第二章13【切り札】

「アイリス、氷頂戴!」


「はい!」


 アイリスが魔法でルカの籠手に氷を付与し、魔族の護衛に殴りかかる。


「いくわよぉ!」


 ルカの激しい接近戦に、剣では対応するのが難しいと判断した護衛は後ろに下がりながら炎の矢を数本放つ。通常なら籠手があっても炎に触れる事は容易ではないが、氷で付与されていれば話は別だ。


「おらぁぁ!」


 飛んできた炎の矢を全て籠手を使って叩き落とす。それと入れ替わりでトビアスが接近。剣で斬りつけるが、護衛もすぐさま剣を抜き、彼の剣に対応する。トビアスが護衛とつば迫り合いをするが、それで護衛の攻撃手段が尽きたわけではない。


「くそっ!」


 剣と剣を合わせながら、護衛は自らの頭上に炎を出現させていく。このままいけばトビアスは炎を躱すことができない。力を抜けば斬られ、力を入れ続けたとしても炎に焼かれる。


「……」


 そのまま炎は形を変え、細長い槍のような形になり、切っ先を未だに動くことのできないトビアスへと向ける。これがもしトビアスと護衛の1対1の戦いならば、ここでトビアスは殺されているだろう。それでも彼は、独りで戦っているわけではない。


「トビ!」


「くらぇ!」


 距離を取っていたアイリスが、水の槍を放ち炎の槍と相殺させる。更にそこにルカが接近。護衛に横から右の拳を叩きこもうとするが、それを察知した護衛はトビアスを力で剣ごと突き飛ばし、後ろに飛び退き拳を躱す。


「トビ、この人」


「ああ、剣術だけじゃない。恐ろしいほどの魔力制御だよ」


 トビアスが鍔迫り合いをした時に、あの護衛と違って無防備になってしまったのは、彼らの魔力制御の精度の違いだ。魔力精度が高ければ高いほど激しい戦闘の中で魔法を素早く発動できると言われている。トビアスは魔力精度が苦手なのは自覚しているので、今でも特訓中なのだが、相手は違った。


「まさか……あの状況で、炎の槍を形成してくるとはね」


 敵の魔力精度は、トビアスが今まで見たことある中で最も高い部類だった。トビアス自身も剣同士で競り合いながら、魔力をあそこまで完璧に制御するのは聞いた事が無い。それこそできるのであれば王都での騎士隊長などのレベルであろう。

 

 そうなってくると真正面から戦うのはかなりの不利だ。剣術なら互角に戦えるが、魔力精度では自分よりかも遥かに上だとトビアスはその点で一旦、負けを認めたうえで打開策を見出さなければいけない。


「ルカ、相手の接近戦は剣だ。剣よりかも君の拳の方が早い。頼んだよ」


「ええ、まかせなさい!」


「その間に、僕は魔力を高める。これで決めるよ!」


 トビアスに頼まれたルカが、再度敵に接近戦を持ち込む。しかし相性の悪さを理解しているためか、ルカを近づかせないように魔法を使用し牽制している。避けに徹すれば被弾はしないが、このままでは接近することができない。


 ルカは援護を要求する。


「アイリス!!!」


「はい!準備はできてます!」


 彼女の叫びに答えたアイリスが多数の水球を敵に放つ。水球を放たれた敵はすぐさま対応する方向を変え、アイリスの方へと炎を放つ。水球は全て相殺されたが、牽制されなくなったルカが接近する。


「おらぁぁ!」


 鋭い蹴りを放つが、敵はそれを後ろに半歩下がり躱す。


 更にルカが追撃するが、敵は両手に短い炎の短剣を一瞬で形成する。その短剣を使い、彼女の首元を斬ろうと、腕を振るう。ルカはその短剣が首に到達する前に籠手で払いのける。

 一瞬炎の短剣に熱がったルカだったが、すぐさまアイリスが再び氷を籠手に付与することで対応。そのまま左の拳で正拳を叩きこむ。敵は両手に構えた短剣を交差させ防御するが、炎の短剣が砕け、衝撃を逃しきれずに後ろに飛び退き、剣を抜こうとする。


「逃がすかってーの!!!」


 そのまま剣を抜かせないようにルカは前方に跳びながら、フードに隠れて見えない頭部へと上段蹴りを叩きこむ。敵は何とか反応するが一瞬反応が遅れたため、完全に防御が間に合わず、体勢が崩れる。


「行くわよぉ!」


 ルカは高く跳び、体勢が崩れた敵に踵落としを仕掛ける。敵は腕を頭上で交差させ、受け止めるも、先程までのように回避はできていない。ここが攻めどころだと判断した彼女は更に攻撃を仕掛ける。


「アイリス!!!氷付与!!!それと炎への対応は任せるわよ!!!」


「はい!!!」


 炎が飛んでくるが、仲間を信じ、炎への耐性を付与された籠手を装備したルカは突っ込んでいく。飛んできた炎はアイリスが水で相殺し、ルカに届かせない。


 魔法を封じれば、格闘だったら自分の方が有利だとルカは感じていた。格闘ならば、一度模擬戦で戦ったシュウの方が遥かに強かった。魔法への対処を味方に任せ、自分は剣を抜かせる隙を与えずに、攻め込む。それがルカが選んだ作戦だ。


「おらぁぁ!」


 護衛も接近するルカに剣を抜くことを止め、素手に炎を纏い格闘で対応する。右の拳が飛んでくるが、ルカは冷静に右手で払いのけ、左手を下から振り上げる顎を狙う。それに反応した護衛が身体を反らせ躱す。


「まだまだ!!」


 拳は躱されたが、ルカの攻撃は終わらない。そのまま身体を捻り回し蹴りへと転じ、反応が僅かに遅れた護衛はなんとか片手で防ごうとするも、完全に防御しきれず、吹き飛び床を転がる。


「アイリス!!!追撃!!!」


「当たって!!」


 吹き飛び、地面へと転がる敵へと無数の氷柱が放たれる。地面に倒れた敵は、そのまま床から炎の壁を発生させ氷柱を消す。しかし炎の壁を自らの前に発生させるという事は、自らの視界を奪うことだ。


「よし、行くよ!」


 ここまで魔力を集中していたトビアスが、魔力を解放し、魔法を発動する。発動した風魔法はトビアスの身体全体に強く纏わりついている。


「ルカ!君は下がって!!」


 下がったルカに代わり、炎の壁に突っ込むトビアスが、壁の前で風を利用し、高く跳ぶ。炎の壁を跳び越し、今度は風の力で一気に急降下。炎の壁の向こうにいる護衛へと剣を振り下ろす。


「━━!」


 剣を抜き、受け止められたので、一旦は後ろに下がるが、すぐさま加速して急接近する。放たれた炎魔法も縦横無尽な軌道で避け、一気に接近していく。


 この風魔法は、トビアスの周囲に強い風を纏い、全ての方向へと風を噴射できるようになる事によって、高速軌道を可能とする彼の切り札である。シュウやトビアス自身が普段使う風魔法の移動と異なる点は、それぞれの風魔法での加速ごとの間に遅延が殆どないため、一時的に空中を飛ぶほどの動きが可能になる点だ。


「くらえ!!!」


 放たれた炎を再び高く跳び、躱したトビアスは一気に護衛に接近する。剣を構える護衛だが、これはトビアスのフェイクだ。相手の剣を空中で横に移動して剣を躱すと、そのまま壁を蹴り、高速で護衛の横を通りながら剣で薙ぎ払う。


「━━っ」


 護衛も反応し、横に跳ぶが、完全には避けられない。剣で脇腹を斬られ、そのまま膝をつく。


「これでぇ!!!」


 回復の隙を与えずにトビアスは、再び接近して、剣を振り下ろす。護衛は何とか剣で対応し、前回と同様に鍔迫り合いのような形となるが、今回は位置的優位がトビアスにある。トビアスが片膝をついていた相手に上から剣を振り下ろしているので、トビアスが上で、敵が下だ。トビアスはそのまま体重をかけ、相手を斬ろうと力を籠める。


「うおぉ!!」


 徐々にだが、敵の剣が下がってきていた。敵は態勢を整えることができずにいるため、ここでは防戦一方だ。風魔法の効果が切れ、無くなるが、この状態ならばこのまま押し切れる。 

 この護衛を倒して、はやくシュウの援護に向かわなければとトビアスは思う。

 炎の壁の向こう側にいるルカとアイリスも同じ気持ちだ。自分達の向こうでは、今でもシュウと魔族の女性━ベロニカが戦闘をしている。


「アイリスはそのままトビの援護を頼む!私はシュウの方へ!」


 この場は問題ないと判断したルカがシュウの方へと走り出す。ベロニカの実力は相当なもので、あのシュウでさえ防戦が続いている様子だ。それでも数的に優位を取れさえすれば、形勢は逆転する。


「シュウ!待ってて、今そっちに━」

 


 * * * * *



 この瞬間、勝ったと3人は思っていた。強力な魔族の護衛をしていた人物を倒したのだと。確かにこの時、彼らはその護衛相手に優勢だった。個々での実力では劣っていたのかもしれないが、協力をした事で、敵をあと一歩で倒すところまで来ていた。だがそれは油断だ。何故なら相手は本来の実力をまだ発揮していないからだ。 


 相手に本来の実力を見せる前に敗北することもある。だがその場合というのは、大抵相手を見下し、油断していた時である。相手の実力を見や誤り、己の慢心を突かれて敗北する。それは人族メンヒ魔族イフトだけでなく、魔物にもみられることだ。


 だが、もしも敵が相手の実力を見や誤りもせず、油断もしていないのにも関わらず、本来の実力を見せていないとしたら、それはどうなるだろう。相手に本来の実力を見せていない時点で、それは慢心であり、油断であると考える者もいるかもしれないが、それは必ずしも当てはまらない。そう、例えば、


「ルカ!!!」


「━━っ!!!」


「ルカちゃん!!!」


 トビアスの声を聞いたルカが飛んできた何かにギリギリで反応するも、完全には避けることができず、その何かに当たり、壁まで吹き飛ぶ。


「はぁ、はぁ、一体……何が……」


「ルカちゃん!しっかりして!!!」


 一瞬の出来事であり、何が起こったのか理解できなかったルカが身体を上げようとしたが、右腕に力が入らず身体を起こせない。そんなルカに近寄るアイリス。彼女の顔は酷く青ざめていて、まるでこの世の物を見ていないような表情をしている。ルカは彼女が見つめている、何かが当たったと思われる自分の身体を横たわりながら確認して━、


「なに……これ……」


 ルカが自分の身体を確認した時、思ったことは2つだった。1つ目は右の脇腹が酷く焼け焦げている。そして、2つ目に、その脇腹を触ろうとしたが、何故かできない。そして、彼女は気づいた。


 自分の右腕が、前方に力なく転がっていることに。


「ああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 自分の右腕を認識した瞬間、彼女が感じたのは痛みだった。これまで想像したことのないような激痛だ。これまで魔物や盗賊と戦闘を何度も行い、度重なる怪我をしたことのある彼女でさえも、感じたことのないほどの激痛。右腕は無くなっているが、血は殆ど流れていない。その代わりに斬れた断面が焼け焦げていて、炭のように黒くなっている。


「ルカちゃん!!!」


 アイリスが急いで直接回復薬をかけ、傷口はふさがっていくが激しい痛みはそう簡単には無くならない。激痛で意識が消えそうになるが、同時にその激痛が意識を失わせまいと激しく主張する。回復薬のお陰で少しずつ痛みは引いてきたが、まだ動けそうにはなかった。


「ルカ!!!くそっ!!!」


 そんなルカを心配しながらもトビアスは彼女を助けられずにいた。風魔法が切れた彼は、目の前で自分を殺そうとしてくる攻撃を防ぐので手一杯である。

 トビアスが対応しているのは剣だった。ただそれは、ただの剣ではなく、魔法によって炎で作られた剣だ。彼は現在襲い掛かる炎の剣からの攻撃を己の剣と、普段は魔力消費を抑えるため使用しない風魔法による移動を使い、何とか凌いでいる。

 もしもこれが先程までのように、敵が炎で形成した武器を持っているのであれば、彼も楽に対応できただろう。それでも今回大きく違ったのは、その手数であり、トビアスは襲い掛かる3本の炎の剣を相手にしていた。


「くそっ!はぁぁぁ!!!」


 3本の剣の攻撃を何とか掻い潜り、護衛に向かって斬りかかるが、護衛自身の自らの剣によって防がれる。そのままなんとか距離を取り、トビアスは呼吸を整える。


「お前!!!一体何をした!!!」


 シュウが何かをベロニカに叫んでいるのが聞こえ、護衛の動きが変わったのはベロニカによるものだと理解する。

 このままだとかなり危険な状況だとトビアスは感じていた。彼の前にいるのは炎の剣を持つのではなく、3本の炎の剣を身体の周囲に漂わせた護衛だ。先程までとは変わり、全ての集中力を魔力制御に捧げているのか、その手に剣は持っていない。


 ルカへの攻撃も、突然出現させた炎の剣を彼女に放ったものだった。それと同時に2本の剣も自分の周囲に出現させたため、トビアスは護衛を倒すことができなかった。


「何って、あのちゃんへの指示を変えたのよ」


 自分達は油断していたのだとトビアスは実感した。倒せると、相手が奥の手を持っていないと勝手に思い込んでしまったのだ。実際、相手が隠し手を持っている様子はなかった。でも違った。敵は、本来の実力を出していなかったのではない、出せなかったのだ。


「全力であいつらを殺せって」


 この護衛は魔族に操られて、力を制御させられていたのか。

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