第9話



 広間へ入る大きな扉を開くと、土煙と風に襲われ、腕で顔をかばう。


 わずかに落ち着いた隙間を縫いそっと瞼を開くと、シディルを抱えたお義母様の前で、勇者であろう人間の攻撃を防ぐお義父様がいた。


 チラリと、一瞬だけお義父様の視線がこちらへと向けられる。


「勇者を名乗るだけの力はあるようだ。シディルとフィンを庇いながらは、流石に骨が折れる」


 勇者からの攻撃の合間に、お義父様がシディルの首根っこを掴み、私の方へ放り投げてきた。


 幼子とはいえ、投げ渡される重さに尻餅をついてしまった。


 お義父様の方へと戻ろうとするシディルを慌てて抱え抑え込むが、力強さに負け、すっぽ抜ける。

 倒れるように足首を掴んで引き戻すが、シディルは私の胸の中で暴れ回った。


 その間も、勇者の大剣とお義父様の魔力がぶつかり合っていて、城全体が震え、床が壊れ瓦礫が飛び散って、土煙が舞う。


「シディル、良い子だから。部屋に…っ」


 身体を引きずるように扉へ縋るが、フッと重みが消え、シディルが消えたことに気づいた。

 また、転移魔法!?


 振り返ると、お義父様の横から勇者へ炎を向ける幼いシディルがいた。


 大剣の切先がシディルへ向けられ、心臓が冷え込み、手を伸ばす。

 同時にお義父様が指を鳴らすと、シディルは私の腕の中に落ちてきた。


 勇者はその隙を見逃さない。


「魔王でも、家族は大事ってか!」


 大剣を振るう向きを変え、お義父様の脇腹へ刃がめり込む寸前、お義母様の防御魔法が大剣を弾き返した。


 勢いで手放しかけた大剣をいとも簡単に持ち直し、勇者は後ろへ飛び退る。


 その周りで大勢の騎士が魔物と戦っていた。


「王が魔女は生捕にとか無茶言うから、やりにくいったらありゃしねぇ。てか、王がご執心の魔女って、どっちだ? やっぱ若い方?」


 勇者がお義母様と私を交互に見て、首を傾げる。

 お義母様は汚物でも見るかのように、顔を歪めていたので、王が言っている魔女はきっと、お義母様のことだろう。


 王様まで虜にするとは、お義母様、何者…。


「反応的に、黒い魔女だけ生きてりゃ良いんだな。おい、騎士ども。子供と白い魔女は任せたぞ!」


 勇者の掛け声で、私とシディルは騎士たちに囲まれ、四方から剣を向けられた。

 振り下ろされるそれらを、シディルが魔力だけで弾き返し、防御壁が張られる。


 シディルを見るとにっこりと笑いかけられ、冷たくなった私の指先をギュッと握ってくれた。


「フィンはぼくがまもるから、だいじょうぶだよ」


 騎士の方へシディルが軽く手を振ると、1人ずつ吹っ飛んだが、すぐに立て直し戻ってきて、防御壁へ剣が何度もぶつかり、少しずつヒビが入る。


 シディルの魔力は、幼さ故に威力がないんだ。


 シディルが一生懸命に騎士たちを跳ね飛ばしているが、彼らも慣れてきたのか踏ん張り、防御壁へと剣を振り下ろしてくる。


 お義父様は勇者の相手を、お義母様はその補助で手一杯だ。


 ダメだ、割れてしまっ──


 バリンっと防御壁を割った剣がシディルに降ろされ、庇うようにシディルを抱き込み咄嗟に魔力を込める。

 新たに私が張った防御壁が騎士を弾き飛ばした。


 腹の中で渦巻く魔力が気持ち悪い。ズキズキと痛む頭を押さえながらも、シディルを汚さないようにと吐き気をも抑え込む。


 お義父様とお義母様は勇者を退けてくれる。それまでは、私が、シディルを守る。


 騎士たちが再び私たちへ攻撃をしてくるが、泣き出しそうなシディルを安心させるように背を撫でてやる。


「フィン、まほうつかっちゃダメ!かおがまっしろだよ 」


 迫り上がる胃液を飲み込みながら、暴れるシディルを抱きしめる。


「大丈夫」


 とにかく守り切りたい一心で、魔力を垂れ流していると、破壊音と共に私の防御壁が壊れ、目の前が真っ白になる。


 どうしよう、まだ、耐えないといけないのに──


 腕の中の温もりがないことに背筋が冷えるが、それは一瞬だった。

 薄く開いた視線の先には、大きな背中。


 彼が指を鳴らすと、騎士たちが消えた。


 元の姿でこちらを振り返るシディルはしゃがみ、呆然とする私の頬へ触れる。


「僕のせいで、ごめんね…。フィンの魔力のおかげで戻れたよ。ありがとう」


 柔らかい触れるだけのキスをして、私の周りに防御壁を作り、魔法で騎士たちを跳ね除けながら勇者の方へと向かうシディルの背を見て、力が抜ける。


 いつものシディルが、戻ってきた。


 勇者は子供が消え、シディルが現れたことに目を丸くしている。


「もしかして魔王の息子、元の姿に戻った?」


 最悪だとぼやきながらも、2人からの魔法をかわしながら大剣で攻撃を繰り出す勇者。魔王を倒す力を持っているというのは、本当のことのようだ。


 お義父様が繰り出す魔法の刃を避け、後ろへ飛んだ勇者が着地したところへ、シディルが指を鳴らす。

 魔力の縄が勇者を縛り上げ、床へと叩きつけた。


「あー、くそっ。ほどけねぇ」


 蓑虫のようになって床に頬をくっつける勇者へお義父様は凍てついた視線で見下ろし、シディルはそばにしゃがみ込む。


「今回のことの発端は感情を制御できなかった僕が悪い。でも、人間の国を滅ぼそうなんて思ってないし、復興に関して魔界は手を貸す。王様にそう報告してくれる?」


 勇者はパチパチと瞬きをして、シディルを見上げる。


「俺たちを殺さないのか?」


 その言葉に、お義父様がため息をついて、勇者へと一歩近づいた。


「私たちは人間たちのことなんてどうでもいい。穏便に済むならその方がいい。今回のことについて、国王へ謝罪の為に会いに行こう。息子のしでかした事だからな」


「私も行きます! 魔王子息の妻として責任がありますので!!」


 咄嗟に叫んでしまった。

 みんなからの視線が突き刺さるが、本心だ。


 そもそも、私がシディルの気持ちを無視して突っ走って、彼を傷つけてしまったことが原因なのだし。


「では、さっさと済ませてしまおう」


 全員が、え? と声を合わせる前に、お義父様の指が鳴り、騎士や勇者、お義父様とシディルに私の位置はそのままに、景色がガラッと変わった。


 魔王城と似た作りだが、白を基調とした上品な調度品。人間の国の城だ。


 急に現れた私たちのせいか、おじいさんが腰を抜かして震えていた。


 お義父様以外の私たちも、この王城へ面会の書状を送り、後日、場を設けるものだと思っていたので、ポケッと立ち竦むことしかできない。


 お義父様って、面倒くさがりだなとは思っていたけど、ここまでとは…。



「貴様はまだ生きていたのか、宰相。さっさと国王を呼べ。魔王が来たと伝えろ」


 ものすごい威圧感のお義父様に怯えて情けない叫びをあげながら、走り去っていく宰相と呼ばれたおじいさんの気持ち、なんとなくわかる。


 少し待っていると、そんな宰相に連れられて国王が現れ、私たちを見回した。


「過去の文献通りなら勇者は魔王を倒すはずではなかったのか。…それに、シェルフエールが見えないが」


「フラれた挙句、妻子もある身で未だシェリーに懸想している人間なんぞに、愛しい我が妻を会わせるわけがないだろ」


 縄でグルグル巻きになった勇者を王の足元へ放るお義父様の言葉に、私は魔王城へ押し入ってきた騎士たちからシディルへと視線を流す。

 お義母様がいない事に、今気がついた。


 王と一体何があったのか。お義父様と王がバチバチに睨み合っていて、今にも掴みかかりそうな雰囲気だ。


 ど、どうしたものか。


 オロオロとしているとシディルが一歩前へ出て、王へと頭を下げる。


「この度の事は、魔王子息である未熟な僕が暴走し、招いた争いです。人間たちの国を脅かしてしまい、申し訳ありませんでした。復興に関しては、我々魔族も全力でお手伝いさせていただきます。国を滅ぼすなど、一切考えていませんので、魔王討伐は考え直していただきたいのです、陛下」


 王は鼻で笑い、そっぽを向く。


「貴様らの魔法と魔族の力があれば、すぐにでも国は元の姿に戻るだろ。さっさとやれ。…私はあわよくばシェルフエールを連れ戻せる口実になるかもと思っただけだしな」


 後半にボソッと呟いた王の声は、お義父様に聞こえたようで、魔法を使おうとする父をシディルは必死で抑え込んだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る