第8話 ダーリンダンス。

常夏のビーチだ。


「ロサリア、好きだ」

「知ってますわよ」


シドー様が私に首ったけなのは周知の事実。

2人の手の拳大のサファイアがその証。


「なんでロウソクの火が点いてるんだ?」

「ホアンツァ、伏せ」

「クリティカルヒットだぜ、嬢ちゃん!!」


私の足元を飛んでいるホアンツァの顔をしたミツバチを踏み潰してみると、海から現れた人魚の姿をした社長が私を空の彼方へと投げ飛ばされた。巨大な裸のモノム様の手の中に、私はすっぽりと収まってしまう。


『ロサリア、感動的だろう? ルナメアールは』

「えぇ、はい!」


死んだホアンツァがお星様になって夜空に輝いてる。プライム家の皆や、ある意味私の仇であるホワイトスター王子があの子・・・を囲んで宴を催されている。


「どうした、ロサリア? 気分でも悪いのか」

「ダーリンといるのに?」

「コラッ、人前じゃシドーって呼べよな」

「はい、ダーリン♪」


愛しのダーリンの瞳が真っ直ぐに私の唇を求めているのが分かる。不気味な音楽の流れる舞踏会だけれど、シドー様と一緒にいられるのなら私は構わない。地獄でも凍土でも砂漠でも戦場でも!!


「綺麗だ、ロサリア」

「フフ、もっと耳元で囁いて」

「クリティカルヒットだぜ!!」

「フフ、邪魔よホアンツァ」


ミツバチのホアンツァをシェフ様のフライパンに放り込むとポップコーンの様に弾けて雪のようにプロムナードに降り注いだ。


「お、時間みたいだぜ」

「そうなの?」

「またな、ロサリア」


時計塔の鐘が響き、ほっぺがジンと熱くなる。誰かが私を呼ばれていらっしゃる—


———


「おーきーろー」

「!!?」


頰に強烈な平手を頂いたような衝撃が走り目が覚めると、私は頰に強烈な平手を頂いていた。見知らぬ小柄なお方が私に馬乗りになっておられる。彼女の腕にはモノム様やホアンツァの腕に付いているものと同じ部隊章が認められた。


N. H. ノー・オナーズの…」

「先輩のロプシ」

「私は」

「いいからいいから。いくよー」


窓を見ると先程よりも夜が深まっている。


「夢、でしたのね」

「…ダーリン、行くよー」

「!? 忘れて下さいまし!!」


不覚ですわ! 夢の内容が寝言となってロプシ様に筒抜けなのか、無表情な先輩の顔にはニヤけた笑みが張り付いている。足早に部屋を去っていくロプシ様を慌てて追い掛ける。


「ジョッパーズって初めて履いたのですけれど、動きやすいのですね」


言ってから気付いたのですが、そもそもスラックスを履く事自体が初めてでしたわ、私。股下が守られる感じと申しますか、スカートの翻りを気にせずに動けるのは新鮮でございますね。


「どうせ直ぐ脱ぐだろうけどね」

「あら、そうなんですの?」

「ブリーフィングでも説明するけど、人探しの為に潜入する」


人探し? ブリーフィング? 潜入! 何だか愉快な事が始まる予感がして参りましたわ。


「しかし何故人探しを? 確か、軍事会社なのですよね」

「そー。ウチは暗殺に武器の供与に傭兵の派遣なんかをメインの仕事にしてるんだけど、結構稀に人探しという名目で拉致とかするんだよね」

「結構稀にってどちらですの!?」


ツッコミどころ満載な先輩様ですこと。


「まー。些事なんか気にしてたら心労絶えないから、ウチ変わってるし」

「そうなんですのね」

「社長が本当に変わり者っていうのもあるしー」

「セクハラ大魔人ですものね」

「確かに」


しばらくお話をしている内に変わった書斎の様な部屋に着いた。ホアンツァ以外は全員揃っていらっしゃる。モノム様、バクラン様、シェフ様が壁に貼られた地図に印をつけたり円を描かれたりしていらっしゃる様子だった。


「お、意外とウチの隊服が似合っちまってるな」

「ありがとうございます、シェフ様」

「褒められたもんじゃないがな」


全員お揃いの装いだと、何だか嬉しい気持ちになるものなのですね! グレーのジョッパーズにグレーの…チュニックでしょうか? 丈が短く金色の金属で出来た不思議な留め具で開け閉めが出来る上着に、布の丈夫なホワイトシャツ。どれも運動に適した装いで。


「よし、全員揃ったな」

「いえ、ホアンツァがまだです」

「ではブリーフィングを開始する」


バクラン様の発言虚しく、モノム様はブリーフィングを開始されてしまった。部屋の中央の円卓に集まるよう促され其方に歩み寄ると、人間大の長大な地図が広がっていた。


「これよりN. H. 各員はナザレ帝国首都ゼルラ・ニラへ潜入し魔法細工師イグニ・サンゼンの拉致・奪取を行う。目標のイグニは現地の治安維持局に追われている、くれぐれもナザレの野良犬共・・・・に先を越されるなよ」

「あれ、ナザレの治安維持局って賄賂渡したらなんでもしてくれるんだっけ?」

「昔はな、今の皇帝が極短期間で帝国の腐敗を一掃した影響でかなり真っ当に仕事する様になっている。間違っても非合法な食材を仕入れたりするなよ、シェフ」

「そいつは残念だ」


シェフ様は本当に残念そうに首を傾げる。


「モノ爺、新人ちゃんは向こうのお偉いさん殺してるんでしょ? 大丈夫なの」

「そうでしたわ!!」

「その件は問題ない。既に暗殺の実行犯は処刑・・されている」

「生きてますけれど!?」


捕まった憶えも処刑された憶えも勿論無いですわ!!


「実行犯は反皇帝派閥の騎士公…という事に帝国ではなっているのさ」

「…統治力の誇示ですの?」


要人暗殺の主犯を野放しにしておいては帝国の威信が傷付く…表向きは一先ず解決した体裁にし、後に着実に解決しようという腹積りかもしれませんわね。


「さあな、要人と発表こそしているが具体的にどんな人物でどんな要件で帝国にいたのか…その辺の情報が一切出ていない」

「まー問題ないなら問題ないね」

「なんで2回仰いましたの!?」

「大事な事だし」


ロプシ様はピースをチョキチョキと開いたり閉じたり遊ばれている。


「標的の居場所は既に判明しているんですか?」

「いや、幾つか候補がある程度だ。散開ししらみ潰しに探す」

「了解です。そうなると頼みはやはり…」


バクラン様が眼鏡を指で掛け直されると同時に、書斎(後で会議室なのだと教えて頂いた)のドアが開かれ奴が現れた。


「俺、だろ?」


ドヤ顔のホアンツァだ。


「「「「「違う」」」」」




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