③
やってきました岩山の麓の洞窟、辿り着けば……想像よりも整備された形でそこにあって、入り口は木材で四角く固められていた。
「へー。思ったより綺麗な入り口じゃねえか」
まずミルコは魔物がいるかもしれない洞窟へ、何の躊躇もなく入っていった。
「トロッコもあるし汚ねえピッケルもある。どうやら元鉱山みたいだな」
「そうなんですか」
「おい見ろククル!照明石もあるぞ。ラッキーだな」
「それはいいですね。まだ灯せます?」
照明石という言葉を聞いた俺も、洞窟の中へと足を運んだ。内部を見ると、確かにそこには一定間隔で壁に埋め込まれている石があった。
名前通り、これは古くからこの世界で用いられている照明道具である。人の魔力や魔石をエネルギーにして光る石。
原理はよく知らないが、言ったら単に電球みたいなもので、それが付いているこの洞窟は明かりを持ち込まなくても明るいということだ。
「こっちの壁のはまだいけるみたいだぞ。ククル、そっちの壁は頼む」
「はい」
壁にある照明石の1つに触れて、魔力を流し込むと、洞窟の奥へ次々に明かりが灯った――。
「じゃあ、張り切って行くぞ」
「行きましょう」
ミルコが言っていた通り洞窟は以前、鉱山として利用されていたようだった。随所にそういった形跡が見られる。放置された籠や道具に、人為的に掘られた真っ直ぐなものと、自然にできた蛇行したものが入り混じる道。
たぶんそんなに古いものではない。照明石の寿命は最大でも60年くらいなので、こうやって足元が見えているのがそう思う理由だ。
「照明石が灯らないほど古い」。そんな途方もない古さを形容する表現がこの世界にはあるが、そこまでどうしようもない古さではない。
「今のところ魔物の姿も見えませんけど、本当にメタルドラゴンなんていると思いますか?」
変わり映えしない無機質な坑道をしばらく進んで、沈黙が嫌になったタイミングで俺は言った。
「なんだ?いない可能性もあるのか?」
「依頼主の方が姿をはっきりと見た者はいないって言ってましたよ。この洞窟から地響きのような咆哮や、鉱石を噛み砕く音が聞こえたって人がいるらしいのでたぶん何かしらはいるはずですけど」
「いつしてた?」
「ミルコさんが退屈だからって出て行った時です」
「へー。じゃあいるとしたら洞窟のどこだとかも聞いてないのか?」
「それは話そうとしてましたけど、場所を聞いたらすぐ出発したので聞けませんでした」
「そうか。いなかったら拍子抜けだなあ……でも間違いなくいるぞ」
ちょっと嫌味を言ってみても堂々と前を歩き続けるミルコが立ち止まり、笑いを混ぜながら言った。
「これって……」
追いついてみると開けた空洞があって、そこには巨大な岩が噛み砕かれたような跡がいくつかあった……。
「けっこうでかそうだな」
「いや、結構でかいなんてもんじゃないでしょ。こんなサイズ見たことない……。これが本当に魔物の噛み跡ですか」
「おい見てみろ!こっちには足跡もあるぞ!でっけえなあ!私の1000倍はあるぞー!ははっ!」
ミルコは子供みたいにはしゃぎ始めたが、俺にとっては不安になるほどの大きさだった。
家を丸々飲み込めそうな大きさで、光沢を持つ鋼のような岩が易々と噛み砕かれている。もしも同じように噛まれたら人間なんてひとたまりもない。おそらくは固い鱗を体中に持っているだろうし、ブレスも吐いてくる。
そんな生物がこの先にいる。果たして師匠と言えど簡単に倒せるだろうか。
思ったよりやばいかもしれない――急に不安が押し寄せてきて、俺は一旦戻らないかと伝えようとした。
しかしその時、洞窟が震える――。
ドラゴンの鳴き声など前世のゲームでしか聞いたことが無かったが、一瞬でそれだと分かるほどけたたましい咆哮――。
低く重たい音に金属を擦り合わせたような高い音が混ざっていて、体の芯を無理やり揺さぶられているみたい――。
「……ちっ、うるせえなあ。耳がキーンとなりやがる」
「……今の鳴き声ってまさか。いや、絶対そうですよね」
「ああ、間違いなく今回のターゲットだな。もう近いみたいじゃねえか……ラッキーだな!行くぞククル!」
「え、待って!ちょっと言いたいことが!もう荷物みたいに運ぶのはやめ――ぎゃああああ」
正に今、帰らないかと言おうとしたのに俺は真逆の方向へと連れていかれる。またもや雑な運ばれ方で。
ずっと空洞が広がる洞窟内のさらに奥へ。明るいとは言っても外よりはずっと暗くて、あまり先まで見えない……ひんやりした空気は進めば進むほど冷たさを増して、薄着では凍えてしまいそうなほどになった。
加えて俺にでも分かる嫌な空気がある。
やばい冒険者たちに危ない場所へ連れていかれた経験は少なくないので、分かるようになった。やばい魔物が放つ空気は似ている。
そして今までのどれよりも今回の空気は濃い。濃すぎて、肌を撫でられているんじゃないかと錯覚する。不安がさらに大きくなっていく。
「1回戻りませんか?」
心臓が大きく跳ねたので、俺はついにミルコの手を軽く叩きながら言った。しかし……。
「いや、もう見つけたし、おそらく向こうも気づいているぞ……」
既に強者2匹はお互いの存在を見つけていた――。
気づいた時には手遅れで、ミルコを説得する時間は尽きていた。人間と魔物、お互いに射程距離内、狩るか狩られるかの生存競争の始まり。
数秒後に暗闇から姿を現し――俺の目でも見えるようになったドラゴンはやはり想像よりも恐ろしい姿をしていた。
想像よりも巨大で、想像よりも複雑な姿というか……鉄の鎧を着込んだ4足歩行の体には翼が4枚も付いてるが、形も大きさも不揃いで歪。威嚇のつもりか、開いた口には牙が2重になって生えていて、剣の切っ先のように鋭い。
その牙を見ているだけで、肌が切れそうだ。洞窟の中で冷たいはずなのに汗が出てくる。
やっぱりやばい――これがAランクなのか――師匠でも1人じゃ危ないかもしれない、びびってないで俺も何かしないと――。
「ククル。まだメタルだとか、こういう固い奴の倒し方は教えてなかったよな」
今度は俺がミルコを引っ張ってでも逃げなければ、そう思って横を見た。
けれど、ミルコは笑っていた――。
そして、余裕な口調で語り出す。
「私を見てないで前を見ろ。どうだあの鱗は、めちゃくちゃ固そうだろ。たぶん剣は折られちまうし、魔法もほとんど効きやしねえ。じゃあどうするか……」
言われた通りメタルドラゴンがゆっくりこちらに向かってくるのを見つめたが、いつでも逃げられるように身構えることしかできない。
ミルコの話は頭の片隅でしか聞けやしない。
けれど続く言葉が、余りにも衝撃的でまたミルコのほうを向いてしまう。
「思いっきり力を込めてぶん殴るんだ――」
「は!?」
しかし、ミルコの姿はそこになくて、代わりに頬へ静電気のような痛みがちくりとした。
雷魔法の残り香だった。
そしてその残り香、電気の行方を目で追うと、既にメタルドラゴンの上にミルコはいた。
「はあああああ……おらあっ!!!」
男らしい掛け声と共に、ミルコは全体重を乗せるように拳を振り下ろす。それがメタルドラゴンの背中に命中するとともに、稲妻が落ちたようにはじける音がした。
俺の体まで電気を流されたように一瞬硬直する――。
砂を含んだ強風もやってきたので、思わず目を閉じた――。
数秒後、風が収まったのを感じたので恐る恐る目を開けると……。
既に全身にひびが入った状態で横たわるメタルドラゴンと、その上に立つミルコがいた――。
「……」
「…………」
「…………………」
「…………………………」
「…………………………やばい!!!!!!」
色々言いたいことはあるけど、喉を突いて出てきた言葉は全てをまとめた結果これだった。
このメタルドラゴン絶対やばい奴だったよね。今まで見たどんな魔物よりも恐ろしかった。少なくとも俺の目にはAランクにすら収まらないように見えたぞっ。
それが……ワンパン……?
てかメタルな魔物の倒し方なんじゃそりゃ。普通急所を狙うとか特殊な魔法を使うとかじゃないのか。
パワーで貫くとかそれRPGならレベルカンストしたキャラがやるやつじゃんっ。攻撃力がカンストしてるから、防御力カンストしてる敵にも攻撃が通る理屈じゃんっ。
「はーーはっはっはっはっはっはっはっは!」
攻撃を受けていないミルコは無論息も切らさず、高らかに笑う。
そう、これなのだ。ミルコという冒険者の何よりもやばいところは「強さ」なのだ。
伝説の勇者にだって匹敵するのではないかと思う。
数年一緒にいるけど、未だに驚かされるほど底の知れない強さを彼女は持っている。
現在最年少のSランク冒険者、ミルコット・ホールデン。そもそもこの歳でSランクの称号を得ていることが異常である。
彼女は周囲まで破壊しかねない強さと、ハチャメチャな性格から、親しみを込めて「かみなり様」と国中の人間に畏れられている。
「どうだ?勉強になっただろう」
「急所を狙うとかじゃないんですね……」
「急所?そんなもん個体ごとに違うのに分かる訳ねえだろ。どこでもいいからドカンよ」
「ははは……」
「さ、帰ろうぜククル。付き合ってくれてありがとな。今回の討伐照明はこの砕けた鱗1個で充分だろ」
そう言いながらミルコは、サラサラしたままの長い金髪を手でふわっとなびかせ、未だ動けない俺の横を通り過ぎていく。
花のような石鹸のような、髪の匂いがやたらと強く感じられた……。
ただ実のところ、これでもまだやばさ度合いではマシなほうだ――。
ミルコは強さこそギルド内でもトップクラスだが、性格や行動のやばさは10段階中2くらいのものである――。
冒険者ギルド「七色の自由」――。俺が所属するそのギルドにはもっともっとやばい奴がいる――。
もっと異常で、もっと理解不能。やばさ比べをすれば、それぞれが世界大会優勝レベルの強者たち――。
まだまだ誰かに聞いてほしい話がたくさんある―――。
やばいギルドのやばい冒険者たちが、色々とやばすぎる――。 木岡(もくおか) @mokuoka
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