最終話




 夜も遅いからと、復興は明日から開始されることになった。


 魔王城へ帰った後も、お義父様はことの発端であるシディルを責めることはなかった。

 私も、怒られなかったな。


 お義父様もお義母様も、私たちに一切悪い所なんてないような態度で接してくれるが、謝らなければ。


 そう思って、置いて行かれた事に激怒してお義父様の胸ぐらを掴んで振り回しているお義母様の2人へと、深々と頭を下げる。


「今回のことは、私がシディルの気持ちを無視して暴走させてしまったことが原因です。ごめんなさい」


「いや、僕が余裕がなかったせいだよ!? ごめん、僕のせいで」


 シディルは私の頭を上げさせようとしてくるが、下げ続ける。


 私が嫁がなければこんな事にはならなかった。


「私、身体が弱くて魔法もまともに使えないし、貧乏だし、頭も良くないです。シディルやこのお家に見合いません」


 そもそも、初めから身分不相応だったんだ。


 ドサっと音がした後、じわりと視界が滲む先にお義母様のツカツカとした足音と共に靴先が現れる。

 両頬をがっつり掴まれ、顔を引っ張られた。


「フィンさん、シディルの事を嫌いになったの? 身分とかは抜きにして本心を教えて」


「…だいすきです」


「シディルは?」


 掴んだ私の頬をそのままに、シディルを見上げるお義母様の後ろで、お義父様が放り投げられた形で尻餅をついているのが見えた。


「フィンがここから出たいって言うなら僕の部屋に閉じ込める。両想いなのになんで僕のそばにいてくれないの? 見合わないって何? 意味がわからない」


 息継ぎなしで言い放った怖い言葉。瞳のハイライトが消えてます、シディルさん。


 私、監禁されるの?


 ダラダラと冷や汗をかいてなんと答えるべきかと閉口していると、シディルの手のひらへパッと鎖のついた手枷が出てきた。


 さすがのお義母様も息子の奇行に、私たちから後ずさる。


 シディルは床にへたり込む私へ、感情の削ぎ落ちた表情を向け、小首を傾げた。


 私、またやらかしましたか。


 手を取られ手枷が付けられそうになった瞬間、パチンと音がして、私の手首からそれは消えた。

 シディルが不満げにお義父様を見遣る。


「邪魔しないでよ、父さん」


 少し安堵しつつも、シディルに握られた手は離してもらえなくて、動けない。


 お義父様は深いため息を吐いて、息子の視線を受け止めている。


「お前の気持ちはよくわかる。私も何度かシェリーを監禁しようとしたしな。だが毎回、大嫌いだと罵られた。シディルも彼女に嫌われたくはないだろ? そうなれば、今回の二の舞だ」


 掴まれている手首の圧迫感がわずかに緩む。


「…フィンに嫌われたくないけど、でも……」


 子供が拗ねるみたいに口をへの字にして私を見下ろすシディルが、可愛い。

 さっきまで怖かったのに。


「そんなに、私のこと好き? 役立たずなのに、そばにいていいの?」


 シディルに一房髪を取られ、綺麗な唇がそれに触れる。


「フィンの全部が好き。誰が役立たずなんて言ったの。存在してるだけで僕の癒しなのに」


 なんで、こんなに無条件に好意を向けてくれるんだろう。

 わかんないけど、頬に触れるシディルの手のひらは温かくて愛しさが伝わってきて、ボロボロと涙が止まらない。


「うぅ~。シディルのお嫁さん続けるぅー」


 子供みたいに抱きつくと、強い力で返してくれる。


「愛してる、フィン。逃げ出したって、離してあげない」


 2人でわんわん泣きながら抱きしめ合うのを、お義父様はやれやれと、お義母様はホッとしたように、見守ってくれていた。




 そばにいてくれるだけで良いとは言われたものの、何もしないのは次期魔王の妻として自分が許せないので、国の復興で炊き出しなどの手伝いをしている。


 ご両親とシディルの魔法はやはりとんでもない大きな力なようで、1日で城下町はほぼ元通り。


 私たちが招いた災害だというのに、人々に感謝されて複雑な心境だ。


 私も少しくらいは魔法で手伝いたいと言ったら、みんなに止められ、体調を崩さない程度で動くならと、ようやっとこうして手伝いができているのだが、魔王親子は魔法でいとも簡単に瓦礫を元の建物や道路に戻していく。


 その様子を子供からお年寄りまでが、瞳をキラキラとさせて眺めていて、頬が緩んだ。


 魔法や魔界なんて、夢物語の中だけのものだと思っていた人々は、最初こそ驚き恐れたけれど、復興に尽力する魔物たちを見て、すぐに態度を改めてくれた。


 魔族と仲良さげに話している人もいる。


 魔界と人間の国の関係も良くなりそう。シディルの暴走は悪いことだけではなかったのかもしれない。


「楽しそうだね、フィン」


 作業が落ち着いたのか、シディルが私の横へ座る。城下町の中心がよく見える少し高い建物の角に腰掛け、2人で足をぷらぷらさせる。


「ここに住んでた時は生活が苦しくて周りが見えてなかったから、こんなに穏やかな街だったなんて知らなかった。魔界と人間界、仲良くなれそうで安心したの」


「そっか」


 肩にコテッとシディルの頭が乗る。甘えるように擦り寄ってくるそれに、あるはずのない犬耳が見えて、可愛らしさについ撫でてしまう。


「もう今日の作業は終わりだって。帰ろう」


 頷くとシディルが指を鳴らし、景色が一瞬で魔王城の食事部屋へと変わった。

 大きなテーブルにはすでに豪華な料理が4人分、並べてある。


 お義父様とお義母様はまだ帰って来ていないようだ。


「先に食べて休んで良いって」


 いただきますと上品に食べ進めるシディルを真似ながら、いつもの光景に肩の力が抜ける。

 明日からは家族揃って食べれたら、もっと楽しくなりそう。


 これからの生活に想いを馳せながら寝る支度をして、ベッドに座り枕を抱く。

 自分の枕なのに、わずかにシディルの匂いがする。一緒に寝てるのだから、当たり前か。


 落ち着くなぁと思いながら寝転がると、そっと髪をすかれる感触。横を盗み見ると、シディルが柔らかな笑みを浮かべていた。


「今日は疲れちゃった?」


 少しずつ近づきながら労わるように頬を撫でてくれるシディルの首へ腕を回す。


「平気」


 開いた口を塞がれ、ゆったりと全身を撫で降りていく彼の手によって沸き起こる心地よい火照りに、身を任せた。






 国の復興も落ち着き、メイドさんと一緒に城の掃除をしたり、料理人さんたちとご飯を作ったりして日常を過ごしている。

 今日もシディルが魔界へ仕事に向かったのを見送り、お昼ご飯を作るために調理場に来たのだが──


 なんだろう。においがキツい。


 体調を崩すこともあまりなかったのに、久しぶりの吐き気に、トイレへ駆け込んだ。


 どれだけ吐いても気持ち悪い。魔法も使ってないし、最近は無理に動き回ったりもしてないのに。


 身体を引きずって呼鈴を鳴らすと、すぐにメイドさんがベッドへと連れて行ってくれた。


 魔界からもはや顔馴染みのお医者さんが来てくれ、診察を早々に終え、にっこりと笑いかけてくる。


「お嬢様、おめでとうございます。ご懐妊です!」


 ゴカイニン…?


 言葉の意味を理解する前に、メイドさんたちが騒ぎ始め、慌ただしくなる。


「フィンお嬢様はお体が弱いですし、出産の準備には念には念を入れねばいけませんね。すぐにシディル様や魔王様ご夫妻にもご報告を」


 お医者さんの指示にメイドさんの1人が姿を消して、ハッとする。


 出産って、私が? 赤ちゃんが、お腹に…?


 吐き気は吹っ飛んだが、何も考えられない。


 ぽけっとしていると、シディルが慌てた様子で急に現れ、結構な力で抱きついてきた。

 苦しい。


「フィン、体調は大丈夫? 辛くない?」


 そうだ。さっきから吐き気が止まらなくて。


 思い出したらまた気持ち悪くなって、シディルを引き剥がし、口元を覆った。


「…っ、ごめんなさい。気持ち悪くて」


 シディルが私の肩を支えながら、ボウルを胸元で持ってくれる。


「とにかく休んで。僕もそばにいる」


 その言葉通り仕事そっちのけでそばにいてくれた。

 つわりがひどい間、1人は心細かったのでありがたかったのだが、その分お義父様がシディルの仕事をこなしていたようで、安定期に入った今、全力で頭を下げた。


「身体の弱い君を心配する気持ちはわかるからな。気にするな。君も今は自分とお腹の子のことだけ考えていればいい。疑問があればシェリーを頼れ」


 お義母様が私の横で肩を支えながら笑いかけてくれる。

 出産への恐怖が、わずかに落ち着く気がした。


 つわりも無くなってきて、ちまちまと赤ちゃんの衣類やおくるみを縫ったり、中庭を散歩したり。

 大きくなってきたお腹を撫でる。


 会えるの楽しみだなぁ。


 ポコっと手のひらに蹴られる感覚が伝わる。近頃は、お腹の中でよく暴れていて、自分とは違い元気そうな子で安心している。


「フィン! お散歩するのはいいけど、身体冷やさないようにしないと」


 仕事から帰ってきたばかりであろうシディルがストールを持って走り寄ってくる。


 心配性がさらにひどくなっている気がする。


「今日は暖かいから平気よ」


「フィンは身体が弱いから念には念をって、お医者さんからも言われてるでしょ」


 ふわりとかけられたストールと、肩に乗せられたシディルの手が温かくて、心地良い。


「シディル、フィンさん! ちょうどいいわ、お茶にしましょう」


 お義母様とお義父様も中庭のテーブルへ歩いてきて、メイドさんたちがお茶の準備を始めた。


 1人で生きてきた私の、初めての家族。


 お腹の子と共に、これからの生活に胸の奥がわくわくと沸き立つような心地がした。



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貧乏で病弱な庶民が魔王の子に嫁ぎます こむらともあさ @komutomo

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