一瞬の青に染まるときまで

ナナシリア

一瞬の青に染まるときまで

「あれ、今日部活は?」


 俺は、隣の席の女子に部活について尋ねられた。


「辞めたよ」

「え、そうなの!?」


 辞めてからもう一月近くの時間が経つが、今でも低くない頻度で部活についての質問をされる。


 俺が部活を辞めたからといって大した影響はないと思っていた。


 当然隣の席の女子とか、俺の部活と関わりの薄い人との関係には大した影響がないのだが、影響がある相手も実在した。


 同じクラスにいる部長は俺が部活を辞めたことで俺を嫌い始めた。


 辞める前から俺の部活に対する態度を嫌いだったようだが、最近はもう会話すらない。話しかけたらキレる。


 大会に熱意を持って取り組んだことはない。


 退部した今思い返すと、一度くらい本気で大会に取り組んでみたかったと思う。


 今から言っても仕方のないことではある。


「もう三年の一学期も終わりだね。ついこの間進級したばっかりみたいな感覚だよ」

「夏休みか……夏期講習がほぼ毎日って考えると休みとは言えないよね」


 彼女は俺と同じ塾に所属しているため、夏期講習の苦しみは共有している。


「言わないでよ……」


 夏期講習の存在は確実に彼女と俺にダメージを与えていた。




 今日も夏期講習がある。


 朝起きた瞬間その事実が俺を嬲った。


 毎日、午前に三時間、午後に三時間の合計六時間+休憩一時間で、夏期講習の拘束時間は七時間にも及んでいた。


 学校は朝八時から夕方四時、つまり十六時までと考えれば拘束時間が八時間。ほとんど学校と同じだけ拘束される。夏休みの存在意義とはいったい何なのか。


 その中で出される大量の宿題を、今度こそはと俺は必死に終わらせていた。


 部活は本気でできなかったから、勉強こそは本気になりたい。


 その一心から、毎日宿題が終わるまで勉強に打ち込んだ。時には送られてくる連絡すら一時的に無視して。


 でもやはり、夏期講習の辛さには慣れなかった。




 夏期講習が終わった。


 夏期講習があった一カ月と少しの間を振り返ると、どこか言いようのない疲れと開放感と疲れを感じた。


 ……結局、宿題をすべて終わらせることはできなかった。


 毎日やろうと思った宿題を、一日サボり、二日間やって、二日間サボり、三日間やった。


 ついには一切やらなくなってしまい、俺はそれに後ろめたさを感じながらも勉強しようとする気を感じられなくなった。


 隣の席の彼女は、俺をいつも気にかけてくれて、宿題をやることができるように励ましてくれたりもした。その優しさが快かった。


 もしかしたら、俺は彼女のことが好きなのかもしれない。もしかしたらそうじゃないかもしれないが、彼女への好意を感じ始めていた。


 俺が塾をサボろうと休んだ日には心配をしてくれたり、体調不良ではないと答えただけで体調を崩してなくてよかったという返答をくれたり。


 控えめに言って彼女は神のように思えた。


 彼女との関係があることだけが、俺にとっての青春だった。


 彼女と関わっている間だけ、俺は一瞬の青に染まっていた。

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一瞬の青に染まるときまで ナナシリア @nanasi20090127

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