10.残響の鳴き声

-Last-

「おはよう千尋」


あれから数時間後。

時刻は朝の9時。


「おはよう」


私は、目を擦りながら起きてきた彼を冷たい声で出迎えた。


長い朝散歩を終えて家に戻り、シャワーを浴びて着替えた私は、テレビを見ながら浩司が起きてくるのを待っていた。


白いシャツに青いスカート姿。

普段の私と寸分変わらない格好だ。

身に着けていた備品はケースに仕舞い込んである…といいたいが、今もスカートの内側に仕込んである。


「…昨日のことなんだが…俺っていつ帰ってきたっけ?」

「普通に、夜の12時過ぎにはいたじゃない」


起きてくるなり、浩司は私の横にドカッと座ると昨日のことを切り出した。


「そうか?」

「神主さんが褒めてたよ、よくやったって」

「……」


私は黙り込んだ彼の方に顔を向ける。

浩司は、じっと私の目を見つめていた。


「ゴミでもついてた?」

「いや」


彼はいつもの調子ではなく、むしろ少し静かに怒っているかのような表情だ。

私は今までに見たことがない彼の表情に内心驚きながらも、表には出さずに次の彼の言葉を待った。


「嘘だよな?」

「……?」

「昨日、あの場にいたよな?」


浩司はどこか確信めいた口調で私に詰め寄った。


「目隠しはされてたがハッキリわかったぜ」

「証拠は?」


私は半分認めたように座りなおすと、小さく言った。

私はスカートのポケットに手を突っ込んで目を閉じる。


「俺は何か注射っぽいものに刺されて気を失ったんだが、その前に誰かに引っ張られたんだ…その時の癖がな?千尋のままだったから…そうそう力の強い女が居てたまるかって」

「なるほど……」


私は目を開けて、横目で彼を見る。

答え合わせを待つ彼は、じっと私を見ていた。


「なるほど、なるほど……」


私は左手に握った物を離すと、スッと立ち上がった。


「ちょっと外に出よう」


 ・

 ・


私服に着替えた浩司と並んであのトンネルを目指す。

正確には、その上にある展望台だが。


道中、私は一言も発さずに、まるで昨日日向に来たかのように無表情で、淡々と足を進めていた。


あと少しで展望台にたどり着く。

そんな頃。


「さっき違うって言わなかったってことは肯定だよな?」

「……」

「昨日、何があったんだ?昨日、俺の周囲にいた人間はどうなった?」


私は何も言わずに展望台を目指す。


そして、それがすぐ目の前に迫った時。


「どうして、俺は生きてるんだ?」


彼が言った言葉をトリガーにして、私はポケットに突っ込みっぱなしだった手を抜いた。

黒光するブローニング・ハイパワーの銃口が彼の額に向けられる。


「私が連中を殺したからさ」


動けなくなった彼に、私は低い声で言った。


彼から銃口をそらすと、私は展望台の中に足を踏み入れる。

暫く立ちすくんでいた彼が私の後をついてきたのは少したってからだった。


「いい景色だよね、ここ」


私は上がってきた彼の方を向きながら言った。

景色には背を向けているが、それでも波の音と風の音でどんな景色かは簡単に頭に浮かんできた。


「……どうしてだ?」

「……」

「あの夜、俺は何されたんだ?」

「あのまま、私が撃たなければ、浩司はもうこの世にいなかった」

「……」

「それだけよ」

「嘘だ」


浩司は少し体を震わせながら私を睨む。

私は自然体で彼を見返した。

彼は私から顔をそむけると、私の横に来て柵に寄り掛かった。


「昔に何があったんだ?」

「それ以上は君が知る必要ないことだよ。知ってはいけない」

「……」

「今日のことも、昨日のことも忘れることだね」


私はそういうと手に握ったハイパワーのスライドを引く。

さっきまでは薬室に弾薬はなかった。

でも、今は1発目が薬室にある。


そして、私は躊躇なく私達が上がってきた階段に向けて引き金を引いた。


消音器もない銃からは派手な銃撃音が鳴り響く。

浩司は今度こそ腰を抜かして地面にへたり込んだ。


「君はどこの手先だろうか?」


私は真っ赤に染まった階段の壁を見て、階段の方にゆっくりと歩いていく。

ちょうど、踊り場の付近に肩口を射貫かれて息を切らす男の姿があった。


「生憎、私は気にしないのさ、誰であろうと…それは私の仕事じゃないからね」


そういって彼に銃口を向けて3発。

続けざまに撃った後、そこには凄惨な遺体となり果てた何かがあるだけだった。


「千尋……お前」

「皆まで言わなくていい…言いたいことは分かる」


私はデコックして安全装置をかけたハイパワーを左手に持って脱力すると、フラフラと柵に寄り掛かって、腰を抜かせた彼の横に座り込んだ。


「過去にどんなことがあったかなんて、言いたくない。今はね…」

「……」


私が口を開くと、彼は険しい表情で私の顔をじっと見た。


「理由はいくらでもある。過去の私の"パトロン"に迷惑がかかるかもしれないし、まだ君のことを信頼しきっているわけでもないからね」


私は彼の方を見ずに、ただただ事実だけを並べていった。


「ただ…私の15年間の人生で一番影響を受けた人間の1人であることは違いない。あとは由紀子とか、義昭に加奈もそう……」


そういうと、私はハイパワーをクルリと回して銃口に口づけして見せた。


「本当は二度とこれを持たなくてもいいはずだった。でも、祖父が死んでからはそうもいかなくなった……浩司、君が例大祭の主役に選ばれたことも大いに影響してる」

「……だから?」

「?」


私が淡々と言っていると、浩司が口を開いた。


「だから?人を殺したのか?銃を人に向けて?」

「……仕事だから、私の」

「……ふざけてんのか?揶揄ってるのか?俺を…言ってくれ、お前は何者で、どうしてそんな…銃なんて」

「…相手が悪い。君じゃ離すのは無理だ」

「千尋!」


すっかり調子が戻った浩司が身を乗り出して私に迫ってくる。


正直、こんな彼を見たくはなかったが、仕事をこの町でこなした以上。

彼を助けてしまった以上。

いつかは言うことになるのだろう。

それが、今じゃないだけだ。


「で、君は今日からどう生きるんだい?」

「話を逸らす気か?」

「ええ、実際さっきも追手が来た。君が死ななかったせいで町の一部の人間はお冠だ。大半は始末したけど」


私はもう一度銃を置くと、そういって彼の方を向く。

私と目を合わせた彼は、一瞬怯んだ。


「ただ、彼らは人目のつくところではやらないだろうね。だから日常生活は問題ない。問題は、君が少しでも人の目を離れた瞬間だ」


私はそんな彼に目を合わせたまま話す。

耳には波の音と、それに乗って遠くからの物音が聞こえた。


「古い風習のある田舎はこれだから嫌なんだ」


私はハイパワーの安全装置を外して撃鉄を下す。


「ただ…私が生きている以上。君と一緒にいる以上。殺させはしない」


そういって、立ち上がり、階段の方へと歩いていく。

踊り場付近の遺体に気が付いたのか、声を上げた男が、私の影に気づいてこちらを見た。


私は口角を上げて、首をかしげる。

視線の先にはハイパワーのタンジェントサイト、さらに先には男の頭。

もう2回轟音が響き渡ると、男は血と脳を噴出させながら階段を転げ落ちていった。


「分かった?浩司。生きたければ何も言わないこと。詮索しないこと」


私がそう言った直後、グラグラと地面が揺れ始めた。


地震だ。


私も浩司も経験したことがない揺れに、驚いて倒れないように展望台の柵に縋りつく。


派手な爆発音のような音が数回、町中に響き渡った。

爆弾の音ではない。単純に町の建物のいくつかが倒壊した音だ。


この展望台とていつ崩れ落ちるかわからない。

でも、今はこれに頼るほかないのだ。


普段は絶景を見せてくれる景色の方を見ると、遠くの景色が水平線ではなく、蠢く何かだった。

さらに揺れは大きくなり、ミシミシと展望台が音を立てる。


遠くで蠢くそれは、蒼黒い海だった。


津波だ。


私は目を見開きながら、口元を引きつらせる。

遠くからでもはっきりとわかる大きさ。

あんなのが来たら、どこにいようがこの町は終わりだ。


だが、私の意識はまだ働いている。


徐々に迫る死を目前に、どこか気持ちが高ぶってくる。

そこに、頭上からの土が気持ちに水を刺した。


パラパラと小石交じりの意思が展望台に入ってくる。

私と浩司はそれを見止めて目を合わせた。


徐々に揺れが小さくなり、ザーッとした津波の音が迫る中。

それよりも大きく唸るような音が頭上から聞こえてくる。


口を開こうとしたその途端。

私の意識は暗闇に消えていった。

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罪深き町に鉄槌を 朝倉春彦 @HaruhikoAsakura

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