第二章14【逆転の一手へ】
「何って、あの人形ちゃんへの指示を変えたのよ。全力であいつらを殺せって」
その発言を聞いて、トビアスは、この護衛がただの護衛ではなく、何らかの形で操られているのだと理解した。人形という言い方は操り人形でなくとも、命令に従う従順な部下と言う意味で取ることはできるが、ベロニカがあの瞬間に指示をした気配はなかった。
「光魔法の応用……くそっ!」
光魔法は、ルカの使う簡単な透視や、その場を明るくするだけでなく、相手に幻覚を見せることができるなど、相手の精神に干渉できる魔法属性とされている。この護衛は恐らくベロニカの光魔法によってなんらかの制御を受けていた。それを彼女が解除したことで、魔力制御が数段向上したのだろう。
再び動き出した護衛の3本の炎の剣に対処を始めるトビアス。振り下ろされた剣を受け止めるが、無防備となった身体へ他の2本の剣が迫る。
トビアスは素早く剣を払いのけて後ろへと下がり、2本剣を躱す。
「このままじゃ、やばいぞ」
このまま防戦を続けているだけでは、到底敵を倒すことはできない。まずはあの3本の剣の対処を何とかしなければならない。トビアスは打開の方法を考える。
「まずは、距離だ」
風魔法を放ち、護衛を狙うと炎の剣は宿主を守るかのように、護衛の近くに戻る。その間に距離を取って、あの剣達が発動者の護衛からどの程度の距離まで動くことができるのかを確認する。
「すぐに、攻撃は仕掛けてこない」
この距離で先程のように攻撃を仕掛けてこないという事は、あの剣の操作にも距離の制限があるようだ。ここに加えて、遠距離だと操作精度が悪くなったりしてくれればいいのだが。
「トビ!」
「アイリス、ルカは大丈夫?」
敵が動きを止めている間にルカの手当てをしていたアイリスが戻ってくる。今でも顔色が少し悪いが、どうやら無事に手当てを終えたようで、ルカは右腕の傷口に包帯を巻き、壁に寄りかかって休んでいる。
「傷は深いですけど、命に別状はありません」
アイリスは医療の心得が多少あるので、彼女がそう言うのであれば問題ないとトビアスは判断する。ルカがもう動けないのであれば、あの護衛をトビアスとアイリスの2人で倒さなければいけない。正直それはかなり厳しい話だとトビアスは感じる。アイリスはあの3本の剣には対応できないので、一定の距離を取る必要がある。そうなると、彼女に援護されながら、トビアスが3本を相手にしながらその後ろにいる護衛を仕留めなければならない。
「あの剣には射程距離がある。だからこの距離なら……」
「トビ?」
言葉を止めるトビアスにアイリスが呼びかけるが、彼は反応できなかった。
妙だったのだ。先程まであった3本の剣が消えている事が。これまでは、あの炎の剣を作り出してから、一度も消すことはなかった。距離を取られて消すのであれば、自分が距離を取った時にすぐに消せば良かったはずなのに、なぜ今になって消したのだろうか。もう一つ気になる点は、あの護衛が両手を━、
「っ!アイリス!!!」
「きゃぁ!!!」
護衛が両手をこちらに向けた瞬間、凄まじい業火がトビアスとアイリスへと放たれた。その前から相手の行動に警戒していたトビアスは、すかさずアイリスを抱え、風魔法を放ち、一気に移動する。風魔法による急加速で間一髪のところで躱し床を転がった2人が、自分達が元々いた所を振り返ると、石の地面が黒く焦げている。もし直撃でもしたら、確実に死んでしまうことは明らかだった。
「なる……ほどね、近距離は剣で、遠距離は今のってことか」
今の業火は、剣が無い時に使われる為、事前に予測することは容易だ。しかし放たれるタイミング次第では、トビアスはともかく、アイリスが避けることが困難なほどの速度と範囲だった。そうなるとトビアスは接近戦で戦い、アイリスへの攻撃を妨げる必要がある。
「……アイリス、君はこの距離から援護をお願い。僕は剣で戦うから」
「魔法発動タイミングは、どうしますか?」
「アイリスが声をかけてくれ。僕が合わせる」
どうやら先程の攻撃は連発はできないようで。動きを止めている敵を見て、トビアスは作戦を告げる。ルカがいないのであれば、こうする以外に作戦はなかった。彼女はまだ動けない。ならばトビアスが何とかするしかないのだ。
「トビ、さっきの魔法は、もう一度使えないんですか?」
先程使用し、あの護衛を追い詰めた魔法。もう一度使えば形勢は逆転できる可能性は高い。それでも今のトビアスには迂闊にその魔法を発動できない。
「あれは、かなり魔法発動に時間がかかるんだ。それに、集中している間、僕は殆ど動けなくなる」
あの魔法は、現状トビアスが使える中では最も強い魔法で、白兵戦に特化した魔法だ。それでも魔力制御が苦手な彼は今でもその魔法の発動にある程度の時間を有する。しかも魔力も大量に消費するため、数回しか使えないようなものだ。
「それに、1度目の発動でかなり魔力を消耗した。2度目の発動には1度目より時間がかかる」
ルカが負傷し、動けなくなってしまった今、先程のように時間を稼ぐのはほぼ不可能だ。仮に時間を稼ぐなら、ルカの代わりにアイリスがあの護衛と1対1で戦わなければいけない。だがアイリスの実力では、それ程までに時間を稼ぐことは不可能だ。
「僕らで何とかするしかない!アイリス、魔法は頼んだよ!」
援護を彼女に任せ、トビアスは剣を抜き、再び接近する。接近された護衛も炎の剣を3つ出現させ、その剣達が彼に襲い掛かる。
それぞれの剣の動きは厄介だが、先程まで護衛自身が戦っていた時の剣に比べれば、対応はしやすいものだった。それでも剣の本数が1本から3本になれば、攻撃の数は増えるので、トビアスは防戦一方となる。そのためトビアスは護衛に攻撃することが出来ずにいた。
「トビ!!!」
アイリスが放った魔法に、その魔法に炎を放ち対応する。防御に魔法を使うと同時に炎の剣が消える。炎の剣を発動させながら、他の魔法は発動できないようだ。加えて、炎の剣を発動させている間は、発動者である護衛も殆ど動くことができない。アイリスが魔法を放っている間に接近するしかないとトビアスは判断し、斬りかかるが、自身の剣で護衛は対応する。
「くそっ!!!」
細かい制御を必要とする炎の剣ではなく、ただの防御に魔法を発動するだけならば、魔法を発動しながら剣で戦闘は可能。トビアスは再度、相手の魔力制御の高さに息を呑むが、それどころではない。
純粋な剣術では、この護衛を簡単に倒すことはトビアスにはできない。負傷のせいで動きが鈍っているので、このまま剣の勝負に持ち込めばトビアスは勝つことができるだろう。だが問題は、この敵の真の脅威は剣では無いことにあった。
アイリスの魔法が止んだことで、再び護衛が炎の剣を生成する。こうなってしまうとトビアスは再び攻撃を防ぐことが主になる。
アイリスがどうにか魔法を放ち続けている間に自分が敵を倒すしかないとトビアスは考えていたが、一歩足りないのだ。彼女も休まずに常に魔法を放てるほどではない。再び風魔法を纏えれば、戦況は変わる。それでも、その為に時間を稼ぐことは困難だ。一体どうすれば━、
「しまったっ!!!」
現状の打開を考えていたトビアスだったが、一瞬の隙を突かれ、剣を弾かれ武器を失う。
「援護します!!」
アイリスがすかさず魔法を放ち、敵の注意を惹く。その間に剣を回収しようとするトビアスだったが、剣を抜いた護衛に行く手を阻まれる。短剣を投げるが叩き落とされ、剣は近くにあった窓から外に投げられてしまい、このままでは武器が無い。
「トビ!!!逃げて!!!」
護衛に接近された瞬間、トビアスは死を覚悟した。接近してくる敵がひどく遅く見え、時の流れに自分だけが取り残されたように感じる。自分の命を散らす剣が振り上げられ、そのままその剣が自分の頭に振り下ろされ━、
「っ!!!」
剣は、トビアスの命を奪わなかった。その剣が振り下ろされる瞬間、その剣は白く輝く剣によって受け止められたのだ。
「アイリス!!!」
魔法で作った氷の剣で何とか受け止めるも、アイリスでは護衛には敵わない。相手の一撃を受け止めるたびに剣は砕かれ、下から振り上げた剣によって無防備になった彼女の身体へと蹴りが放たれ、彼女は吹き飛ぶ。
「げ、げほっ……はぁ、はぁ」
ふらふらになりながらも立ち上がるアイリスだが、蹴りのダメージはかなり大きく、魔力が安定せず魔法を発動できない。
「させるか!!!」
そんな彼女に護衛が一気に接近するが、トビアスは風魔法を発動し、行く手を阻む。剣を失ったトビアスが持っている残りの武器は、本来は投擲用の短剣が1本だけだ。
なんとか護衛の剣を受け止めるが、短剣が欠けるい。
トビアス達が殺されれば、シュウが魔族とこの護衛を同時に相手にしなければいけなくなり、そうなれば全滅は避けられない。
そんなことを考えるトビアスに炎の剣が迫る。
「アイリス!!!氷を、この手と両足に!!!」
炎の剣を捌ききれないと感じた時、炎の剣がトビアスへの攻撃から、発動者への防御へと行動を変化させる。横から左拳を叩き込まれたためだ。
「トビ!!!あんたはもう一度魔力を集中させなさい!!!」
「ルカちゃん!!!」
飛び込んできたのはルカだった。右腕を失い、隻腕となりながらも、力を振り絞った彼女がトビアスが魔力を高める時間を稼ぐため、護衛に立ちはだかる。
「アイリス!私達で、時間を稼ぐわよ!!!」
「……はい!!!」
返事をしながらアイリスがルカへの付与を強め、更に氷柱を放つ。防御に魔法を発動している間にルカが接近し、再び左手一本で攻撃を仕掛ける。ルカは隻腕だが、護衛も負傷しているため、彼女の格闘への対応に苦戦している。
「……まかせたよ、2人とも」
短剣は砕けているため殆ど使い物にならないが、この魔法を再び発動させることができれば、負傷したあの護衛を戦闘不能にすることはできる。トビアスは仲間を信じ、距離を取り、魔力を高めるため、集中を開始した。
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