第20話 話がまったく進んでねえよ!


 俺が見えている数字、それが『俺以外の相手との経験人数』だとする。


 もしそうなら、カレンの数字が1なのは―――――。



「じゃあカレンは……」


 思わず出てしまった独り言。

 それを聞いた鏡月がしかめっつらになる。


「…………」

「おっと、忘れてくれ。俺が言える立場じゃない。そもそも付き合ってないし」

「それはそうだね。数字を増やしたのは君の方だ」

「はは……」


 苦笑いしかできなかった。

 正論パンチやめて!


 そんな俺をよそに、鏡月は何かに納得したのか、うんうんとうなずきながら言う。


「ふむ……。そもそもこの仮説は間違いだね。矛盾している」


 自ら挙げた仮説を自身の手で否定する鏡月。

 終始冷静な鏡月に対し、俺はすがる想いでたずねる。


「間違っている? 藤山さんの数字が増えていないことに説明がついたと思うけど」

「もしそうなら、加賀美カレンさんの数字が1なことに辻褄つじつまが合わなくなる」

「む?」

「だってそうだろう。加賀美カレンさんの数字は1だった」

「ああ」

「君から見て1だったのなら、加賀美カレンさんには君以外に相手がもう1人いた、ということになる。―――それなら、ボクから見える数字は2以上でないと矛盾するじゃないか」

「あっ、そうか!」


 鏡月が見える数字は、その人のエッチした回数。

 そしてその能力によって、カレンの数字は1だった。

 俺とエッチしているカレンが他の男とも本当に経験があるのなら、鏡月から見えるカレンの数字が1である事と矛盾するのだ。



「―――ホッとした表情をしているね。そんなに不安だったのかい?」

「いや、別に……」

「まったく、男って勝手な生き物だね」


 心底 あきれた様子の鏡月。

 今日の鏡月は、朝からずっと俺への当たりが強い。機嫌が悪いのだろう。


「あのぉ、鏡月さん?」

「……なんだい?」

「生理か?」


 バキッ


「殴るよ」

「もう殴られたよ」


 あれっ、なんか既視感が……。


「やれやれ、本堂ゆうき君と加賀美カレンさんはボクのなんだ。ちゃんとしてくれないと困るじゃないか」


 そう言って鏡月は、ポケットからメモ帳を取り出してパラパラとめくる。

 あのメモ帳はたしか―――。


「変態手帳か」

「名前を間違えないでくれないか。これはエッチノートさ」

「変態なのは変わらんだろ」

「変態じゃないよ……。仮に変態だとしても、変態という名の淑女しゅくじょだよ」

「駄目だコイツ……早くなんとかしないと……」


 エッチノートをめくる手を止め、とあるページを見せてくる。


「ほら、ここを見たまえ。このカップルの数字の推移をよく確認するんだ」


 エッチノートと一緒に身体をぐいぐいと押し付けてくる。

 あまりの剣幕に自然と後ずさる。

 怖いなんてモンじゃねえよ。


「ちょっ、近づくな! 見るよ、ちゃんと見るからっ」

「ここだよ、ここ!」

「えーっと―――数字がズレているな」


 エッチノートに書かれた2人の名前。おそらくカップルなのだろう。

 その数字の推移が少しズレている。

 だいたいは同じ日に同じ数だけ増えていた。

 ところが、何日かだけ、片方しか数字が増えていない日があるのだ。


「これは……浮気か」

「そうさ。こんな気持ち悪いことがあるかい!?」

「勝手に記録するお前も気持ち悪いけどな」

「本当に見てられないよ!」

「そんなお前も見てられないよ」


 次々に数字がズレている事例を見せてくる鏡月。

 しまいには、このカップルは月1ペースを遵守していて尊いとか、あのカップルはクリスマスからペースが加速してまるでお猿さんのようだとか、赤裸々な性事情を感想を交えながら早口でしゃべり続ける始末。



「やめろやめろ、もう聞きたくねぇよ!」

「おっと、ボクとしたことが……。趣味の話ってついつい止まらなくなるよね♪」

「何人か知り合いがいたぞ。今後会う時に気まずくて仕方ない」

「君はも見えるからね。多角的な視点から考察がはかどるじゃないか!?」

「うらやましがるなよ!」


 目を輝かせて「君だけズルいよ。そっちもノートを作ってよ」と言ってくる鏡月を無視して、話を軌道修正しようとこころみる。



「―――それでそのエッチノートがどうしたんだよ」

「ん、ボクの趣味についてもっと聞きたい?」

「もういいって! 話を進めてくれ。なんでエッチノートを見せてきたんだ」

「ああ、そっちか。それはね……ボクがこういう能力と趣味を持つとさ……気になるカップル、というモノが現れるワケだよ」

「……それで?」

「分からないのかい? その気になるカップルというのが、君たちだ!」


 さっきがどうのこうのと言っていたが、それが俺とカレンなのか……?


「何度も言っているが、付き合ってないぞ」

「君はオタクという存在が分かっていないね! そこは関係ないのさ!!」

「は?」

「いや、関係ないは言い過ぎた。関係はあるが……ある意味でそういうのは超越しているのさ。分かるかい?」

「―――宇宙人とは会話が成り立たないのは分かった」

「言語が違うからね」

「そうだな……」


 おかしいよな。同じ日本語のはずなんだけどな。


「だから、が数字を増やしたことが残念でならないよ」

「―――まあ、反省はしている。不本意な展開だったけどな」


 自分から藤山さんを誘ったワケじゃないからな。

 あっ、いや……誘ってない、よな?

 俺から誘った可能性も否定できないのが、情けなくはある。


「君たちは結婚して欲しいくらいお気に入りなんだ」

「勝手に決めんな! でも、なんでそこまでんだよ」

「だって、ザ・すれ違いの両想い、って感じが最高なんだ!」

「うるせー」

「加賀美カレンさんが告白を断り続けて一途なのがいいよね」

「うるせー」

「しかも、本堂ゆうき君に対してだけ素の態度が出るのもかわいい」

「うるせー」

「加賀美カレンさんの話になるとちょっと焦る本堂ゆうき君もキモかわいいよ」

「うるせええええええ」


 その後も鏡月のマシンガントークは続いた。

 そんなことをしていると、そろそろお昼休みも終わりの時刻に。

 言いたいことも言って満足したのか、ようやく鏡月が正気に戻る。

 そして、ふと思い出したようにポツリと言う。



「それにしても……。結局、君とボクとで数字がズレている理由が分からないよね」

「!? そう、それだよ! 俺も理由が知りたかったよ!」

「うん、もっと考えてみようか……。あっ、お昼休みが終わるね」


 そうだよ!


 話がまったく進んでねえよ!


 ごめんなさい……。







 ―――――


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他人の経験人数が見えるようになった。うわっ数字増えてる、気まず過ぎるだろ!? ふじか もりかず @kazumakozue

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