お家でキャンプ飯
この一週間で使う食材が増え、干す洗濯物の数が倍になった。
そして恐ろしいのは、いつの間にか新しい生活様式に慣れ、リビングに自分以外の誰かが居ても特に何も思わなくなっていることだ。
「あっ!後ろに敵です!」
「とぉー」
「こっちも?!栞さん、助けてください!」
「インク切れた」
自室で原稿作業をしている紫音の耳には、リビングで楽しそうに奮闘する2人の声が聞こえてくる。多分、ダウンロードしたばかりのゲームに夢中なのだろう。
今年の夏も本格的に暑さを増し、最高気温を更新するとネットの記事に書いてあった。カーテンを揺らす風の暖かさや、照りつける日差しが夏らしさを感じさせていた。
「……暑い」
作業が一区切りしたところで、紫音は額の汗を拭いながら筆を置いた。冷房をつけるには早すぎるし、扇風機を押し入れから出すのは面倒くさい。夏と冬は無くなれと、紫音は心の中で苛立ちをぶつけた。
一度集中が切れるとしばらくは作業も捗らないので、空になったタンブラーを片手にリビングに行くと、2人は激闘を終えた戦士のように床に伏せていた。買ってからほとんど触れていないゲームだったが、これだけ遊び尽くされれば元は取れただろうか。
「そんなに体力使うものなの?」
「えへへ……変に力が入っちゃって」
「一緒にやう?」
「私はいいや。それより2人とも、押し入れの整理手伝って。週末にいらないもの捨てちゃうから」
「らじゃ」
「了解です!」
住人たちにゲームを片付けさせ、紫音は眼鏡をそっと外した。
寝室の隣にある部屋は今まで誰も使っていなかったので、要らなくなった家具や過去に買った季節限定のアイテムが乱雑に収納されている。
だが2人も住人が増えたので、この部屋を空にして異世界人の部屋にすることにしたのだ。
最近は寝室のベッドも狭く感じ、2人の日用品も少しずつだが増えているため新しい家具も必要になるだろう。それなりの出費だが、平穏な睡眠をとるにはやむを得ない。もう床にダイブしたり、顔に足が乗っているのはいい加減疲れた。
「コレなに?」
「それは手持ち扇風機。黄色い袋に入れて」
「これ、かき氷機じゃないですか?初めてホンモノを見ました!」
「あぁ……そんな所にあったんだ。もう古いやつだからから捨てちゃって」
「可愛いのに……」
サオリは手に取った白熊のかき氷機を、名残惜しそうに眺めながらもゴミ袋にそっとしまった。
通販とは恐ろしいもので、オススメされたものはどれも緊急で必要ではないが、欲しくないと断言できないものばかり提示してくる。そのおかげか、数回くらいしか使われなかったものがこの押し入れにはたくさん眠っていた。
提灯型のランプや中途半端なサイズのカバン、縦に積まれた文庫本やCDなど、どれも埃を被っているがまだ使えるものばかりだ。中には未開封の物すらある。
「紫音さん、買いすぎでは……」
「言うな。まだ使えそうなものはフリマに出して回収すれば、実質プラマイゼロよ」
「実質とは……」
「シオン」
自分の衝動買い癖から目を背ける紫音に、栞が奥の方から小さな緑色の箱を持ってきた。
「何です、これ?」
「シングルバーナーね」
シングルバーナーとは、一口タイプのガスコンロだ。軽量で持ち運びも便利というもので、前にキャンプをした時に買ったものだ。大きい鍋は乗せられないが、1人キャンプなら問題はない。
箱を興味深そうに観察する栞の後ろには、大きい袋や折り畳み式の椅子も放置されていた。昔はたまに、気分転換に何度か山に1人で行った時に使っていた道具一式だ。
このまま手放すのも勿体無いと思ったところで、紫音はある妙案を思いついた。
「よし……じゃあ昼はキャンプでもしようか」
「きゃーぷ?」
「どこかの山にお出かけするんですか?」
「違うよ。
床を指さす紫音に、2人は不思議そうに首を傾げた。
早見さん家の異世界姉妹飯 @tamagotchis
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