八 先生の声
社会人の夏休みは、学生時代のそれと比べるとはひどく短い。時にはゴールデンウィーク休みの方が長い時もあるぐらいだ。それでも実家にいればご飯も掃除も母がしてくれているので普段の休日よりは休めたのは違いない。
ただこちらに残している私物を持っていってほしいと言われ、車がホットハッチであることを見られてからは「もっと荷物がのるような車にすればよかったのに」まで言われてしまった。
晩ごはんを待ちながらチャットアプリで「ゆきね」と書かれたプロフィールを見る。アイコンはアイスクリームのカップだった。
〈お疲れさん。会えて良かった。元気そうで安心した〉
挨拶がてらに当たり障りのなさそうな事を送る。返信は寝る前にきた。
〈こちらこそあの時は助けてくれてありがとう。大雅君が生きてて良かった〉
生きてて良かった、というのに何か引っかかる。むしろ生きてて良かったと思うのは僕が梶本さんに対してだ。
確認をしてみたいがちょっと怖くて気が引けた。
◆ ◆ ◆
八月三十一日〈少しだけ残していた宿題を終わらせた〉
九月一日。下足室で声を掛けられた。梶本さんだ。
「おはよ」
「おはよ、宿題は終わった?」
「できた。時枝君はリコーダーは大丈夫?」
「たぶん」
始業式ではいつも司会をしていた教頭先生がおらず、何故か僕らの担任が仕切っていた。
「ツクツクボウシが鳴いてる」誰かがいった。
僕だけに聞こえていたんじゃなかった。体育館が静かになるとより際立って聞こえてきた。
「皆さんの中で知っている人がいるかもしれませんが、教頭先生が──」
校長先生がその後を言おうとした時、セミの声がつんざくぐらい大きくなって。
思わず梶本さんの方を向いてしまう。
向こうも僕を見ていた。
目が合うと首を横に振る。
僕は頷いて前を見た。
とても変な感じがする。
夢の中にいるような。
「大雅君!」
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