平等の土地

三鹿ショート

平等の土地

 世界が不平等であることは理解している。

 だからこそ、少しでも平等に近付くことができるように、私は行動していた。

 金銭的に余裕が無い人々に対して、裕福な人々から奪った品々を配布していたのだが、私はとうとう見つかってしまった。

 だが、捕まるわけにはいかない。

 誰かに依頼されたわけではないが、私は一人でも多くの人間が生きていられるようにしたかった。

 生活に余裕のある人間の笑みと、苦しみの中で無理に作った笑みは、同一ではないからだ。


***


 山奥に逃げ込んだ選択は、正しくもあり、間違いでもあった。

 追手を撒くことには成功したものの、足を滑らせてしまい、私は崖から転落してしまったのだ。

 己の生命の終焉を察し、目を閉じた。

 私の代わりに誰かが行動してくれることを期待しているうちに、意識が途絶えた。


***


 全身に痛みを覚えながらも目覚めると、傍には一人の女性が座っていた。

 私の意識が戻ったことを喜んでくれているが、彼女は知り合いではない。

 しかし、見ず知らずの人間を介抱し、こうして喜びを露わにするところを見ると、人間的に素晴らしい女性なのだろう。

 感謝の言葉を述べると、彼女は笑みを浮かべた。

 その後、彼女に食事の手伝いをしてもらいながら話を聞いたところによると、ここは山奥に存在している、隠れた集落らしい。

 気軽に出歩くことが叶わないため、外の様子を知ることはできない。

 だが、彼女以外の住人たちは私のことが気になるのか、様子を窺いに来た。

 私は平静を保っていたが、人々の姿に違和感を覚えていた。

 何故なら、彼女を含めた全ての住人が、同じ格好をしていたからだ。

 衣服だけではない。

 全員が、禿頭であることも奇妙に見えた。

 集落の決まり事なのかと思い、深くは考えないようにした。


***


 ようやく歩くことが出来るようになった頃、私は彼女に問われた。

「このまま、此処で生活を続けますか」

 私は首を横に振った。

「申し訳ないが、身体が元に戻ったら、此処を去るつもりだ。しばらく先にはなるだろうが、もちろん、謝礼の品は贈るつもりである」

「そこまで気を遣う必要はありません。困っている人間を助けることは、当然のことですから」

 笑顔でそう語る彼女は、やはり出来た人間だった。


***


 外を出歩いて分かったことは、この集落が何もかも同じであるということだった。

 人々の外見や、それぞれの自宅の形や色、畑で育てている野菜の種類や個数、そして夫婦の子どもの数など、全てが同様だったのである。

 私には、この集落が理想の土地のように見えた。

 これこそが、私が求めていた平等なる世界なのではないか。

 欲を言えば、この土地で私もまた彼女たちの仲間に加わりたいが、この集落の外の世界のことを忘れてはならない。

 私は、この生命が尽きるまで、立ち止まるつもりはなかったのだ。


***


 ある夜、人々が騒ぐ声で、目が覚めた。

 何事かと思い、声のする方向へ進んでいくと、どうやら住人の一人が突然の病でこの世を去ってしまったようだ。

 私が哀悼の意を心中で表している一方で、他の住人たちは何の表情も浮かべていなかった。

 狭い世界ゆえに親しい人間も多かったはずだが、何故誰も悲しまないのだろうか。

 そのような疑問を抱いていると、不意に彼女が手を挙げ、人々の注目を集めた。

「同じ年齢と性別の方は、前に出てください」

 その言葉に反応するように、一人の男性が前に出てきた。

 やはり無表情である男性に向かって、彼女は告げる。

「平等を維持するためには、仕方の無いことなのです」

 言葉を終えると同時に、彼女は手にしていた刃物を男性の腹部に突き刺した。

 しかし、その行為は彼女だけでは無い。

 彼女に続くように、他の住人たちもまた、手にした刃物で男性を刺し始めたのだ。

 異常な光景に、私は目を疑った。

 私までもそのような行為を求められるのではないかと恐れ、私は集落を飛び出した。

 走りながら、先ほどの光景を思い出す。

 そして、私が想像していたよりも、この集落は平等だったということを悟った。

 全ての住人が同じ格好をすることで、目立つ人間は皆無となる。

 個性というものが無くなるが、平等という意味では、素晴らしい対応だろう。

 だが、先ほどの行為はどうだ。

 全員が一人の男性を襲ったのは、殺人の罪を彼女だけに背負わせないためなのだろう。

 しかし、いくら平等のためとはいえ、同じ年齢であり同じ性別の人間を即座に始末するとは、異常としか言いようがない。

 おそらく、先ほどの行為は、ほんの一端に過ぎないのだろう。

 他にも、平等のためと称してどれほどまでの過激な行為に及んでいるのか、想像したくもなかった。


***


 やがて山を抜けた私は、制服姿の人間に捕まってしまった。

 もちろん、自分が犯した罪は理解しているものの、それよりも異常な世界が存在するのだと、私は伝えた。

「きみは、平等なる世界を目指しているのではないか」

 そのようなことを問われたこともあったが、あの光景が平等を極めたものならば、私は受け入れたくはなかった。

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