再会
旗尾 鉄
第1話
眠気覚ましのガムを噛みながら、俺は高速道路を北へ向かって車を走らせている。
カーラジオの時計が、11:59から0:00に変わった。
ラジオはつけない。後部座席で、新人アイドルの
俺は、ナギサの担当マネージャーだ。
ナギサは明日、とある地方都市でイベントに参加する。早朝までに目的地に到着しなければならない。
ハードなスケジュールだが、ナギサはぽっと出の無名新人。一度でも遅刻などすれば、たぶん『次』はない。今夜は寝てなどいられない。
また、トンネルに入った。このあたりはトンネルが多い。世界がオレンジ色に染まる。
正直なところ、俺は今回の仕事は避けたかった。
半年前に交通事故で亡くなった、俺の当時の担当アイドル、
ミチルは、これから向かう地方都市の出身だった。
偶然ではない。
うちの事務所の社長がそこの偉いさんとコネがあり、ときどき使ってくれる。
ミチルもご当地出身アイドルとして、小さなイベントや交通安全ポスターなどの仕事をもらっていたのだ。
高校を卒業してすぐに上京してきたミチルは、有望株ではなかった。
顔はそこそこだが、歌もダンスも平均点がやっとで、これという強みがない。
俺が担当する子はみんなそうだ。ダイヤの原石なら、俺よりもっと敏腕のマネージャーがつく。
俺はいわば宝くじ担当だ。希望に満ちて入ってくる子たちは何も知らないが、俺がマネージャーについた時点で彼女らの未来は厳しい。
ミチルは素直で頑張り屋な、性格美人タイプだった。
田舎出身で心細かったのだろう、俺を頼り、甘えるようになった。
そうなると俺もいじらしく思えてくる。で、まあ、俺たちは私生活でも親しくなってしまった。いわゆる『つまみ食い』である。
俺は遊びのつもりだったが、ミチルが本気になってしまった。当時二十歳、田舎育ちの純朴なミチルには、遊びの付き合いなど想像もできなかったのだろう。アイドルを辞めて結婚したいと言い出した。
うちの事務所は『アイドルは恋愛禁止』だ。バカバカしいが、ワンマン社長の方針なので誰も逆らえない。
ばれたら俺は仕事を失う。思いつめるミチルをなだめ、落ち着いてきちんと話し合おうと約束した。
事故が起きたのは、その矢先だった。
またトンネルだ。
単調なオレンジ色の照明が眠気を誘う。
自分の首がかくりと前に倒れて、俺はハッとなった。
中央車線をはみ出しそうになるのを、あわてて修正する。
俺はまた一枚、ガムを口に入れた。
この時間帯、前後を走る車はトラックが大半だ。
後ろから、ナギサの軽いイビキが聞こえてくる。
あの日、ミチルは地元へ、つまり俺たちがいま向かっている都市へと向かっていた。
俺は社長から経理の手伝い(脱税に近いように思えた)を命じられたために同行できず、翌日合流の予定だったのだ。
事故はトラック運転手の居眠りが原因で、ミチルと、運転を頼んだ事務所スタッフが即死した。
ミチルの死を知ったとき、俺は自分という人間の卑劣さを思い知った。
俺が最初に感じたのは、悲しみでも辛さでもなかった。ミチルとの関係がばれずに済んだ、という安堵感だったのである。
やっぱり、思い出してしまった。
この道を行けば、いやでも思い出すに決まっている。
またトンネルだ。
忘れようと思っても、まだ半年だ。
社長も、それくらい配慮してくれてもいいものを。
まあ、あの社長にそんなことを期待しても無駄か。
ひとつ抜けたと思ったら、またトンネルだ。
そういえば、ミチルの事故はトンネルの出口付近でトラックと正面衝突したんだったな。
トンネルの出口が見えてきた。
このトンネル連続地帯も、そろそろ終わりのはずだ。
トンネルを出た瞬間だった。
とつぜん、俺の耳に、懐かしい声が飛び込んできた。
「マネージャー、やっと来てくれたんですね! ずーっと待ってたんですよ! 寂しかったぁ!」
俺は凍りついた。
前方、俺の目線より少し上にミチルが浮かんでいる。
一直線に俺へと近づいてくる。
ミチルの笑顔が、俺の視界を埋めつくした。
フロントガラスが砕け散る。
俺は、絶叫した。
事故現場では、二人の刑事が現場検証をしていた。
「対向の、産廃業者のトラックから落ちたんだって?」
「ええ。運悪く直撃したみたいですね。東京のアイドルさんとマネージャーだそうです。運転してたマネージャーが即死、アイドルは軽傷です」
事故車両のフロントガラスに、縦長の立看板が突き刺さっている。
警官が看板を取り外した。
「あ、
「半年前でしょう。気の毒でしたよねえ」
「トラックで、どこか持ってく予定だったのか?」
「撤去して、新しくアニメキャラで作り直すそうですよ。交通安全啓発の立看板が、事故死した人じゃまずいですから」
看板の
再会 旗尾 鉄 @hatao_iron
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