第7話 シャワー

「はぁ〜、生き返りますわ…」


温かいシャワー! なんて素晴らしいのでしょう!! 身体にこびり着いた黒血や砂埃達が優しく剥がされていく。汗や垢なども落ちていくこの感覚!


「身体を清めるとは、こんなに素敵な事だったのですね!」


公国で唯お父様に全てを与えられ続ける生が続けば、この様な偉大な気づきを得る事もなく道化・・として無様に死んでいた事でしょう。


「広大な熱砂の上を乾いた身体で歩いて、未知の海で潮風を浴びて…あぁ、ルナメアール!」


かつて生きた…いえ、屍として佇んでいただけのパンゲニアで、大公令嬢として、悪辣な姫君として、プライム家のお人形として、与えられ続けるだけの役割の中において、何か大きく心惹かれるような体験は一度だって無かった。私は死んでいたのだ、そして。


「ここで産まれて、生きている…」


自分の意志で、シドー様の遺志で人を殺して、僅か儚い恋をして、砂漠で飢え乾いて、新たな場所に辿り着いた。


「ロサリアは幸せ者です」


他人様と物事の感じ方が違う・楽しみや喜びのカタチが違う…『それは偉大な人間の特性だ』とお父様は何度も私にそう告げられたのですが、その言葉が正しいという確信が無かった。だから胸の奥の秘めた部分に棘が刺さって、私の感じる全てを不出来なものに変えているのだと思っていた。


「そんな私が、純粋な幸福を感じている…

 私、生きていなかっただけなんだわ」


ただそれだけの、単純な事だったのです。


「フフフ、アハハハハ」

「何笑ってんの?」

「あら、ホアンツァ」

「様は?????」

「必要ないわ、貴方にはこれ以外」

「グガッ…アッ…アッ…」

「はぁ」


振り向くと全裸のホアンツァが呆けた顔をしていたので殿方の2つある急所に足で一撃入れさせて頂いた。床で悶絶するホアンツァを避けてシャワールームを後にする。脱衣所に踏み入ると人影があり、咄嗟に身を翻した。


「モノム様?」

「ん? …あぁ、すまない。次の仕事が決まったので待っている暇が無くなった」

「それはよろしいのですけれど、前を!」

「老人のフニャチンだ、気にするな」

「そういうわけには!」


とても老人とは思えぬ肉体の張りに好奇心を抑えるのをやめようかとも思いますけれど、これからは上司なわけですし!


「なんでそんな堂々と此方に向かってくるんですの!?」

「シャワールーム」

「あっ、それもそうですわね」


シャワールームへの通路を塞いでいるのは私でした! 前を隠せるだけ隠してモノム様に狭い道を譲る。


「1時間後に呼びに行く、部屋で待機していろ」

「かしこまり…あっ…ましたわ」

「『了解』でいい」

「りょ、了解…ですわ」


目を瞑っていたが、声を掛けられて思わず開いた目線の先にはモノム様のモノム様が鎮座されていた。老人のフニャチン・・・・って、凄いんですのね…


「あの、モノム様」

「どうした?」

「仮面は外さないのですか?」

「外さない」

「えっ」


流石に外されるだろうと予測していましたのに、モノム様の背中は仮面もそのままにシャワールームへ消えてしまわれた。


——


「…何やってんだ、ホアンツァ」

「…アッ…くりてぃかるひっと…」


——


シャワールームへ案内される途中で教えて頂いた部屋のドアを開けると、華美で奇抜な装いの殿方? が私が纏っていた薄汚いドレスを見て恐々とした顔を浮かべておいでだった。


「ミツバチ…?」

「なんなのよおおおおおおお!!」

「!?」

「こんなデザイン…ワーシは認めないわッッッ」


ミツバチの姿をそのまま洋服へと仕立てた装いのチャーミングなそのお方は突然絶叫されたり、ドレスの縫い目や装飾を撫でたりと慌ただしい限りを尽くされている。


「あの」

「しっ!!! お黙り小娘!!!!」

「こ、こむすめ…」


とても変わったお方ですわねー。


「気に入らない気に入らない気にいらっなーいわぁ〜〜〜〜〜!!!! フンッッッッ」

「え、あの…」

「ほっといてちょーだいッッッ!!!」

「ひっ」


悪魔のような形相に大粒の涙をうんと流されながら、奇抜なお方は部屋を飛び出して行ってしまわれた。


「何なんですの…」

「あら、災難でしたね」

「えぇ、全く…私はロサリアです」

「初めまして、ロサリアさん。私は施設管理人のネコ・サリクスと申します」

「ネコ様! 愛くるしい名前ですね」

「ふふ、ありがとうございます」


ネコ様の白いブロンドは月明かりを写してとても綺麗に見える。


「ドレスの方はクリーニングするのでお預かりしておきます。何か御入用なものなどございますか?」

「何か下着などがあれば拝借させて頂けると嬉しいですわ」


N. H. の皆様とお揃いの隊服を纏っているのですが、丈夫な素材で出来ているお陰で肌と擦れて幾らかこしょばい。殿方しかいないので下着という発想は無かったのでしょう。


「かしこまりました、飛び出していったドデンドロに用意させておきます」

「ドデンドロ…変わったお名前」

「アイツは何もかも変わっているんです」

「フフフ、そうですわね」

「他には何かありますか?」

「いいえ、ありがとう」

「では失礼します」


静かになった部屋で、白いベッドに横たわってみる。


「シドー様…」


欠けた十字架を眺めているとシドー様の声が聞こえてくるようである。目を瞑ってこの三日間を振り返ってみる。


「濃密でしたわね…廃城…砂漠…船旅…」


…………次の、仕事…

………


———

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