第10話 コーヒーと邂逅
————
「美味しいですわ〜!!」
「何処となく優雅さがあるな、お嬢様かよ」
「お嬢様でしたわよ?」
砂で満たされた器の中の無数のカップから、プクプクと泡と湯気がおいでになり零れ落ちる寸前で店主の髭を蓄えた殿方がカップを取り上げる。焙煎された豆の香ばしさと香辛料や砂糖の混ざった独特の香りが私とロプシのテーブルに広がる。
「ドウモ、オミャチドー」
「ありがとうございます」
片言の挨拶を新鮮に感じながら、カップの中身を頂く。
「…お茶と違いますのに、なんだか落ち着く味ですわね! そ・れ・に〜」
ピスタチオのバクラヴァをお口へと放り込む。
「これですの! 私、これを求めていましたの〜!!」
「カフェインガンギマリか?」
「かふぇふぃん?」
「あんまり飲み過ぎないでよ」
コーヒー! バクラヴァ! コーヒー!
これこそがきっと世界の理なのですね。香ばしい苦味とサクサクの豊かな甘味。きっと全ての物事は絶えず巡り行くのですわ!(?)
ロプシ様はコーヒーだけを軽く飲みながら話を続けられた。
「今回の目標であるイグニ・サンゼンは魔法細工師だから、
「魔法細工?」
「例えばー、これ」
ドレスを着た簡素な人形を胸元から取り出したロプシ様は、人形の背中を軽くなぞりテーブルの片隅に座らせた。
「見ててー」
数秒後。
「!? お人形が1人で踊り始めましたわ」
「そっ。魔法を…正確にはルーンに変換したモノだけど、無生物に刻むと特定の働きをさせられるの」
「便利ですわね」
バクラヴァを放り込む。
「そのイグニ様を捕まえてどうするんですの?」
拉致…と言う事は公には頼めない様な仕事を強要するか、身代金目的だと思いますけれど
と社長様は仰っていた。
「さあね、社長の脳みそが何を弾き出すかなんて想像もつかないよ」
「生命の創造…なんて、ロマン溢れる理由がございましたらもの少しやる気も出るのですけれどね〜♪」
バクラヴァを放り込む。
「ロマンねー…ちょっと、私の分まで!」
「きゅうっっ!?」
抜かりましたわ!! つい、ロプシ様の分にまでお手つきを…。有難いチョップを頂いてしまいました。
「コーヒーとお菓子食べ終わったら、しーっかり働けよダーリン」
「当然でございましてよ? しかして、目標のイグニ様は既にS. C. が2年以上追っているお方なのですよね? 1週間で捕まえられるとロプシ様はお思いですか?」
年月を掛けて尚も拉致に成功していないという事は、捜索方法に問題があるか被追跡者が相当な上手かという事になる。にも関わらず、今回の作戦を
「捕まえるよ、
「ロプシ様が?」
ロプシ様はふんすと慎ましげな胸を張られた。
「私の主な仕事は魔法使いの追跡・暗殺なのだよ」
「なんと! 頼りになりますわね」
「まー、普段はそーゆ訳で単独で行動しているんだけど…」
「そちらは?」
私やロプシ様の小さな掌の中にすっぽりと収まってしまわれそうな紫の水晶の…魔法細工でしょうか?
「流石のオドルも畑違いだとお手上げらしくてねー、一応ダーリンも持ってて」
「…社長様が使っていらした代物に似ていらしている様な…」
セクハラ社長が話していた紫水晶の玉の子どもの様にも見える。
「察しいいね、そーだよ」
「では此方で社長様と会話が?」
「今は無理。それに、コレはイグニと出逢った時に使う用だから」
「なるほど?」
一応紳士的に交渉されるという姿勢なのかしら。最後のバクラヴァを名残り惜しく味わいながら最後のコーヒーを仰ぐ。
「新人の初仕事の最優先事項は?」
「任務完遂ですわね!」
「違う、生きて帰る事」
「…そうですわね」
シドー様を思い出さずにはいられない。私が果てようと涙を流し悲しみに暮れる人はいないけれど、だからこそ。
ロプシ様は街ゆく魔法使い達と同じ白い鍔広帽子を被り席を立つ、私も後に続く。
「くれぐれも
「かしこまりましたわ」
「…中々治らんな」
「あっ、了解ですわ!」
「で・す・わ?」
「了解!!」
大変凄く焦ったいですのよ!!
人混みに紛れる様に正面を向きながら短い言葉だけを交わす。
「呪文はちゃんと覚えたな」
「はい! 《
「いや詠唱破棄…まー、問題なさそうだし」
この世界の魔法を初めて使いましたけれど、パンゲニアの魔法と違ってらして『世界と繋がる』様な温かな感じがしますのね、好きですわ。正しく発動すると、瞳が金色に輝くのだがロプシ様の反応からして私の瞳は輝いてるようです。
「
「はい、では後ほど」
集合時間を再確認すると、ロプシ様の姿は人混みと完全に融合されてしまった。1秒も経たない内に姿を眩まされてしまうと、見事な手練手管に手品を見た時の様な賛辞を送りたい気持ちになってしまいます。
「さてさて…私は」
暫く人混みに混ざらせて頂き、賑わいのあるゼルラ・ニラのメインストリートを下っていく。商店も人も少なくなられた周辺は、ショーウィンドウの向こうの杖を見てウンウン唸る眼鏡の青年を除いて、魔法細工や道具を売る専門店とその壁に反響する中心街の喧騒だけが佇んでいられる。
「《礫たちよ、轍の上を舞え》」
視界にタイルの上の靴跡や車輪の跡などが俄かに輝いて見える。
「…長い1日になりそうですわね」
曰く、標的のイグニ様の魔力を覚えている今の状態だと彼女の足跡だけ赤く輝くのだそう。風が吹き帽子をそっと抑える。腰に衝撃が突然…!?
「何々〜? 面白そうな魔法を使ってるじゃな〜い?」
「へ、どちら様ですの!?」
どなた様かが私の背中に抱きついて来たらしく、振り返ってみると
「お、アタシを知らないとは珍しい後輩ね。イイわ、教えたげる」
一歩下がられた淡いブロンドの綺麗なお方は強気な微笑みを浮かべて名乗られた。
「私はリュリー、通りすがりの帝国最強よ」
悪役令嬢、傭兵になる。 溶くアメンドウ @47amygdala
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます