1章 銃と魔法の友情
第9話 魔法使いの国
——
トンネルを抜けると、そこは帝国だった。
「皆様、空を飛んでおられますわね」
「人口の4割は魔法使いだからね」
「詳しいのですね、ロプシ様」
「撫でるなダーリン」
「…」
「何故より一層撫でる!」
明るいマスカットのボブをえいやと蹂躙する。馬車の外に見える帝国の景色は、まるで幼子が思い描く魔法に満ち満ちた世界の生き写しだった。
「喋る猫! 白い鍔広帽子の少女達! 空飛ぶ箒! 宙を漂う謎の発光体!」
「あー最後のは違くない?」
「え!? 猫が二足歩行なさって喋ってますけれど!! えぇ!?」
「そんなにおかしい?」
「おかしいですわよ!!」
急に異世界に来てしまったなという感覚がゾクゾクと背筋を抜けて行かれる。パンゲニアでも魔法はごく身近な現象でございましたけれど、スケールが桁違いでしてよ!
「私が元いた世界では身体能力を強化したり、せいぜいが宴会芸程度の大きさの火の玉や水の玉を作れる程度でしたから。本当に次元が違いますのね」
「元いた世界…? あっ、ふーん」
「何故そのように憐みの眼差しで私を見るのです?」
「憐れんでるから」
「どうしてですの!?」
「いやー
「ね? ではございませんのよ!!」
何か壮大な勘違いをロプシ様はなさっている様ですが、モノム様から私の事を聞いていないのかしら? 表情に出ていたのか、ロプシ様は人差し指で私が口を動かすのを禁じられた。
「ダーリン、軽率に自分の事喋ったらダメだよ?」
「どうしてですの?」
「傭兵っていうのはさ、兎角怨みを買いやすい仕事なの」
「はあ」
「それは
「それはそうですが…私達、同じ部隊の仲間でございましょう?」
「今はね」
「なら…」
「3人」
「3人?」
ロプシ様は無表情で機械的な顔を貼り付け、私の目の前に指を3本立てられた。
「同じ部隊だった奴で殺したの」
「そんな、どうして」
「報酬さえあればどんな仕事だってやる。まーそれだけの単純な話…単純な話なんだよ」
「後悔してますの? ロプシ様」
「いやー? してないけど」
「けど?」
ロプシ様はモジモジと立てた指を握る。
「他の結末であれば、肥溜めと一体化したいなんて大マジに考えずに済んだのに、てね」
「ロプシ様…」
どこか遠くを見下しているロプシ様を、私は抱き締めずにはいられなかった。
「私はロサリア・ヴァルプスです! 20になったばかりでお酒は苦手、公国の姫君で赤薔薇とか青薔薇とか皮肉いっぱいの渾名をわんさか持っております! 好きなものは私を好きな人で、嫌いなものは私を嫌いな人です!!」
「え、話聞いてた?」
ロプシ様は私に初めて大きく驚いたお顔をお見せになった。
「私はロプシ様の事が好きです!」
「なんで!」
「なんでもです!」
「こ、この聞かん坊!」
「私は、どうせ殺されるのなら好きな人に殺して貰いたいです!!」
「…」
ロプシ様の手が緩やかに私の腰元を抱き返して下さる。彼女の顎が優しく私の肩に刺さる。
「あー…もー、メチャクチャだね。ロサリア」
「はい、こう見えて『公国一の狂人』だと噂されていましたのよ?」
「あー確かに」
ロプシ様は何か納得された様子で暫く目を閉ざされた。
————
「毎度アリですぜ、兄さん」
「兄さんねー、もうおっさんとしか呼ばれなくなって久しいがね」
「ハッハッハ! いやいや、それほど生命力に溢れたお顔じゃ隠居なんてあと50年は無理でしょうに」
魚屋の巨漢なネコの主人は愛想を振り撒きながらテキパキと注文した魚の下処理を進めて行く。肉球が付いているとは思えぬ手際だ。
「昔と違って随分活気づいてるな」
「アルザス皇帝陛下様様ですよ!! 私腹を肥やす豪商や貴族達を根絶やしにしたんですから、
「即位して10年ちょっとだろ? 早すぎるんじゃないか」
「そうでもないですよ、帝国には魔法使いの皆様がいらっしゃるわけですし」
「…魔法使い、ねえ」
前の皇帝の時代に来た時は首都ですらがバカみたいに静かで、訳の分からない高額でしか生活に必要な物が買えないといったもうすぐ終わる国…といった印象だったが、まるで水を得た魚の様に元気になっている。街行く者たちの半数くらいは白い鍔広帽に白いローブを着た若者達で、恐らく彼らがその魔法使いなのだろう。
「何で杖持ってんだ?」
「あぁ、あれは救世の魔女・アマリュリス様が創られた代物だそうで。何でも、魔法を使う際の効率が劇的に上がるんだとかで」
「ふーん、そいつは凄えな」
「…おまちどうさん!」
「どーも」
魔法で凍ってた魚は内陸のゼルラ・ニラで売ってるとは信じられない程の鮮度を保っている、今締めたばかりかって程にな。
「さてさて、ホテルに戻りますかね」
賑やかな人混みに混ざって街の中を流されて行くと、どこかしこも本当に人の笑顔で溢れていた。観光客・若い魔法使い達・商店の兄ちゃんやら母ちゃんやら。
「いい国になったんだな…おっと」
「…ごめんなさい、急いでて」
「こっちこそすまん、手伝うぜ」
「…どうも」
紙袋一杯に野菜や白パンを詰めた姉ちゃんにぶつかっちまって辺りに少しぶちまけちまったが、潰れたりはしていない様で安心した。
しかし、てんで共通点の無い野菜達のレパートリーに胸が
「姉ちゃん、創作料理でもやってるのか?」
「…? いえ、料理はたまにしか」
「…そうなのか」
「今日は子ども達が出来合いの物でイイから、何か一緒に食べたいって言うから私が作ろうと思って」
「へぇー、何品くらい作るんだ?」
「一品だけ、私スープしか作れないから」
「何!? ゴーヤとアボカドと花わさびを一緒に!?」
「…そうだけど? 色々入ってる方がおいしいと思って」
「ちゃんと味見してんのか!?」
思わず白い髪の姉ちゃんの両肩を掴んで揺さぶってしまった。
「え、いや…子ども達の食べる分が減っちゃうし」
「な〜〜〜〜〜〜〜〜」
「…どうして貴方が頭を抱えるの?」
仕事の真っ只中であろうと俺は料理人で、それ以上でも以下でもない料理人だ。恐らく子ども達が「出来合いの物」と明言しているのは
「姉ちゃん、俺を今すぐ厨房へ案内しな!」
「え、でも…」
「でももヘチマもあるか!!行くぞ」
「は、はい」
待っていろ子ども達!
俺が必ずお前らを救ってやる!!
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