還ってきた「辺境の街」編

第97話 蜘蛛とハエ

 【まえがき】


 ついに人間界編の始まりです!

 この話の中に出てくる「前に見た夢」は、以前こちらに書いたものです。

 思い出せないという方は、振り返ってみてください。


『第38.5話 ボクとボク』

https://kakuyomu.jp/works/16817330657350575514/episodes/16817330661316230264


 それでは新章『ついに帰還!「めざせ王都イシュタム」編』の始まりです!



────────────



 朝起きたら、ボクは蜘蛛になっていた。

 ボクがいるのは、昨日みんなでご飯を食べたテーブルの上。

 そして今、目の前でアベル・フィード・オファリング──すなわちボクが、朝食を食べている。


(ん? どういうことだ? あれがボクなら……この蜘蛛のボクは、なに?)


 ガチャガチャとナイフとフォークを鳴らしてる方のボクからは、どことなく粗雑な印象を受ける。


「フィード? そ、その……美味しかったら美味しいって言ってもいいんだからね!?」


「うふふ。リサさん、早起きして作ってましたもんね。きっとフィードさんも喜んでくれてますよ」


 元のボクの方のボク(ややこしい!)の隣に座ったリサとルゥが、そう声をかける。


(え? いや、ボクはこっちなんだけど……? え、あれ、っていうかこの会話とシチュエーション、どこかで見たような気が……)


 ボクじゃない方のボクが、興味なさそうにリサに答える。


「ん、普通。あ、でも。普通って……すげ~いいよね。落ち着く。ありがとな、リサ」


「そ、そう!? わ、わかってくれたなら、いいわよ! う、うん! そ、そう! 普通をテーマにして作ってあげたのよ! そこを見抜くとは、さすがフィードね! し、仕方ないから明日も作ってあげるわね! 感謝しなさいよ、フィード!」


「ああ、楽しみにしてる」


 ボンッ! っと顔を真っ赤に染めるリサ。


(あっ……)


 思い出した。

 これ、前に夢で見たことがある。

 その時は、たしかこの後……。


 ハッ──!



 【透明メデューズ

 【高速飛行スピード・フライト



 サササッ!



 素早く姿を消して天井裏に避難。

 そうだ……思い出した。

 この後、ボクはリサに見つかってボク(じゃない方のボク)に殺されかけたんだ。

 そして、命からがら天井裏に逃げ込んで……。


 あれ?

 その後……どうしたっけ?

 ああ、そうだ。

 たしか、スキル使いすぎで気絶したんだった。

 蜘蛛の体だから魔力少ないのかな?


 えいっ。



 【鑑定眼アプレイザル・アイズ



 蜘蛛の複眼のうちの右っかわの一個の眼が赤く光る。

 見えた……ボクのステータス。



 名前:アベル

 種族:蜘蛛

 職業:なし

 レベル:942479

 体力:127

 魔力:228

 職業特性:なし

 スキル:【鑑定眼アプレイザル・アイズ】【吸収眼アブソプション・アイズ】【狡猾モア・カニング】【偏食ピッキー・イート】【邪悪ユーベル・ズロ】【死の悲鳴デス・スクリーム】【暗殺アサシン】【軌道予測プレディクション】【斧旋風アックス・ストーム】【身体強化フィジカル・バースト】【透明メデューズ】【魅了エンチャント】【暴力ランページング・パワー】【怪力ストレングス】【嘶咆哮ネイ・ロア】【地獄の業火ヘル・フレイム】【毒液ヴェノム】【毒触手ポイズン・テンタクル】【死の予告インスタント・デス】【邪眼イビル・アイ】【腐食コロション】【投触手ピッチ・テンタクル】【石化ストーン・ノート】【吸血サクション・ブラッド】【高速飛行スピード・フライト】【暗黒爪ダーククロー】【一日一全智アムニシャンス・ア・デイ】【勧悪懲善プロモート・イビル】【聖闘気セイクリッド・オーラ】【独断結審ユニラテラル・デシジョン】【一日一念ワールド・トーク】【輪廻離脱ループアウト】【変身トランスフォーム】【擬態ミミクリー】【不眠インソムニア】【発熱フィーバー】【潜水ダイバー



 名前がアベル。

 昨日までは「アベル・フィード・オファリング」だったはずだ。

 フィード・オファリングが消えちゃってる。

 ってことは、残ったあっち側の肉体が……フィード?

 種族は蜘蛛。

 うん、まぁ、蜘蛛だもんね……。

 職業は、なし。

 職業特性も、なし。

 蜘蛛だもんね……。蜘蛛に仕事とかないよね……。


 え~っと、レベルは前のままで、体力と魔力は激減。

 って言っても、普通の人間と比べたら無敵クラスに強い。

 スーパー蜘蛛。

 スキルは……ちょっと多すぎてパッとはわからないけど、多分全部使える……はず、多分。


 そんなことを考えてたら、頭の中に声が響いてきた。



『フィード。フィード。フィード。フィード。フィード。フィード。フィード。おはよ。おはよ。おはよ。おはよ。おはよ~。フィード、人間界、どう? 早く、戻ってきて、ね。会いに来て、ね。待ってる。あと、プロテムが、私のこと好き、らしい。じゃあ、ね!』



 うおっ、こんな時にパルからの【一日一念ワールド・トーク】!

 っていうか、なに!?

 プロテムがパルのことを好きだって?

 あ~……だから、あんなにボクに突っかかってきたのか……。

 とりあえず、返事を返しておくか……。



 【一日一念ワールド・トーク



『パル、おはよう! こっちはボクとリサ、ルゥ、テス、それとセレアナもいるよ! 昨日は、メダニアって町の教会に泊まった。そこの神官が、またいい人でさ……って、あ、ごめん! 今、ちょっと取り込んでるから、明日また連絡するね!』



 う~ん、ごめん、パル。

 ボクは今「蜘蛛」なうえに、フィードとも切り離されて、おまけにステータスも下がってるんだ。

 って……えぇぇぇぇ!?

 魔力が……。


 魔力:125


 半減してるじゃん!

 【一日一念ワールド・トーク】を使ったせいか。

 やっぱり強力なスキルは魔力の消費度合いが高いなぁ。

 蜘蛛の体のうちは、なるべく消費量の低いものを活用していかなきゃだ。

 ……ま、ずっと蜘蛛でいるつもりもないんだけどね。


 あれ?

 そういえば夢の中では、この後……。


 ハッ!


 後ろを振り向く。

 そうだ、気を失う直前になにか背後に存在を感じたんだった。

 もし、これが夢と同じだとしたら……!



 暗闇。



 そこで何かがうごめいているのが見えた。


 蜘蛛のボクから見て、大きそうなサイズ。



 ブブブブブ……。



 と、不穏な音が鳴る。


 やがて、近づいてきたの全貌を、蜘蛛の複眼が捉えた。


 それは、人間のこぶし大ほどの──。



 ハエ。



「くぅ~、こんな姿になっちまったぜ……。なぁ、フィード? それともアベルか?」


「……は? だ、だれ?」


「オレだよ、オレ。オレオレ」


「え、ど、どちら様でしょう……?」


「オレ様だよ、サタン」


「サタンっ!?」


「シっー、でっかい声出すな。神に聞かれるかもしれん」


「か、神って……?」


「いいか? 時間がないから、わかりやすく言うぞ?」


「時間……?」


 そのサタンと自称する大きなハエは、ボクの周りをブンブンと飛びながら話を続ける。


「まず、こんなこと出来るのは神くらいのもんだ。お前の精神を肉体から分離させた。お前が寝てる間にな。でも、神は知らなかったんだ、お前の中に二つの人格があることにな。で、結果、片方だけが……んあ、どっちだ、お前?」


「アベル、です……」


「アベルだけが蜘蛛の中に追いやられたってわけさ。ってことは、あっちの体に残ってるのはフィードってことだな。……ったく、せ~っかくオレ様がアベルとフィードの名前をくっつけてやったってのに、余計なことしやがる」


 サタンがオレとフィードの名前をくっつけた?

 ダンジョンの中にいる時に、突然鑑定に表示されるボクの名前が変わったのもそのせい?

 そんなことが……いや、出来るか。

 ……神なら。


「えと、で、サタンさんは、一体どうしてハエに……」


「あぁ!? んなもん、神の力をビリビリ浴びてる時にボケーっと体の中に留まってたら消滅しちまうだろうが! だから、眷属の姿になってこうやって隠れてたってわけよ!」


「はぁ……眷属……」


 ためしに、っと。



 【鑑定眼アプレイザル・アイズ



 蜘蛛の複眼のうちの右っかわの一個の眼が赤く光る。

 ハエのステータスが視える。



 名前:サタン

 種族:ベルゼブブ

 職業:なし

 レベル:3

 体力:2097

 魔力:4094

 職業特性:なし

 スキル:なし



 あ、ほんとにサタンだ。

 しかも、レベル3なのにすごく強い。


「てんめぇ……今、〝視〟やがっただろう!?」


「あ、はい。サタンさんでした。種族がベルゼブブってなってます」


「チッ、まあいい。で、本題だ。オレ様には時間がない」


「さっきも言ってたけど、どういうこと?」


「……見ろ」


 サタンが明るいところに飛んでいくと、端から体が崩壊していってるのに気がついた。


「体が……」


「ああ、そうさ。魔神は天界が管轄する人間界の中じゃ生きていけねぇ。逆に神も魔界じゃ生きていけねぇ。オレ様は今、消滅に向かってまっしぐらだ。ここまではわかるな?」


「はぁ……」


 魔神も消滅するんだ?

 【一日一全智アムニシャンス・ア・デイ】で聞いたときには、完全に消滅はしないって言ってた気がしたけど……。


「で、オレ様が消滅から逃れるためには、フィード。お前の体の中に戻らなくちゃいけねぇ」


「はぁ……え、じゃあ戻ったらいいんじゃ? というか、なんで魔界に帰らなかったんです? 穴も開いたままだし、ハエの姿なら壁も超えていけそうですが……」


 ボク、なんで敬語になってるんだろう。

 なんとなく、今のボクの唯一の味方が、このハエサタンだけってことを察してるからなのかも。


「チッ、それが出来てりゃ、こんな天井裏にこそこそ隠れてねぇよ……。いいか? 人間界ってのは、神の光に包まれてんだ。ったく気持ちわりぃ。そんなところでモロに外気に触れたら一瞬でポンってなもんよ」


「はぁ……ポン、ですか」


「ああ、ポンだ」


 ポンって言い方、気に入ったのかな?

 そんなことを思いながら、本題に切り込んでみる。


「じゃあどうするんです? ボクも体を取り戻したいんですが……」


「あ? オレ様は、お前の体の中に戻る。そこだと安全みたいだからな」


「じゃあ、あっちのボク……つまり、フィードの中に戻るんですよね?」


「いや、それは無理だ」


「なんでですか?」


「最初に言ったろ? 神はお前、つまり鑑定士コマの体だけを確保するために精神を追い出したのさ。邪魔なだけだからな、コマにとって精神なんて」


「つまり、そのフィードが入ってるボクの肉体は……」


「ああ……ほら、見てみろ。胸糞わりぃ神のオーラがぷんぷん漂ってきてやがる」



 天井裏から部屋を見つめると。



「うわっ!」

「キャッ!」



 何もない空間から「にゅる」っと巨大な黄金の腕が現れ──。




 フィード、つまりボクの人間の体を掴むと──。



「フィード!」

「フィードさんっ!」



 再び何もない空間の中に戻って──。




 消えてしまった。




「……え? ボクの体、消えちゃったんですけど……?」


「大丈夫だよ、お前にはあるだろ、スキルが」


「スキルったって……あっ」


「そうだよ、それだよ」


 ボクの頭に思い浮かんてるスキル、それは──。




 【変身トランスフォーム




 たしかに、ドッペルゲンガーのゲルガから分けてもらったスキル【変身トランスフォーム】なら人間の姿になれるけど……。


「ってことで、下に降りるぜ。こうしてる間にもオレ様の体は消滅の危機だ」


「え、ちょっと……」



 ガシッ。



 そこそこ巨大ハエなサタンは蜘蛛なボクの頭を掴むと、ブブブ……と羽音を立てながら、天井裏から降りていった。



────────────



 【あとがき】


 ついに始まりました、『ついに帰還!「めざせ王都イシュタム」編』!

 この章も、とってもややこしくて込み入った内容になりそうなので、作者の心が折れないように☆、♡などで応援いただけますと嬉しいです!

 明日からも、ぜひよろしくお願いします!

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