブは後ろにいるローダー達めがけて急に吹き飛んだ。まるでボウリングのように倒されていくローダー達に呆気に取られていると上から少女が下りてきた。


「ついてきて!早く!」


 少女が何者なのか確認する暇もなく開かれた道をユイクの手を取って全力で走る。

 ユイクは転ばないようについて行くのがやっとだったが、しばらく走った後人気のない場所へとたどり着いて少女はようやく彼の手を離した。ユイクはとっさに距離を取ってブレードの剣先を向ける。


「大丈夫、あたしはノーラ・ネルビアント。あんたと同じエクスよ。マスターメリアのウォーカー。あんたすごいじゃない、見てたわよあのフィールインパクト。相当感応力が高いみたいね」


 手を上げて自分は無害だとアピールするノーラにユイクは依然ブレードを向ける。


「嘘なんてついてないわ。エクスブレードは任務で無くしちゃったんだけど...ってそれ私のブレードじゃない!」

「近づくな下がれ!」

「ちょっと!自分のブレード無くして不安なのは分かるけどそれは私の!自分のが見つかるまではスタンバトンで我慢しなさいよ私もしてたんだから!」

「下がれって言ってんだろぶっ殺すぞ!」


 ブレードを下げてブラスターを向けるとノーラは目を見開いて驚いた後急に激高し始める。


「ブラスター!?いくら生き残りたいからってそんなもの使うなんてエクスとしての誇りはないわけ!?」

「うるせぇんだよさっきから!勘違いしてるみたいだから言っとくが俺はエクスじゃない!これは俺が拾ったものでお前のものっていう証拠はない、だから渡さないわかったか!」

「...ちょっと待って?あんたエクスじゃないの?」


 信じられないといった様子でユイクを見るが彼は依然として彼女にブラスターを向けたまま警戒を解かない。ノーラはしばらく頭を抱えてしゃがみ込み、深呼吸そしてから彼にもう一度確認を取った。


「確認するわね。あんたはエクスオーダーの一員じゃないの?」

「そうだよ」

「そのブレードは?」

「拾った」

「じゃあ何?たまたま拾ったブレードを使って暴れて今グエゼンローダー達から追われてるってこと?」

「超簡単に言うとな」


 それを聞いてノーラは見えない天を仰いだ。

 なんということなのか。自分が危険を冒して助け出した少年は任務に関係なくそれどころかエクスでもない一般人で、さらに言えば自分のブレードを使ってグエゼンローダーの娘の腕を斬り飛ばして逃走中という厄介極まりない存在だった。


「わかった、わかったわ。とにかく、まずはそのブレード返しなさい?」

「俺のだ」

「あ・た・し・の!私の持ち物なんだから返しなさい!」

「証拠なんてどこにもないだろうが。お前のだって言うなら証拠見せろよ!」

「屁理屈言ってないで返しなさい!それはエクスが使う誇りあるブレードなの!」

「なら兵士に窃盗だって言って泣きつけよ!逮捕されるのがオチだろうけどな!」

「このガキっ!さっき助けてあげたでしょ!」

「別に助けてもらわなくてもあいつ人質にとって逃げられたんだよ!そもそもお前だって俺とそんなに変わらないじゃねぇか偉そうにすんな!」

「ちょっと!どこ行くのよ!」


 面倒になってその場を去ろうとする彼の前にノーラが回り込み、彼はそんな彼女に向かってブレードを向けた。


「まだあたしが話してる途中でしょ!」

「お前の話なんてどうでもいい、ぶっ殺されたくなかったら失せろ」


 二人はお互いの間合いを図り合ってその場で睨み合う。

 ユイクにはブラスターとブレードが、ノーラにはスタンバトンとエクスとしての能力が。

 30秒ほど睨み合った後、ついにノーラが折れた。


「わかったわ。取引しない?」

「しない」

「落ち着きなさいって、あんたここから逃げたいでしょ?あたしも一緒。だから協力しなさい」

「断る」

「このっ...良い?あたしにはここから逃げるツテがあるわ。でもそのためには戦力がいるの」

「俺みたいなガキ一人仲間にしてなんか変わるのかよ」

「ええ、あんたにはエクスになれる素質があるわ。フィール感応っていうんだけどその辺またあとで教えてあげる」


 彼を見つけたときに感じたあの力、あれは並大抵の物ではない。

 自分と同じエクスになれる素質を持つ目の前の少年を仲間に引き込めば少なくとも今よりもずっとこの惑星からの脱出できる可能性が高くなるとノーラは直感で感じ取った。


「あたしが力の使い方を教えてあげるわ。これから何をするにしても身を守る力は必要なはずよ」

「......いや、必要ない。じゃあな」


 しばらく考えた彼だったが結局興味がないのかその場を後にしようとする彼にもう一度回り込んで説明を始めるノーラだが、彼の顔はいい加減うんざりといった様子だった。


「ちゃんと聞いてた!?ここから逃がす手伝いをしてあげるって言ってんの!」

「お前も聞いてたか?必要ないって言ってんだよ」

「なんでよ!ここから出たくないの!?」

「まず、お前があいつらの仲間だって保証がない。もしお前の話が本当だとしても出られる保証はないしタダ働きをする気はない、あとエクスだなんだっていう胡散臭い話も興味ない」

「じゃあローダー達はどうやって吹っ飛んだのよ」

「黙れ、興味ない」

「こんの......ああそう!じゃあ行きなさいよ!」


 やれやれといった様子で彼に行けと促す。


「たった一人で巨大シンジゲートの包囲を突破して上の階層に出られるっていうなら行きなさいよ、ほらほら、さっさと行けば?あたしは現実的な提案をしたのに、あんたは自分の幼稚なプライドを優先するんでしょ?もっと考えがあるやつだと思ってたんだけどがっかりだわ」


 ユイクはうるさく文句を言う彼女にため息をつきながら背を向けて歩き出した。


「ええそのまま行きなさい。それでローダー達に捕まればいいのよ」


 彼は気にせずに歩き続ける。


「構ってもらえると思ったら大間違いだから!あたしも戻ることにするわ!いつまでもここに居たらまずいもの!」


 彼はこの後どうするか考えながら歩く。まずは食料を調達して休めるところを探さなければ。


「...ほんとに帰るから!考えを変えるなら今のうちよ!」


 見つからないように店から食料を盗み、顔を隠せる何かを探す必要がある。

 あとは集団に紛れて区間を移動しポータルの見張りが少なくなったタイミングで突破。

 これも一つの考えだろう。


「ねぇ!いい加減意地張るのやめなさいって!あたしも大人げなかったから!ね?今なら怒らないから!」


 突破をしないで済むような方法を取れれば一番良いが何かないだろうか。

 荷物に紛れて一緒に出るか変装するか。


「ちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

「あぶねぇ!!」


 いきなり後ろから全力で振り下ろされたスタンバトンをなんとか転がってかわした彼は全力疾走で襲撃してきた彼女に対してブラスターを向ける。


「お前クスリでもやってんのかよいきなり襲い掛かってきやがって!」

「うるさいわ!なんで普通にどっか行こうとしてんのよ!戻ってくるとこでしょうが!」

「お前が行けって言ったんじゃねぇか!」

「あれは意地張ってたけどよくよく考えたら私の提案しかないから戻って話を聞く流れでしょ!何をそのまま何事もなかったかのように立ち去ろうとしてんのよ!」


 キレ散らかすノーラにドン引きするユイクはもう本当にこいつ殺してしまおうかとブラスターに手をかけていつでも発砲できるように準備だけはしておいた。


「よし分かったわ!あたしは大人だからさらに譲歩してあげる!私に協力するなら力の使い方を教えてあげる上に報酬も払う!これでどう!?」

「いくら?」

「...100クレジットでどう?」


 ユイクは発砲した。

ノーラは避けた。


「落ち着きなさいって冗談よ冗談~えーとそうね、200クレジットならどう?」


 ユイクは発砲した。

 ノーラは避けた。


「わかった大盤振る舞い500クレジットよもってけ泥棒!!」


 ユイクは全力で斬りかかった。

 ノーラはバトンで何とか防いだ。


「ストップストップストップ!わかったあたしが悪かったからいくら欲しいのか言って!」

「5000クレジット」

「5000!?ぼったくりでしょそれ!」

「ローダーなら2万は取られるぞ」

「はぁ!?あほくさ!やっぱ帝国支配下ってクソだわ!わかったわよ5000払うわよ!」


 そう言ってようやくユイクはブレードを収めた。


「はぁはぁ、でも支払いはここから脱出したらよ。いいわね」

「わかった」

「じゃあついてきて、あんた名前は?」

「ユイク」


 ノーラは少々疲労した様子で目の前を歩き始める。

 なんだか面倒なことになったが金が手に入る上に脱出ができるなら悪くはないだろう。

 彼はため息をついてまた歩き出した。


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ジェネシストライ~選ばれし者は自由に生きたい~ どんぐりあざらし @azarashi0603

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