第9話 最後の涙

 恵子が叫ぶと穴がまた開いた。先ほどより大きい。施設全体に穴が増えていく。

 なんでこんなことに。なにもかもイヤだ。

――もうイヤ。

 施設ごと吹き飛ばしたあと、地面に経っているのは恵子一人だった。他の人は消失した。高温の爆風で吹き飛んだらしい。

「なんで私だけ生き残っているんだろう」

 自分だけ残っている。建物も人影もなくなり、おそらく生きているのは自分だけ。自分一人だけのうのうと生きている。恵子だけ……。

 誰からも必要とされない。形だけでも優しくしてくれた人たちを殺してしまった。私の生きる場所はない。自分にここまで力があるなんて気づかなかった。こんなに大きいPK、いらなかった。本の中みたいに、あたたかい大人と仲間と、穏やかな生活を送りたかった。心の中で博士にSOSサインを送っていると、すぐに移動してきた博士がいた。

「恵子ちゃん、何をしたんだい?」

 気配もなく話しかけられた。ふり返ると博士が。

「みんないなくなってしまったよ。キミを放置するわけにはいかない。危険人物だから。キミは能力をもっと訓練すべきだった。そうすれば僕のように活動できたのに」

 博士はPKで恵子の首を絞めてきた。自分の暴走を止めてもらおうと思っていたが、事件は思ったよりも深刻だった。それもそうか、恵子は一つの施設を吹き飛ばした子どもなのだから。危険人物と言われてショックだったし、博士の目から優しさがないから、より哀しかった。普段見せてくれるまなざしとは全然違った。

 息ができない、苦しい。

 なにがなんだか分からなくなって、恵子も博士にPKを使った。

 博士も苦しそうにしながら、とどめをさそうと首への力を強めた。だが恵子の方がより力が強かった。

 ――なんで、こんな娘に…………。

 博士は倒れた。息をしていない。恵子は勝った。そしてひとりぼっちになった。事情を知るものはいなく、止めるものもいない。止めたりしたら殺される。施設にいた人を皆殺しにしてしまったのだ。近くの住民は室内で息をひそめている。

 私はイラナイ子。

 つう、と涙が頬をつたった。必要とされたかった。形だけでも優しくされたかった。施設で預かってもらっていたのに、恩を仇で返してしまった。実は冷たい人だとしても、博士ともっと話したかった。

 私はイラナイ子。

 音がして、地球に風穴が開いた。

 地球は爆発した。恵子がもう必要としていないから。

 発展していた社会は全てなくなり、地球はちりとなった。恵子も、生きているか、今知る人はいない。

 たった一人の暴走により、社会は、文明は、歴史は、全てなくなってしまった。

 一度誰かのボタンを押しただけで地球がなくなる、そんな未来はあるのかもしれない。

 なにもない空間に、一筋の涙があったのかも、しれない。そこにはきっと――。

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モルモットの涙 笠原美雨 @_shirousai

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