るりちゃんの魔法
るいすきぃ
第1話
今日は木曜日。図書室で本を借りて帰っていい日です。
かおるは本をランドセルには入れずに、手に持って帰ることにしました。
図書室で途中まで読んだお話の続きが気になって仕方ないのです。
大泥棒ホッツェンプロッツにつかまったカスパールとゼッペルはいったいどうなってしまうのか...
我慢できなくて、歩きながら本を開いて読み始めました。
その時、後ろからきた男の子に
「本読みながら歩いとったら危ないよ」
と注意され、かおるはショックと恥ずかしさで固まってしまいました。
本を読みながら歩くと危ないなんて、分かっているのです。
悪いとわかっていることをやってしまうなんて、恥ずかしくて耐えられません。
かおるは聞こえなかったふりをして、本のページを見つめながら、のろのろと歩き続けました。
男の子はそれ以上何も言わず、かおるを追い越して歩いて行きました。
かおるは、男の子が親指くらいの大きさになるまで遠ざかったところで、足を止めて、ランドセルに本をしまいました。
しょうがない、家に帰るまで本の続きは我慢...
いそいで家に帰ろう…
早歩きで学校からのまっすぐな道をトンネルまで歩き、ほんの20歩ほどの短いトンネルを抜けました。
学校からの舗装された道にくらべると半分くらいの幅の狭い土の道は、両側に田んぼが続いています。少し先に農機具をしまう納屋が建っていて、その前にわらが積んでありました。
そこに「るりちゃん」がいたのです。
ちょっと待ってください。説明しないといけませんね。るりちゃん、というのは、そのわらの上に座っている猫を見たときに、かおるの頭に浮かんだ名前でした。
少し前に読んだ本の中に、「瑠璃」というむずかしい漢字の言葉がありました。「瑠璃」というのは、青くて美しい宝石のことらしいのです。
わらの上に座っている猫はとてもきれいで、かおるの頭の中に「瑠璃」という言葉がパッと浮かんだのでした。
るりちゃんと仲良くなりたい…
だけど、るりちゃんはどうやら野良猫のようです。急に近づいたら逃げてしまうでしょう。
かおるは立ち止まって一生懸命考えました。さっき、読みたくてたまらなかった本のことはすっかり忘れてしまっています。
そして、「星の王子さま」の中できつねが言った言葉を思い出しました。
仲良くなりたいなら、毎日同じ時間に会いに来て。
でも、るりちゃんは明日になったらいなくなってしまうかもしれません。
毎日なんて、そんなゆうちょうなことは言ってられません。
そこでかおるはゆっくり近づこう、と思いました。
分速10センチ、つまり1分間に10センチずつくらいの速さ、いや遅さで近づくのです。
近づいてることに気づかれないように、るりちゃんの方は見ずに、少し外れたところを見ながら、ゆっくりゆっくり近づいていきました。
るりちゃんは気づいているのかいないのか、逃げる様子はありません。
ようやくそばまできたかおるは、そおっとわらの上に座りました。
そして、きつねの言葉をまた思い出して、るりちゃんの方は見ずに、るりちゃんの見ている方を一緒に眺めました。
目の前には田んぼが広がり、その向こうにぽつぽつと家が建っています。
太陽は斜め上の方にあって、金色の稲穂をキラキラと輝かせています。
かおるは時々、そおっとるりちゃんの横顔を見ました。緑のビー玉のように透明な大きな目は横から見ると丸く盛り上がって見えます。
るりちゃんの身体は濃い茶色で、灰色のとらじまのような模様がありました。
しばらく黙って並んで座っていると、るりちゃんがわらの上に右の前足をのせて、さっさっと動かしはじめました。
何をしとるんじゃろう…
すると、わらの下からコオロギがピョンと飛び出してきました。るりちゃんは、そのコオロギをパクッと食べました。
え、コオロギ食べたん?
るりちゃんはびっくりするかおるにはおかまいなく、サッサッと前足を動かし、ピョンと飛び出したコオロギをパクッとやっています。
見ているうちにかおるもやってみたくなりました。手のひらを下に向けてわらの上に乗せ、サッサッと動かしてみました。
するとコオロギがピョンと飛び出してきます。そのコオロギも、るりちゃんがパクッと食べてしまいました。
その後は、もう夢中。サッサッ、ピョン、パクッのくり返し。
サッサッ、ピョン、パクッ
サッサッ、ピョン、パクッ
しばらくするとるりちゃんはお腹がいっぱいになったのか、もうサッサッをやめて、飛び出してきたコオロギをパクッとするのもやめてしまいました。
そこで一人と一匹は座って、田んぼとその先に見える低い山をだまってながめました。かおるが来たとき頭の斜め上で輝いていた太陽が、いつの間にか山におしりをつけてオレンジ色になっていました。
近くの庭に咲いたキンモクセイの香りがあたり一面をおおいつくしています。
「うち、もうそろそろ帰らんと…」
かおるは、ランドセルをしょって立ち上がり、
「じゃあね、バイバイ」
と言って歩き出しました。
ところが、かおるがふり返ってみると、るりちゃんはかおると同じ方向に歩いてきているではありませんか。
「るりちゃん、うちはネコ飼ってもらえんのよ…ついてきちゃダメ…」
るりちゃんは、ぶらり、ぶらりと何気ないようすで、かおるのうしろを歩いています。
仕方ないな…お母さんにネコ飼ってもいいかきいてみよう…
やっぱりお母さんは、「うちでは猫は飼えんのよ」と言いました。
かおるはいいことを思いつきました。
家の裏の物置小屋は、どうだろう。あそこをるりちゃんの家にしたら…
そうだ、ご飯の残りをこっそり持って行ったらいいじゃん…
物置小屋に連れていってみると、るりちゃんはそこをあまり気に入らないようです。
それも無理はありません。だって物置小屋といっても、古い小屋のカベを全部壊してしまって、柱と屋根しか残っていないんですから。
ここは、かおるが妹や友だちとままごとをして遊ぶ場所でした。
るりちゃんは落ち着かない様子で、小屋の中を調べるように歩き回っています。そんなるりちゃんが気になったのですが、もう夜なので、かおるは家に戻ることにしました。
「じゃあね、るりちゃん、おやすみ。明日の朝、ごはん持ってくるけぇね...」
次の日、かおるがるりちゃんの朝ごはんを持って物置小屋に行ってみたら、るりちゃんはどこにもいませんでした。
「るりちゃーん」
「どこに行ったのー」
と呼んでみたけど、るりちゃんは出てきません。 耳を澄ましてみても、
「にゃー」
という声も聞こえてきませんでした。
それから半年と少したちました。
るりちゃんと出会った秋には、キンモクセイが咲いていて、いったいどこから香ってくるのだろう、と思うくらいどこもかしこもあの不思議な良い香りでいっぱいでした。
今は初夏で、くちなしの花があちこちで咲いていて、濃い甘い香りがただよっています。
「くちなしの花のー、花のかおりがー…」
かおるは、お母さんがいつも聞いているラジオで流れていた歌をいつの間にか口ずさんでいました。
おじさんが歌う演歌なのに、なぜかこの歌が頭の中に残っていて、くちなしの花の季節にはいつも歌ってしまうのです。
「今日は冒険をしよう」
本が大好きなかおるですが、妹とままごとをしたり、外で冒険ごっこをすることもあるのです。そんなときは、かおるがリーダーで、妹ののぞみは言うことを聞かなくてはいけません。かおるは手ごろな木の枝を一本拾って
「この棒は神様の棒です。この棒が倒れた方角に進みます」
と宣言しました。
出発地点はかおるの家の前で、道は学校へ向かう左の道と、山の方へ向かう右の道のどちらかしかありません。
かおるはおごそかに地面に棒を突き立て、そっと手を放しました。
棒は山へ向かう右の道の方へ倒れました。
「よし、こっちに行こう」
しばらく行くと、犬のふんが落ちていました。かおるとのぞみは
「みっちゃん道々…」
と歌いながら、ゲラゲラ笑って犬のふんを棒でつつきました。
それからまたどんどん行くと、道は急カーブで曲がって、山へ向かってのぼる道になります。
山へ向かう坂道を少し行くと、初めての分かれ道に来ました。
そのまままっすぐ行くと、本当に山へ行ってしまいます。右へ曲がる道は、かおるの家の裏手にあたる道で、道の片側には田んぼ、もう一方には家が並んでいました。
「どっちに行くか、神様に聞こう...」
かおるはまた棒を地面に立てると、ゆっくり手を放しました。
棒は、田んぼと家がある右の道の方へ向かって倒れました。
「じゃあ、こっちじゃね」
しばらくは、人が住んでいるふつうの家が続いていましたが、一軒の誰も住んでいないような家に行き当たりました。
庭の植物が伸びほうだいになっていました。
ここにもくちなしの花が咲いていて、またあの強い香りが香ってきます。
「この家があやしい。ここにるりちゃんがいるかもしれない」
かおるは自分で言ってびっくりしました。
どうしてこんな考えが浮かんできたのでしょう。
「探検してみよう」
おそるおそる庭の中に入っていき、誰かが急に
「何してるの!」
と大きな声を出すのではないかと、ビクビクしながら玄関の前まで来ました。
玄関の前で小さな声で
「るりちゃーん」
「出ておいでー」
と呼んでみました。
そのころ急に空が暗くなってきていたことに、この時かおるは気づいていませんでした。
かおるがもう一度
「るりちゃーん」
と呼ぶと、家の裏の方から
「にゃーん」
という声が聞こえてきました。
かおるはそら耳だろうと思いました。だって、るりちゃんがいるかも、なんて突然思いついたデタラメだったのですから…
ところが、いつの間にか、こげ茶色のとらじまで緑の目の猫がかおるたちの目の前にいたのです。
「るりちゃん?」
とかおるはびっくりして聞きました。
るりちゃんは
「にゃー」
とすまし顔で座りました。少し体が大きくなったみたいです。
そしてるりちゃんの後ろにはなんと5匹の子猫がいるではありませんか。
「るりちゃん、お母さんになったん?」
るりちゃんはなんだか得意そうです。
遠くでかみなりが鳴り始め、雨がザーッと降ってきました。
「急に降って来たー!すごい雨!」
かおるとのぞみは、あわてて玄関の軒下に入りました。
るりちゃんは子猫たちを安心させるように、5匹の頭に順番に自分の頭をこすりつけています。それからこちらを見て「にゃーお」と鳴いて、家の裏手の方に顔を向けました。
「もう帰っちゃうん?」
「子ねこを見せてくれて、ありがと。またね」
るりちゃんはもう一度
「にゃーん」と鳴いて、時々こちらをふり返りながら、子猫たちを連れて帰っていきました。
雨はなかなか止まず、かみなりもどんどんひどくなってきて、ピカッと光ってはガラガラガラーッとすごい音を響かせていました。
やがてかみなりは少しずつ遠くなって、雨も小降りになってきました。
かおるはのぞみに
「家から傘持ってきんさい」
と命令しました。
「かみなり、怖いよ…行きたくないよ…」
「大丈夫、大丈夫、ここから家まで走ったらすぐじゃろう?」
二人の間で、かおるの言うことは絶対です。
のぞみは半べそで走っていきました。そして、なかなか帰ってきませんでした。
そのうちに雨が止んできたので、かおるは、のぞみを待たずに帰り始めました。
空には来た時のようにまぶしい太陽が輝いていて、地面からはさっき降った雨が水蒸気になってもうもうと白い煙のように立ちのぼっています。
今日あの家に行くことになったのはるりちゃんのかけた魔法だったのかなぁ…
地面から立ちのぼる不思議な湯気は魔法の続きなのかな…
「るりちゃんは自分の子どもを見せるために私を呼んだのかも」
こんなお話のような考えで頭がいっぱいになっていました。
ぼんやり考えごとをしながら歩いていると、傘を持ったのぞみがようやく戻ってきました。
「傘取って来たよ」と息を切らしながら言うのぞみに、
「もう傘いらんよ」
と、るりちゃんのことで頭がいっぱいのかおるは言いました。
のぞみは驚いたようにかおるを見ましたが、やがて鼻の頭が赤くなり、口がへの字になって、その目にじわじわと涙の粒がもりあがってきました。
でもかおるは不思議な出来事のことをぼんやり考えていて、妹を泣かせたことも、そのことでお母さんに怒られたことも、ちっとも気づいていないのでした。
るりちゃんの魔法 るいすきぃ @lewisky
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