第19話 俺が相手だと、数字は増えない?


「―――ふむ。具体的には覚えていない、か」

「ああ、朝起きたら見知らぬ天井だった」

「現実逃避かい?」

「逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ」

「真面目に聞いているつもりなんだけどね」

「……はい」


 昼休みの屋上。

 俺は鏡月みや子に呼び出されていた。

 用件は予想通り。朝のHRが始まる直前に言われたセリフ。

「本堂ゆうき君の数字―――2になっているね。どういうことかな?」

 これの説明……もとい弁明、もしくは釈明をさせられている。

 鏡月には昨日の出来事を正直に話した。

 そうしたらこんなリアクションになったワケで―――。


「本堂ゆうき君……。君はボクを舐めているのかな?」

「てへぺろ☆」

「つねっていいかい?」

「暴力反対! 先生に言うぞ」

「大丈夫さ、証拠は残さない」

「つねられた箇所かしょに跡が残るだろ」

「大丈夫さ、乳首にするから」

「なら仕方ねえな。ほら、やれよ!」


 嫌だけどしょうがない。嫌だけどな。

 俺は胸を張ってご褒美、じゃなかった罰を甘んじて受け入れる体勢をとる。

 そんな俺を見て、鏡月はドン引きした表情で言う。


「いや、済まない。ボクが悪かった。冗談だ」

「ちっ、これからは気をつけろよ」

「反省している」

「しゃあねーな。許すのは今回だけだぞ」

「ありがとう。ボクは君の性癖を甘く見ていた」




 会話が途切れ、俺たちの間に静寂が訪れる。

 昼休みの屋上には俺たち以外にも生徒が何人かいる。

 彼らの話し声、と言っても内容は聞き取れないから雑音だが。

 それらを背景に、俺は外の景色をぼーっと眺める。


「どうかしたのかい? 元気が無いようだね」

「まあな……。ああ俺は本当にしちゃったんだな、ってな」


 黄昏たそがれている俺に対し、鏡月は首をかしげる。


「どういう意味だい?」

「俺はしていない、と思ってた」

「朝起きたらベッドに裸の女性がいたのに?」

「ああ、藤山さんの数字が増えてなかったからな」

「なんだって!?」


 鏡月が「ありえない」といった表情を浮かべる。

 何か思うところがあるのだろうか。

 鏡月の態度を不審に思いながらも、俺は話を続ける。


「藤山さんの数字は3のままだったんだ。それ以前からずっとね」

「―――それは、おかしい」

「だろ? 俺も最初はやっちまったって思ったけど、数字が増えてなかったから未遂で済んだんだなってちょっと安心してた」

「…………」

「そうしたら、鏡月から俺の数字が2になった、って言われて……な」

「…………」

「ん? おい、鏡月。どうしたんだよ」


 途中から反応がなくなっていく鏡月。

 その様子は、次第に難しい顔になっていた。



「―――本堂ゆうき君。君は分からないのかい?」

「なにがだよ」


 意図が分からず、頭に?マークを浮かべる。

 そんな俺を見て、鏡月は少し呆れたのか小さくため息をつく。


「君とボクとでじゃないか」

「あっ……」


 ようやく鏡月の疑問が俺にも伝わった。


 ―――つまり、矛盾しているんだ。


 俺が見えている数字は、その人の経験人数を示している。

 対する鏡月は、その人のエッチをした回数。

 俺と鏡月が見えている数字の意味はそれぞれ違う。

 だがそれでも、初めての組み合わせの男女が1回エッチをしたのなら、俺も鏡月も数字が1増えるという点では共通している。


 そう、共通して1増えていないとおかしいんだ!


 にもかかわらず、鏡月から見て俺のエッチした回数が増えているのに、俺とエッチをしたはずの藤山さんの経験人数が俺目線では増えていない。


 ―――これって、どういうことだ?



「―――なんで数字がズレるんだ」

「実は他の女の子とした、って可能性はあるかい?」


 俺は昨日、別の人とした……?

 いや、さすがにそれはありえない。


「いや、その可能性は無い。おぼろげながら少しだけ記憶がある。昨日はたしかに藤山さんと2人だった」


 打ち上げのレストランから2人で抜け出して一緒に帰ったのは間違いない。

 フラフラだった俺に藤山さんが肩を貸してくれていたのも覚えている。

 きっとその際、俺は家に帰れなくなっていたんじゃないかな。

 もちろん藤山さんは俺の家を知らない。だから俺の家に送れなかった。

 そして仕方なく、藤山さんは俺を自分のマンションに連れ帰った。



「なら君の昨夜のお相手は、その藤山さんとやらで確定だね」

「さすがにそうとしか考えられない」


 俺が昨日エッチをしたのなら、それは藤山さん以外ありえない。

 藤山さんのマンションに2人で帰って、そこから別の女性が現れて俺とした?

 もしくは、藤山さんとレストランを出る前に他の女性とした?

 いやいや、もしそうなら微かにでも違和感が残るんじゃないか。

 それに、そういう可能性まで考えだすと何でもアリに思えてくるしな。



「だとすると、数字がズレている理由を余計に知りたくなるね」

「んー俺はさっぱりだ。―――何か思いつかないか?」


 鏡月はあごに手を当てて熟考じゅっこうする。

 しばらくして何か思いついたのか、ハッとした表情で言う。


「例えば―――君の見えている数字は『他人の経験人数』なのでは?」

「そりゃそうだろ。俺たちは自分自身の数字は見えないからな」


 鏡で見ても、俺自身の頭の上には数字が表示されない。

 だから当然だが、俺の見える数字は他人の経験人数だけ。

 そもそも自分の経験人数なんて分かり切っていることだから、どうでもいいしな。


「違うよ、そういう意味じゃない。『他人』と言うのは、ってことさ」

「当り前だろ。何が言いたいんだよ」


の経験人数って意味さ。つまり君が相手だとカウントされない」

「……なるほど」


 それなら藤山さんの数字が増えなかったことにも説明がつく。

 藤山さんの数字『3』は、『俺以外に3人』という意味。

 だから俺とエッチをしても数字は3のまま。


 たしかにそうかもしれない。

 この説は合点がいくものに思えた。


 だけどその瞬間、が頭をよぎる。


 あれっ……。


 でも、もしそうなら―――――。







 ―――――


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