第8話 イラナイコ
箱どころか部屋や施設自体を壊せる能力を持つ恵子は、コントロールをしながら決められた範囲でPKを使う練習が一番多かった。恵子は一人で練習することがほとんどなので、まだ自分の能力が人より長けている、というイメージはなかった。
「よし、いい感じだ。じゃあ今日はここまで。また来るよ」
「博士、ありがとう」
まだ恵子にとって敬語は難しかった。博士が帰宅するのを見て、担当の職員が、
「恵子ちゃんは筋がいいわね。もう使いこなしているじゃない」
頭をなでてくれた。例え心の声で、
――イラナイコのくせに。
なんて言われても、なでられた頭は気持ちよかった。
ここの職員さんたちは、猫のかぶり方がうまい。PKを使えば本来の心を見るのは容易だが、表面上は恵子のような子どもたちをサポートしてケアしてくれる。皆分かっていた。自分たちは捨て子だということ。大人が育てることを放棄してこの施設にいる。しかもPKを持っていることが条件。PKありの子どもを育てることで、国から多額の補助金を受け取っている。
例えどう思っていようが、監視カメラに映るのは音声と画像。心の中で何を思おうと、記録には残らない。子どもたちを丁寧にケアしている姿が映る。
子どもたちも割り切っていた。親がいない分、どこか大人に期待しないようになっているのだろうか。表面上だけでも親しくしてくれる存在は、気持ちの面で重要だった。
そのせいか、恵子は時々悪夢にうなされていた。
――イラナイノニ
生まれ育った研究所の夢を見ると、たいてい翌日に訓練がある。そんな日はPKのコントロールが難しかった。言葉を知らなかった、この施設に入る以前は研究所の夢を見なかった。そもそも夢を見ていたかどうかまで疑問だ。日常会話に問題がなくなったり、少し施設になれたりしてから、人間らしくなってからストレスがかかる悪夢が増えてきた。
――イラナイ
自分がイラナイ子どもだということが苦痛になっていた。どんどん心の余裕が無くなっていく。普段から貼り付けている微笑が作れなくなっていた。他の人がなんと言っても、自分が必要とされていないことは決まっている気がした。職員さんに相談できない不安が、悩みが恵子を困らせた。あぁ、私はイラナイコなのだろうか、などと無意識に感じていた。頭を悩ませる、哀しみ、寂しさ、心労などがあわさって、――。
ある日中、音が鳴った。恵子の部屋には大きな穴が開いていた。
「なに、今の音」
「あっちから聞こえたわ」
イヤだ、イヤだ、もうなにもかもイヤだ。
「こっちに来ないで!」
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