第二章15【英雄】
「いくわよぉ!!!」
アイリスによって炎への耐性を得た左手と両足を使い、迫りくる炎の剣を全て捌いていき、彼女が魔法を放つと同時に敵へと接近し、格闘戦を仕掛ける。体力を回復していたので戦えていなかったが、トビアス達とこの護衛の戦いを観察していたので、魔法で防御する時、炎の剣が消えるのはルカも把握している。
振り下ろされる剣を左手の籠手で防ぎ、そのまましゃがみ、相手の足払いを仕掛けるが、相手はそれを跳んで後ろに躱す。それでも炎の剣が無い時が攻め時の為、ここは引かずに距離を詰める。
「まだまだぁ!!!」
叫びながら攻撃を続けるルカ。炎の剣により右腕を失い、激痛を感じ、動けずにいたルカだが、今はそんなことは関係なかった。ここで自分が立ち上がらなければ、自分だけでなく、トビアスとアイリスが、そしてシュウが、仲間がこいつらに殺されてしまう。そう感じ、動き出したルカは最早痛みを感じていなかった。
頭にあるのは、大切な仲間達と共にこの戦いに勝利をする、それだけだ。
* * * * *
ヴァイグルで冒険者をやっているルカ。彼女は幼いころから英雄エルクの冒険譚を読み、彼のような冒険者になりたいと憧れていた。そんなルカは子供の時、自分の魔力属性が戦闘には不向きな光だという事がわかり、彼女の親や、友達に冒険者になることを諦めろと何度も言われたのだった。
親が冒険者になることを認めなかったため、剣を握ることさえ許されず、冒険者への道が断たれたかと思われたが、彼女は諦めなかった。親には冒険者になる事は諦めたと嘘をつきながら、もしもの為の護身術を習いたいとお願いし、道場に通いながら、彼らに気付かれないように特訓を重ね、武器を持たずに戦う術をなんとか身に付けたルカは、16歳になると同時に、書置きを残し、家を飛び出たのだった。
自分を知っている人がいない場所に行きたかったため、故郷から遠い街で冒険者となったルカは幼いころからの夢であった冒険者へとなった。
英雄エルクのようになる事を夢とし、晴れて冒険者となったルカだったが、彼女が目にしたのは残酷な現実だった。
多くの冒険者は、ルカのように夢があるわけではない。彼らは目標も夢も無く、ただ依頼をこなす単調な日々を繰り返しているだけだった。そんな彼らとも、最初の内はパーティーを組んでいたルカだったが、己の力だけを信じ、力のない者たちを嘲笑い、暴力を振るう冒険者達とは度々問題を起こし、その問題に巻き込まれる事を恐れたパーティーから追い出されることが殆どだった。
彼女の強い正義感を評価し、ギルドは彼女に王国での騎士軍に入る事も提案したが、英雄エルクを目指すルカはその提案も受け入れることはなかった。結果的にルカという冒険者はギルドからは一定の評価を得ながらも、他の同業者からは腫物扱いされる、一風変わった冒険者となったのだった。
そんな彼女は誰ともパーティーを組むことは無く独りで依頼をこなし続け、Dランクまで昇格したのだが、彼女の他の冒険者からの評価は変わらず、周りの冒険者との問題は絶えなかった。
ある日、彼女は依頼終わりに、いつも通り街を歩いていると、他の冒険者達に因縁を付けられ路地裏へとよばれた。彼女にとってよくある事だったのだが、その冒険者達の中にかつての仲間がおり、ルカの夢を知っていた彼らはそれを嘲笑い彼女を挑発しのだった。
「餓鬼みたいな馬鹿げた夢」
そう言われたルカは彼らに掴みかかったのだが、それがいけなかった。彼らは正当防衛を盾にルカに殴りかかり、彼女を押さえつけた。彼女は抵抗したが、相手は複数人だったのに加え、格上のCランク冒険者。そんな彼らにルカは、一晩中自分の夢を嘲笑われながら徹底的に暴力を振るわれ、泣き叫んでも許されず、服を破かれ、辱めを受け続けた。
冒険者たちが去り、全身を殴られ、身を包む物も無くなり、路地裏に横たわる彼女には、かつての夢を見ていた少女の姿は残っていなかった。どんなに耳をふさいでも、自分を殴り続けた冒険者達の声が残り続け、自分の夢を嘲笑い続ける。心を折られたルカは、その日街を去り、再び自分の事を知らない街へと移動する事を決めた。
飛び出した故郷に帰ることもできない。今の街にもこれ以上いられない。そう感じたルカは、新たな拠点として、商業都市ヴァイグルを選んだ。
ヴァイグルでも、ルカは誰ともパーティーを組まずに独りで冒険者を続けていた。大きな変化があったとすれば、以前のように人助けをしなくなり、周りの冒険者と問題を起こすことが無くなったこと、ただ目的もなく依頼をこなし、日々を過ごす昔の自分が嫌悪していた冒険者となったことだ。
『私は、英雄エルクにはなれない』
それが心を折られたルカの思いだった。
そんな風に変わりのない日常を過ごしていたある日、偶然ルカは4人の冒険者達が嫌がっている女性に声をかけ路地裏に連れ込んでいるのを見かけた。ヴァイグルに来てからは、気付いても見過ごしていたいつもの光景。だがその日、何故か魔が差したルカは、思わずその女性を助けていた。
冒険者を蹴り飛ばし、女性を逃がした。それでも残されたルカは冒険者達に囲まれる。蹴り飛ばしたため激昂した冒険者とその仲間達に殴られる。
殴られながらルカはなぜこんなことをしたのかが分からなかった。英雄エルクのように力もなく。困っている人を助けることができない自分がこんな事をしても無駄なのにと、自分の衝動的な行動を後悔した。
ボロボロになったルカは、身体を押さえつけられる。昔の事を思い出し彼女は改めて思う。
『私は、英雄エルクにはなれない』
これは報いなのだとルカは思った。叶えられもしない無謀な夢を抱き、家族も友達も、故郷さえ捨てて冒険者になった報い。こうして徹底的に痛めつけられ、辱めを受けることは、困っている人も助けられ無い非力な自分へと与えられた罰だ。
冒険者達に身体を押さえつけられているのにも関わらず、彼女は抵抗もせず、何も言わず、静かに涙を流していた。
「君達、何をしているんだ」
そんなルカと冒険者しかいなかったはずの路地裏に声が響いた。彼女が振り向くとそこには男性が1人いた。茶色い髪の毛に綺麗な青い
「あぁ?なんだ、てめーは?」
「僕の質問に答えるんだ。君達は何をしているんだ」
その冒険者に、他の冒険者達が近づき圧をかけるも、男はそれを意に返さず、その青い瞳をこちら側に向けたまま、同じ質問を繰り返す。
「何って、この女と楽しい事をやろうとしているだけだよ」
「ぎゃはは、何だ?お前も混ざりたいのか?」
無言でこちらを見続ける男は、他の冒険者達の言葉を聞き、俯き「そうか」と呟くと、ルカの方を見た。先程までのように全体を見ていたのではない。男は、彼女の瞳を強く見ている。
「これは……合意の下なのかい?」
「は?何を言ってやがる」
優しく質問を投げかける男の言葉を理解できなかった冒険者が聞き返す。その間も男は、彼を囲んでいる冒険者を見ずに、ルカの瞳を見続けている。
「君達には聞いていないよ……君に聞いているんだ、これは合意の下なの?」
ルカはここで気付いた。質問をする前から、その男は彼女の瞳しか見ていない事に。彼はルカにしか質問をしていなかった。
「……」
「心配しなくていいよ」
優しく微笑む彼の瞳を見て、ルカは涙を流しながら呟くように答えた。
「……ちが、う」
「……そっか、ありがとう、答えてくれ……て!」
「がっ!」
その瞬間、男は近くにいた冒険者を勢いよく蹴り飛ばした。突然の攻撃に他の冒険者達は、一瞬呆気にとられたが、すぐさま標的をルカからその男に移し、攻撃を開始する。
「てめー!!!ふざけんじゃねーぞ!!!」
「ぶち殺してやる!!!」
殴りかかる冒険者達を相手にする男だったが、冒険者達の実力は高く、男は少しずつ劣勢に追い込まれていく。ルカが知っている限り、彼らはCランク冒険者のはずで、素行は最悪だが、実力だけは折り紙付きなのだ。
「ぎゃははは!何だお前!たいして強くないじぇねーか!!!」
「おら!このままタコ殴りにしてやるよ!」
「今逃げれば見逃してやってもいいんだぜ!」
冒険者達に殴られ、何度倒れながらも、男は立ち上がり、彼らに立ち向かっていく。実力差は明確であり、立ち向かっても意味がない事も明らかなのに男は決して諦めない。
「しつこいんだよ!この雑魚が!!!」
「いい加減にしやがれ!!!」
ボロボロになりながらも冒険者達と戦い続ける男を見て、ルカは何もできなかった。ただただ彼女には理解ができなかった。自分をこの冒険者達から助けられるほどの力が無いのにもかかわらず、彼らに立ち向かい続ける男の事が理解できなかった。
「……やめてよ」
そんな男を見て、ルカは気付かないうちに声を出していた。どんなに殴られても、地面に押さえつけられても、辱めを受けそうになっても何も言わなかったルカは、今は声を抑えずにはいられなかった。
「……やめてよ!」
力が無いのにも関わらず、できもしない夢を、理想を成し遂げようと、自分を助けようと無謀なことをする男に、かつての自分の姿を重ねてしまったルカは、叫ばずにはいられなかった。この言葉が彼に対してなのか、彼を殴り続ける冒険者に対してなのかは彼女自身にも分からない。それでも、彼女は叫ばずにはいられなかった。
「やめてぇぇ!!!」
「……ちっ、うっせーんだよ!!!」
振り向いた冒険者の一人がルカに近づいていく。楽しもうとしていたところに邪魔が入り、その邪魔をしてきた男は弱いくせに、消えようとしない。そんなことがあって冒険者の機嫌は最悪だった。
彼女に近づいた冒険者はそのまま彼女を蹴ろうと足を━、
「トビ!!!兵士さんたち、ここです!!!」
「おい、お前ら!!!何をしている!!!」
蹴られそうになり、ルカが目を瞑ったのと同時に女性の声が響き渡り、兵士達が駆け込んでくる。
「おい、やばいぞ!!!」
「まて!逃がさんぞ!!!」
兵士達を見るや逃げ出す冒険者達を追いかけ、路地を抜けていく兵士達。一瞬のうちに路地裏に取り残されたのは3人になった。ルカと兵士を呼んで来た女性、それと、
「トビ!酷い怪我じゃないですか!」
「ははは……僕はいいから、先に彼女の手当てをやってあげてよ。いててて……」
冒険者に殴られ続けてボロボロになったトビと呼ばれた男だ。そんな男━トビアスに言われ、もう1人の方がルカの手当てをしようと、彼女の元に駆け寄る。
「大丈夫ですか?もう心配ないですよ?」
そう言って駆け寄るのは長い水色の髪に深い青色の瞳をした女性冒険者だ。彼女はポケットから回復薬を取り出しルカに手渡す。回復薬を受け取ったルカは、唖然とした表情で暫く黙り込むが、ゆっくりと口を開く。
「……なんなのよ」
「え?」
「……なんなのよ、あんた」
突然の質問に一瞬呆然とした彼女だったが、すぐにハッとして微笑む。
「あ、私はアイリスっていいます。そこで他の女性から助けを求められて、それで━、」
「なんなのよ!あんたは!!!」
「きゃっ!」
自分に向かって微笑む冒険者━アイリスを無視してルカは、座り込んでるトビアスに掴みかかり、そのまま潤んだ瞳で彼を睨みつける。
「ちょっと!何をするんですか!トビは貴方を助けようとして━、」
「うっさいわよ!別に助けなんか頼んでないでしょ!それにあんただって、結局誰も助けられてないじゃない!!!」
「……」
止めようとするアイリスを一喝し、ルカは掴んだトビアスにそのまま叫ぶ。彼は掴みかかってきたルカを静かに見つつ、片手でアイリスの動きを静止する。ルカには彼が理解できなかった。力が無いのに、あの冒険者達に挑んだ彼が分からなかった。
「力が無いくせに!あいつらに敵うはず無いのに!自分がただ殴られるだけなのに!なんで、あんたは私を助けようとしたのよ!!!」
「……」
「力が無いなら助けようとするな!意味なんて、無いに決まってるでしょ!!!誰も助けられないのよ!!!」
これは八つ当たりだ。ルカ自身も分かっていた。それでも止められなかった。かつての自分の姿を彼の中に見てしまったから。自分が諦め、捨てた夢を彼の中に見てしまったから。
あふれだす感情のまま、涙を流しながら、ルカは叫び続ける。
「あんただって、分かってたはずでしょ!あいつらには勝てないって!だったら……だったら、私なんて、無視すれば……いいじゃない」
徐々に声に力が無くなったルカは、トビアスを掴んでいた手を放し、その場に座り込む。彼女の心は限界だった。冒険者達に敗北し、ヴァイグルに来てからずっと心に溜め込んでいた自分自身への嫌悪が全て溢れ出てくる。目の前にいる男のせいで、もう諦めたはずの昔の夢を思い出させられた。
「……僕は、見捨てたくないんだ」
トビアスが、彼女の言葉を聞き、ゆっくりと語りだす。
「確かに、僕にはまだ力は無い。それでも目の前で困っている誰かを無視なんてできないよ」
「でも、助けられなかったら意味ないでしょ」
「そうだね、今の僕じゃあ、困っている人全員を助けることはできないかもしれない。それでも助けようと手は伸ばせる。助けられるかどうかを考える前に、手を伸ばすことが、大切だと僕は思うんだ」
「助けられなかった時、あんたはどうするのよ」
彼女は既に理解していた。これは彼女自身が分からなかったことを彼に尋ねているだけだ。力の無い自分では、皆を助けることは出来ない。英雄エルクのようにはなれないと、夢を諦めた彼女が、どうすればいいのかと彼に尋ねている。そんな子供じみた投げかけだ。
質問をされたトビアスは短く考えると、
「その時は……僕の仲間に、助けを求めるかな。僕一人じゃあ、全員を助けるのは難しいからね」
「……」
笑いながら頭を掻くトビアスを黙ってルカは見つめる。トビアスは彼女が幼い時に思い描いた英雄ではない。トビアスは力が無く、冒険者相手にボロボロにされるような特別な力などない冒険者だ。ただ困ってる人を見捨てられないだけのお人好しだ。
「あんたって、度が付くほどのお人好しね」
「ははは……よく皆に言われるよ」
トビアスと英雄エルクは余りにも違う。彼には圧倒的な力があり、全ての事を一人で解決できてしまうような真の英雄だ。それでも、彼にも仲間がいた。そうして英雄エルクのパーティーは世界に平和をもたらした。
「あんたって、放っておいたら勝手に死んじゃいそうよね」
「……それは、よくアイリスに言われるよ」
「そうですよ!今だって、私が来るまで待ってるはずじゃなかったんですか!」
「いやー、つい身体が動いちゃって……」
「そうやって、怪我するの何回目だと思ってるんですか!!!」
怒るアイリスにトビアスが謝罪をする。これもルカが思い描く英雄とは異なる姿だ。それでも、もしかしたら、自分がかつて諦めた夢を見た彼になら、自分の夢を託してもいいのではないかと。ルカは思ってしまった。
「……ねぇ」
「ん?なんだい?」
そうなればルカがやることは1つだった。
「私を、あんた達のパーティーに、入れてくれない?」
「……え?」
突然のパーティー加入のお願いに反応が遅れるトビアスよりも先に反応したのはアイリスだった。
「え!?いいんですか!?」
「え、ええ」
食い気味に反応した彼女に驚きながらも、ルカは返事をする。そんなルカをみてアイリスは胸をなでおろし、安心するような表情を見せる。
「トビの暴走を止めるには、私だけじゃ心許なくて」
「暴走って……アイリス、それ言い方酷くないかな!?」
トビアスが今回のように、人助けをしようとして問題に巻き込まれるのはかなりの頻度であることが、このやり取りからわかる。こうなるとルカは尚更、彼を放ってはおけない。
「でも、本当にいいの?見ず知らずの私を……」
「うん、大丈夫だよ」
立ち上がったトビアスが、座ったままのルカに笑顔で手を差し出す。その横ではアイリスも微笑みながらルカを見つめている。
「君は優しい人だよ。だって見ず知らずの女の人を助けてくれたんだから」
「はい、あの人も貴方に感謝してましたよ!」
「そっか……私、人助けできたんだ」
トビアスの手を掴んで立ち上がるルカ。
「それじゃあ、よろしくね……トビとアイリスだっけ?」
「はい、よろしくお願いします。えーっと……」
「ルカ。私の名前よ」
「よろしくお願いします!ルカちゃん!」
「よろしく、ルカ!」
大通りへと歩き出したトビアスとアイリスの背中を見て、彼女の新しい夢を考える。いまでも彼女は過去の自分の夢を忘れないが、それはもう過ぎ去った物だ。彼女は過去を振り返らず、新たに見つけた夢のために彼らと共に歩き続けることを決めた。『私は、英雄エルクにはなれない。でも━、』
「未来の英雄のパーティメンバーにはなれるかも……なんてね」
* * * * *
「アイリス!魔法は!?」
「あともう少しで!」
「了解!」
アイリスの魔法の準備が整うまで、ルカは片腕で炎の剣を相手にしなければいけない。それでもルカは、3本の剣を上手く捌いていた。元々籠手を装備しているとはいえ、手で剣に対抗するため。剣を避けるための間合いには慣れている。盗賊相手などの対人では、必ずしも籠手で剣に対応できるわけではないので、格闘を行うルカにとっては、剣を避ける技術は必須技能である。
「捌ききってやるわよ!!!」
横に振られた剣を身を反らして躱し、続けて振り下ろされた剣を左拳で横から叩き軌道をずらす。
「ちっ!」
前方右斜め上から3本目の剣が振り下ろされる。右腕があれば対応が楽にできたが、今は左腕しかないため対応が困難だ。そうしている間に剣は迫ってくる。
「そう簡単にいかないわよ!」
振り下ろされた剣の右側面を右足で蹴り飛ばす。蹴られた剣は砕かれたことによって、少しの間だが、剣の本数が減る。そうなれば避けるのは更に楽になる。
「ルカちゃん!!!」
「よっしゃ!!」
アイリスの声を聞き、左手と両足に氷の付与を受けたルカは一気に敵の護衛へと接近する。彼女が魔法を放っている時が攻撃の絶好の機会だ。アイリスが彼女に氷を付与した直後、魔法を放つが、今回は彼女も工夫をした。前面に水球を放ち、その後ろから氷柱を出す事によって、炎の壁に対応する。
炎の壁は水によって勢いが弱くなり、そこを氷柱が通り抜け、護衛へと襲い掛かる。護衛は剣を抜き氷柱に対応するも、氷柱の数が多いため、何本かが突き刺さる。剣で斬り落とすのが無理だと判断した奴は、回避を優先。大きく横に跳び、残りの氷柱を躱したが、ダメージを与えたことにより、着地と同時に隙が生まれる。そこをルカは逃さない。
「おらぁ!」
窓の近くへと逃げた護衛に向かって、左拳で殴りかかるが剣で防御される。それでも相手が避けずに剣で防御したことによって、左拳と剣が競り合い、相手は剣を動かせない。こうなると、相手が再び炎の剣を生成するまでは、片腕が無くとも、両足も武器として使えるルカの方が手数が多い。
「でやぁ!!」
左拳を引くと同時に左足を振り上げ、相手の剣を弾き飛ばす。これで敵の護衛は魔法以外に武器はなくなった。このまま追撃を試みるが、相手がすぐに炎の剣を発現させたことによって接近が再び困難となる。
「アイリス!次の魔法で決めるよ!」
「はい!」
再び炎の剣と対峙するルカだが、彼女は妙なことに気付く。今回、相手は剣を2本しか出していない。その2本の剣が襲い掛かるが、突進してきた剣をしゃがんで躱し、振り下ろされた剣を横に転がりながら回避する。
「あと、もう1本はどこだ!」
まさかと思い後ろを振り返るが、後ろにも剣はない。1本の剣を砕いてから既に時間は経過しているのに、3本の剣を出さないのは不自然だ。何処かに発現させた3本目を隠しているに違いないと思い、ルカは辺りを見渡すが、この部屋には見当たらない。
「くそっ!」
再び2本の剣が迫る。左から来た1本目の突きを身体を反らして躱し、右側から振られた2本目の剣をしゃがんで転がることで躱す。
「トビ!アイリス!魔法は!?」
「もうすぐいけます!」
「僕も、もうすぐだ!!!」
「了解」
2本の剣をかいくぐり、壁を背にする護衛へとルカが迫る。炎の剣での防御が間に合わないと判断した護衛は炎の剣を消し、ルカの蹴りを躱し、彼女の背後へと転がりこみ、そのまま転がった勢いで立ち上がる。そこに炎の剣を発現される前に一気に接近したルカが正拳を叩き込むが、相手に両腕を交差させ防がれる。それでもルカはそのまま踏み込み、拳に力を込め、防御を突破しようとする。
「力……比べと!行こうじゃ……ないの!!!」
両腕で防ぐ護衛と、拳でその両腕の防御を砕こうとするルカ。ルカは強く踏み込みながらも炎の剣の警戒は続けていた。炎の剣は一度発現すると消えるまでは一定の距離を自由に動くが、発現する時は常に身体のすぐ近くからだ。だから相手の周囲に警戒していれば問題は━、
「━━━、え?」
ルカは思わず妙な声を出してしまった。出してしまった原因は敵の行動ではない。敵の護衛は、今も両腕を交差していて、そこから一歩も動いていない。では、何が原因だったのか。それは自分を揺さぶった妙な振動だった。その妙な振動を背中から感じたルカは、先程まで力を込めていた足に力が入らないことを感じる。
「ルカァァァァ!!!!!」
棒立ちになりながら、名前を呼ばれた方をゆっくりと向くとトビアスが、自分を見ていた。いつもどんな時でも笑顔を絶やさなかった彼が、今まで見たこともないような、泣きそうな顔でこちらを見ていた。
「どし……た………、ト………ビ……」
急に目の前に床が迫ってくる。何が起きたのか分からなかった。ただ背中から腹にかけて何か、熱いものを感じる。それ以外に何も感じない。トビアスの声が聞こえた気がするが、もう何も聞こえない。何も見えない。ただ覚えてるのは最後に見た自分の英雄の泣きそうな顔で、
止め……なよ、トビ……そんな顔…………似合わ………な……………
この過酷な異世界は君だけには優しい~不死の力で生き抜く英雄~ 東雲潮音 @shinonome_shion
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