エピローグ 

「ただいまぁ。」


「おかえり、海花。そういえば、さっきクラスメイトの天崎 快君から電話があったわよ。図書館で海花を待ってるんだけど、来ないんです。って。すごく心配してるみたいだったわよ。海花、学校に行ってたんだよね?」


(快君、私の事図書館で待っていてくれたんだ。でも、なんで天崎君から聞いてなかったんだろう。今日の約束が中止になったのは、快君の体調が悪いからだったのに…。)


「うん…。学校に行ってたよ。快君にも学校で会えたから、大丈夫だと思う。」


「そう?ならいいけど。あれ?海花、そんな恰好で学校に行ったの?」


「え?そうだよ。私疲れたから、ちょっと部屋で休むね!」


海花はあわてて自分の部屋に入り、ドアを閉めた。


(お母さんに何か気づかれたかな?でも、もう髪も乾いてるし、きっと大丈夫だよね。)


海花は少しめまいがして、ベッドに腰かけると、すぐに体を倒して横になった。

海花の頭の中には、さっきから何度も何度も同じシーンが再生されていた。

そう、あのプールの中に落ちた瞬間のシーンを。


(すぐに意識がなくなってしまったけど、プールに全身がどぷんと入った瞬間、体中に水がかけめぐったような気がした。『生きてる』って感覚が満ち満ちて、ずっと続いてほしいって思った…。)


そして、もう一つ。心配で仕方のない事がある。


(私は、プールの中で人間でいられたのかな?それとも、人魚の姿になっていたのかな…。天崎くんは、何も言ってなかった。でも、もし見られていたとしたら。一体、どうしたらいいんだろう。)


海花は、自分の部屋から窓の外を眺めた。さっきまでよく晴れていたのに、天気雨なのか、小雨がぽつぽつと降り始めていた。


「明日、学校に行けるかな…。」


海花はベッドから身を起こすと、快が貸してくれたシャツを脱いで、大切にハンガーにかけた。そして、そのシャツに優しく触れた。


❀❀❀


快は乱暴にドアを開けて、部屋の中に入った。黙って咲夜が後ろからついてくる。

打ちっぱなしのコンクリートで出来た無機質なマンションの一室が、今の二人の根城だ。男二人暮らしの部屋は、必要最低限の物しかなく殺風景だ。かろうじてリビングと言えるスペースに置かれた、茶の革張りのソファに、快は深々と腰かけた。そして、言った。


「咲夜。俺の指輪を海花が探していたと言っていたが、それってこれの事か?」


快は胸元から、鎖にぶら下がった指輪を取り出して見せた。


「しかも、昨日から俺の体調が悪くて、今日の約束はなくなったって?

なんで、そんなウソをついた?」


咲夜は、言った。


「快が思っている通りだ。今日の約束を“なし”にしたかった。」


「なんでそんな!友達と勉強するだけの事だろ。」


咲夜は静かに言った。


「そう、ただの友達。1年だけのの友達だ。なんでそんなに怒るんだ?快は、俺以上の仲良しを作る必要なんてない。だろ?」


二人は黙ってお互いの目を見た。


「そんな事より、お父上から連絡があった。」


咲夜はそう言って、机の引き出しから白い封筒を取り出すと、快に差し出した。快は黙って受け取った。咲夜は部屋のカーテンをすべて閉じると、電気をつけた。


「Tシャツ脱いで、快。手紙を読んでいる間に手入れをするよ。」


快は黙って、Tシャツを脱いだ。そのつるっとした背中に、背骨を挟んで少し隆起している場所が2か所ある。快が、こきっと首をならして言った。


「広げるぞ。」


その声と同時に、その隆起した場所が大きく盛り上がったかと思うと、何かがはじけるように大きく広がった。それは目の覚めるような、真っ白な2枚の大きな翼だった。


「大分こんがらがってる…。じっとしてて。」


咲夜はそう言うと、大き目の柔らかい毛のついたブラシで、羽の手入れを始めた。快はぶすっとした顔で手紙を開いた。


『ヒューイ。いや、今は快と呼んだ方がいいのだろうか。わかっていると思うが、

天界を収める我がダリオ王国の王族は、地上の世界で1年間暮らさなくては成人とみなされない。この機会に、地上の文化や経済、政治など幅広く学んで…』


快は、途中でくしゃっと手紙を丸めると放り投げた。手紙物が、カサッと乾いた音をたてて、アルミ製のごみ箱におさまった。


「ナイスシュート!」


「快!」


咲夜はあわてて、ごみ箱から手紙を拾い上げると綺麗にのばした。


「気にするな、咲夜。お決まりのお説教だ。」


そう言うと、快はばさっと、大きな翼を震わせた。


「こんなに長い間使わなくても、まだ飛べるのか?」


「…多分。」


「適当だな、咲夜。」


二人は、お互いを見合うと少し笑った。快は、咲夜の顔からそのまま目を離さずに続けた。


「もう二度と、勝手な真似はするな。お前は、俺のなんだ?従弟か?ただの友達か?」


しばらく沈黙が続いた。咲夜は、かみしめる様に言った。


「…付き人。わかっています。私の使命は、快が…ヒューイ様が、無事にこの地上で一年を終えるのをサポートする事。」


「わかっているなら、いい。頼むから、余計な事はするな。本心から、お前の事、ただの付き人だって思っているわけじゃない。お前は、俺が唯一、何でも話せる幼馴染だ。そうだろ?」


「はい。ヒューイ。」


咲夜は黙り、また黙々と羽の手入れに戻った。快は言った。


「…雨の音がする。」


「そうか?」


咲夜はカーテンの隙間から外を見た。


「…小雨だ。」


咲夜はカーテンをしっかりと閉め直した。


二人は全く同じ事を考えていた。


(あいつ、明日学校に来れるかな…。)






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天界ボーイと深海ガール くるみ @mikkuru

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