エピローグ

 「大雅君!」

 雪音はもう駅前に来ていた。こちらを見つけて駆け寄ってくる。

 「おはよー」

 時刻は待ち合わせの三分前だった。

 「ごめん! 待たせた」

 「ううん、大丈夫」

 慣れた風に助手席に乗り込んでくる。その間に荷物を積んで車を出す。

 「小学生の頃さ、僕が始業式で倒れたの覚えてる?」

 「あったね、懐かしい」

 「今日、あの時の夢を見た。倒れて誰かに呼ばれた瞬間に目が覚めた」

 「あの時呼んだのあたしだよ」

 「え」

 「まあ、熱中症か何かで意識失ってたから仕方ないか」

 「ごめん。でも声は聞こえてた」

 不思議な再会をして、そこからお付き合いが始まり数年。小学生の些細な出来事なんて本当に昔の話をどうして今更に思い出したのかわからない。

 「あの時って確か校長先生の話の途中だったと思うんだけど、どんな事話してたか覚えてる?」

 返事がない。

 雪音はこの少しの間で眠りに落ちていた。

 小さな交差点の信号で停まる。

 声はしない。横から聞こえる彼女の寝息だけ。

 小学生の頃に随分と気にしていたツクツクボウシの声もすっかり気にしなくなっていた。

 空が高い。秋だ。

 夏はもう終わったのだ。

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声だけが聞こえていた 雪夜彗星 @sncomet

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