ドロボーとキンコ

 最初に言っておきますが、ドロボーは狸で、キンコは猫です。もっと言えば、キンコは本物の猫ですが、ドロボーは置物です。信楽焼の、徳利を持った、あの狸です。

 両方とも私が子供時分に祖母の弟の家、つまり祖母の実家におりました。


 私からみれば大叔父にあたる人の家。

 そこでの思い出話です。


 年に数回訪れる大叔父の家は、車で1時間ほどの距離。子供の頃、乗り物酔いが酷かった私には、結構遠い場所でした。

 それでも「行きたくない」と言ったことがないのは、三毛猫のキンコがいたから。


 私、物心ついた時には既に、犬や猫が大好きでして。ただ、社宅暮らしだったので飼うことはできませんでした。ま、古い戸建ての社宅群だったし、近所に他の住宅はないしで、飼っていた人もいたんですけどね。

 でも、社宅という他にも、祖母が大の動物嫌いということもありまして。むしろこちらの理由が大きくて、動物は飼えませんでした。なにしろ、野良猫を見ると速攻、かつ全力で石を投げつけるような人だったので。


 祖母の実家には、祖母が子供の頃から猫がいたそうで、でもその頃から大嫌いだったというから、もう本能的に嫌いだったのでしょう。


 一方、大叔父はというと大の猫好き。猫も大叔父が大好き。

 代々三毛猫を飼っていたようで、私が子供の頃に飼われていた雌の三毛猫がキンコでした。


 名前の由来は「目が金色だから」という安直なものでしたが、なかなか賢くて、子供の私にも付き合ってくれる猫でした。


 大叔父宅に行くと、まず玄関で迎えてくれたのが、狸の置物のドロボー。

 記憶にはないのですが、こちらの命名は私。


 高さ1メートルほどの、そこそこ大きな狸。とぼけ顔で、小首を傾げた姿は子供の私にも親しみやすかった……のかどうか。

 ある時、親に

「これ、なあに?」

 と、聞かれた私。当然、親は

「たぬきさん」

 という答えを期待していたのでしょうが、私、速攻で

「ドロボー」

 と答えたそうな。

 以来、この置物はドロボーと呼ばれることになりました。


 車酔いのムカムカを抱えながら、ドロボーの頭を撫でる、またはお腹をポンポンと叩いてご挨拶。

 そして大叔父や大叔母への挨拶はそこそこにキンコを探す。


 車酔いでテンションダダ下がりの子供に、キンコは癒しでした。

 とは言え、私は普段、動物と触れ合ってないので、遊び方も構い方も分からない。でも、触りたい。撫でたい。


「触る時は優しく」

「尻尾は引っ張らない」

 母の教えを胸に、キンコに近づく。手を伸ばす。

 今にして思えば、キンコの方が大人で、私を接待してくれていたのですね。


 逃げもせず背中を撫でさせ、しばらくすると数歩移動してお座り。チラッと私を振り返る。私がそばに行き、しばらく撫でると、またちょっとだけ移動。これの繰り返し。


 最終的にはどこか行っちゃうんですが、私が満足するには十分な時間、撫でさせてくれて、その頃には車酔いも落ち着いているのでした。


 私がもっと幼い、物心つかないほどの時にも、キンコは嫌がらずに触らせてくれていたというから、元々子供好きな猫だったのかもしれません。

 もし、キンコがもっと険しい性格の猫だったら、私の猫に対する印象は、きっと違っていたと思うのです。


 猫といえば、やっぱり三毛猫が好きだものなあ。そして、いつか三毛猫と添い寝する事を夢見ているのです。


 やがてキンコは亡くなりましたが、その後も近所に住む三毛猫、ピーコちゃんが我が物顔で出入りしており、この猫もよく私の相手をしてくれました。

 もしかしたら、キンコとピーコちゃんの記憶がごっちゃになっているかもしれないのですが、そんなわけで、大叔父宅で思い出すことというと、三毛猫とドロボーなのです。


 ただ、残念ながら私が中学生の時に、大叔父が亡くなると、お宅へお邪魔することはごく稀になってしまいました。その後、祖母も亡くなってからは、かなりの年月、訪れることもなかったのです。


 子供がなかった大叔父の家は、やがて大叔母も亡くなると、取り壊されたと聞きました。


 近くを通ることはあったのですが、更地になった土地をわざわざ見に行く用もなく……


 そして、だいぶ時が経ったころ、大叔父の家のあった土地の隣にパン屋さんがオープンしました。

 家族にパン好きが多いこともあり、

「買いに行ってみよう!」

 となり、私は久しぶりにその場所を訪れたのです。


 パン屋さんの隣の空き地は砕石が敷かれ、大叔父が丹精込めて手入れしていたいた植木も、すっかりなっていました。

 周りの住宅も建て替えられたところが多く、私の記憶の中の風景とはだいぶ変化しておりました。


 ふと目を向けると、空地になった土地の片隅に、小さな物置のような建物。

 ああ、税金対策とかなのかな、と思ったのですが……その物置の入り口にある物を見て、思わず声を出して笑っちゃいました。

「ドロボー!」


 信楽焼のあの狸が、まるで番人のように、物置の入り口に置かれていたのです。

 ドロボー、まさか健在だったとは!


 これだけ人も風景も変わった中で、取り残されたように佇むドロボー。

 家を取り壊す時に、親類縁者でめぼしいものは分け合ったと聞いていたけど、ドロボー、誰にも引き取られなかったんだなぁ……


 でも、数年ぶりにドロボーに会えて、私は嬉しかった。

 また、ここに来ればドロボーが見られるというのも、なんだか楽しみの一つになりそうだ。


 そんなわけで、こんな文章、書きたくなりました。

 風雨にさらされるドロボーだけど、もう少しそこで思い出を守っていてほしいと思うのです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

思い出語り、今語り さわきゆい @sawakiyui

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る