第98話 行き先決定!

「な、な、な、なんですかこの惨状はぁ~~~~~!」



 買い物から帰宅した神官ラルクが叫ぶ。



「ぐ、ぐちゃぐちゃじゃないですかぁ~~~~~~!」



 その声につられてセレアナとテスが起きてくる。


「ふぁ~、なにぃ? 騒がしくて目が覚めたんですけどぉ?」


「むぅ……この体、睡眠じかん、大量にひつよう……」


 それを見て三度叫ぶラルク。



「ぎょっ! セ、セレアナさぁ~ん! 服着てください! 服! 神に仕えるボクを誘惑しないでくださぁ~~~い!」



「あらあらぁ、人間ってこの程度で騒ぐものなのかしらぁ? フィードは全然気にしませんでしたのに……って、あらぁ? フィードはどこかしらぁ?」


「うむ、フィード……むにゃむにゃ」


 そのテスの寝癖の束がピコンと動く。


「マスターの気配を察知」


 そのままアホ毛のように跳ね返った寝癖が、ぐいぐいとテスを引っ張っていく。


「ちょ、ちょっと、痛っ、偽モモ……?」


「はい、私はマスターから『偽モモ』と呼ばれている存在です。私は魔王サタンの魔力の残滓ゆえ、神のテリトリーである人間界の外気に触れたら消滅してしまいます。なので、こうして融合素体の毛髪繊維で核部分を覆っているのです」


 髪の毛に引っ張られていくテスを見てラルクの顔がひきつる。



「か、髪の毛が喋ってる……!」



 その言葉に反応してテスの上半身からピンク髪のおだんごの少女がきた。



「うわぁぁっ!」



「私は髪の毛では、ありません。アベル・フィード・オファリングの守護者です」


「あらぁ、偽モモちゃん、体崩れていってるけどいいのかしらぁ?」


「──ハッ! よくありません、融合素体の毛髪繊維の砦に戻ります」


 そう言うと、偽モモはにゅるりとテスの体内へ溶け込んでいった。



「ア……アハハ……、魔物に、おばけ……ボクは、なんてものを人間界に引き入れてしまったんだ……。しかも、こんな可憐な人間の少女に取り憑いてるだなんて……」



「ん? わがはいを、人間ごときと、一緒にするでない」


「は?」


「わがはいは、悪魔界序列一位の、だいあくま、であるぞ」


 ぴょこんとテスのワンピースのお尻がめくれて悪魔の尻尾が出てくる。



「あ、あくま……? あ、あははは……おわりだ……ぼくはかんぜんにおわりだ……まさか、神の一番の敵、悪魔を引き入れて……あはは……しかも序列一位の大悪魔、だって……?」



 今にも倒れそうにふらつくラルクの前を、蜘蛛を足で掴んだこぶし大のハエが横切った。


「お、ベルゼブブではないか」


 悪魔の尻尾を持った可愛らしい少女が、親戚のおじさんに会ったみたいな調子で言う。



「え……ベルゼブブって、あの『悪霊のかしら』、『蝿の王』と言われている……あの!? お、終わりだ……もう本格的に人類は終わりだぁぁぁぁぁ! ボクの……ボクのせいでぇ……!」



 頭を抱えてへたり込むラルクを気にもせず、テスは眉をひそめる。


「むぅ、ベルゼブブ、体が、ほうかい、しておる。悪霊は、人間界でも、ほうかい、せぬはず。ということは、お主、もしや、サタンか?」



「サタン~~~~~~!? サタッ……さたたたたたた……! サ……ぐぇっ、ごほっ! ごほっ! サ、サタンって、あの……? 神を殺せし唯一のもの、この世で最も邪悪な存在、神に楯突く世紀の大罪人、魔神サタ……ン……ぶぎゃっ!」



 ぺたりと尻もちをつくラルクを蹴り飛ばし、リサとルゥが駆け寄ってくる。


「サタンってフィードの中に入ってた魔神よね!? フィードは!? フィードはどこに行ったの!? あんたがいるってことは、フィードもどこかにいるんでしょ!?」


「サタンさんっ! フィードさんが連れて行かれたんです! なんか、金色な手がにゅって出てきて! なにか知っていたら教えてください!」


 ハエ──ベルゼブブはリサとルゥの周りをよろよろと回ると、テーブルの上に着地し、呟いた。


「ったく、随分と慕われてるじゃねぇか、こいつ。ま、そんなに心配しなくても……」




 【と、変身トランスフォーム……】




 ぽんっ。


 うぅ~、気持ち悪かったぁ~……。

 胴体持たれてぐるぐるふらふら飛ばれるから、すっかり酔っちゃっ……。


「フィードぉ!」

「フィードさんっ!」


「ばふっ!」


 アベルの肉体へとドッペルゲンガーのゲルガのスキル「変身トランスフォーム」で戻った瞬間に、リサとルゥがボクの首に飛びついてきた。


「よかった! もうっ! どっかに連れて行かれたと思ったじゃない!」


「あ~、それだけど……」


「え?」


「おいっ」


 ブンッ──。


 ボクの顔の前でハエサタンがホバリングする。


「あ~、ボクの中に戻らなきゃ消滅しちゃうんだよね? でも魔神でしょ? ボクをゲームのコマにしてる張本人の一人だし、このまま消滅してもらった方が……」


「はぁ……さっきも見ただろ。あんなこと出来るのはゼウス一人しかいねぇ。お前の体は、ゼウスのとこにあんだよ。そのゼウスに対抗できるのは世界中で魔神のオレ様だけ。ほんとに消滅していいと思うのか? 二度と体を取り戻せなくなるぞ?」


「だ、だよね……。はぁ……またボク、魔神(仮)になるのかぁ」


 腰を抜かしすぎてひっくり返ってる神官ラルクくん。


「ちょ、ちょっと、アベルさん? なに言ってるんですか? ゼウスって、頂上神ゼウス様のことですか? それが体を……? 魔神かっこかりってなんですか……? なんで、なんで……ああ、もうなにがなんだか……」


 ああ、そうだよね、神に仕える立場のキミがこんなこと聞かされたら、びっくりするよね。

 かと言って、なにから説明したらいいものか……。


「おい、さっさと口開けろ、このままじゃ死んじまう」


「はいはい、あ~んっと……」


 ひょい。


 サタンが飴玉みたいになってボクの口内に飛び込んでくる。


 ごっくん。


 はぁ~……また、ごっくんしちゃったよ……。

 これで、また人じゃなくなっちゃった。

 っていうか、ボクの体は今、アベルに変身してるだけの蜘蛛なんだけどね。

 ためしに鑑定してみても、ステータスも相変わらず低いまま。

 職業だけは鑑定士に戻ってるけどさ。


 あっ、そんなことより、何が起こったのかみんなに説明しなくちゃだ。


「えっとね、ボク、今はアベルで蜘蛛なんだ」


「? どういうこと?」


「あ~、えっと、つまり……」



 ボクが神と魔神のゲームのコマとして使われてたこと。

 そのため、神ゼウスに肉体を奪われたこと。

 その際に、体からアベルの精神が追い出されて蜘蛛に乗り移ってたこと。

 連れて行かれた肉体には、フィードの精神のみが残ってたこと。

 魔神サタンは人間界の外気に触れたら消滅するから、天井裏の暗闇の中に隠れてたこと。



「へぇ……ちょっと、スケールが大きすぎて理解が追いつかないわね……」


「ですね、魔神(仮)ってのはちょっと聞いてましたけど、今度は頂上神……ですか」


「で、でもでもっ! 神、しかもゼウス様のされることだったら、絶対に間違いはありませんよ! 連れて行かれたのであれば、それがきっと正しいことなのです!」


 しら~。


「うっ……」


 熱弁を振るうラルクくん、可哀想にも白い目で見られてしまう。


「じゃあ、あなたっ!」


 リサがラルクにグイと詰め寄る。


「は、はい……!」


「人間でも恋くらいするのでしょう!? あなた、好きな相手はいる!?」


「え、す、好きな相手、ですか……? いや、はは……ボ、ボク神官なのでそういうのは……」


 目のやり場がないのか、チラチラとセレアナの方を見ながら答えるラルクくん。

 

「つまり神官だから恋愛は禁止されてるけど、気になる相手はいる! そんな感じね!?」


「ぎくっ──! そ、そんなことは……」


 あからさまに動揺するラルクくん。

 どうやら、リサは恋愛に関してはかなり鼻が利くようだ。

 

「その相手が! 神とやらに連れ去られて! それが正しいことだって言えるの!? ねぇ!? さぁ、答えなさい、人間っ!」


「う、うぅ~……」


 リサに詰め寄られて黙ってしまうラルクくん。


「リサ、人間にはみんな職業ってのがあってな。その仕事に関することは外からじゃなかなか理解しがたかったりするんだ。だから、今はどうかそのへんにしといてやってくれ」


「でも、こいつ……!」


「リサ、頼む」


「むぅぅぅ~……! ふんっ、わかったわよ! そのかわりっ! 今度私の前で『連れ去られたのは仕方ない』なんて言ったら殺すからね! 絶対に殺す! 一滴残らず血を吸ってあげるわ!」


 顔を真赤にして怒りを抑えるリサ。

 その背中に、ルゥが優しく手を回す。


「ってことで、ラルクくん。キミの立場で話すと、ちょ~っとややこしくなるから、今は黙ってもらってもいいかな? あとでちゃんと説明するから」


「そんな……魔物たちの言うことなんか……」


「そうだな……たとえば、ボクは魔界に連れ去られた元人間で、今は故郷のイシュタムに戻りたい」


 急に何を言い出すんだという表情のラルクくん。

 うん、でもボクたちのことを少しでもわかってもらうために、ボクは続けて話し続ける。


「それから、リサとルゥは元魔物なんだけど、今はれっきとした人間だ。ボクは、二人が安全で幸せに過ごせる場所を探してる。それから、セレアナは魔物だけど、歌を多くの人に聞いてもらいたいだけだし、テスは悪魔だけど、人間界にいるらしい『ある人』に会いたいだけ」


 ラルクくんは沈黙を続けている。


「今すぐ信じてくれとは言わない。ただ、ラルクくんがいてくれたから、ボクたちは人間界に戻ってこられたんだ。その恩もあるし、キミが納得いくまで何度でも話して分かってもらいたいと思ってる。ただ、ボクたちも今、トラブルに巻き込まれたばかりなんだ。だから、お願い、ちょっとだけ」


 ラルクくんはしばらく黙った後、諦めたようにため息をついた。


「はぁ……」


 うらめしそうな目をこちらに向けるラルクくん。


「……わかりましたよ。大体、アベルさんが悪い人じゃないってのは、見ただけでわかりますからね。……その代わり!」


 ラルクくんは、腰に手を当ててピシッと指を立てる。


「本当にあとでちゃんと話してくださいね! ……っていうか、どうせボクが逆らってもあなたたちに勝てるわけがないんです。まな板の上のコイコイフィッシュですよ、ボクは。好きにしてください、もう」


「あらぁ、人間も話せばわかるもんじゃなぁい」


 セレアナの言葉にラルクは顔を赤くする。


「は、話に人間も魔物もないでしょう……!」


 くいくいっ。


 テスが、ラルクのズボンの裾を引っ張り──。


「ラルク、ありがと」


 と、上目遣いで呟いた。


「……くぅ~、あ~、もう早く相談でもなんでもしてください! 知りません、ボクはもう!」


 う~む、テスのやつ、美幼女の魅力を最大限に活かしてるな……。

 数日前までじいさんだったのにな、あの大悪魔。

 実に末恐ろしい幼女だ。


「で、いつ行くの、フィード!?」


 リサが急かすように声をかけてくる。


「へ? 行くってどこへ?」


「は? 決まってるでしょ!? フィードの体を取り返しによ!」


「え、ってことは……」


「……天界、ってことですかね?」


 間。


「そうよ! 天界にフィードの体があるなら天界に行く! あたりまえじゃないっ!」


「でも、どうやって行くんですかね、天界……」


 ジッ……。


 神官ラルクくんに向けられる一同の視線。


「えっ……えっ!? 知りません! 知りませんよ、天界なんて! っていうか、ほんとにあるんですか、そんなとこ!?」


 つい信仰心の薄そうなことを口走っちゃうラルクくん。

 と、頭の中に声が響いてきた。


『天界? そんなの天界から降りてきたやつを捕まえて、連れて行かせればいいだけだろ』


 どうやらサタンのようだ。

 なんか、フィードがいなくなっても相変わらず忙しいな、ボクの頭の中。


(天界から降りてきたって誰? そんな人いる?)


『いるかどうか調べりゃいいだろ』


(調べるって、どうやって?)


『は? お前、自分のスキルもう一回確認してみろ』


(スキル? ……あっ!)


 思い出した。

 一日一回何でも答えてくれるスキル──。



 【一日一全智アムニシャンス・ア・デイ



 問.ここから一番近くにいる、ボクたちを天界へ行くことの出来る人物はどこにいる?

 解.イシュタム。



「イシュタム……」


「え?」


「イシュタムにいるらしい、天界にボクたちを連れて行くことの出来る人物が……。今、『一日一全智アムニシャンス・ア・デイ』で聞いた」


「イシュタム……? それって、たしか……」


「フィードさんの故郷、ですね!」


「ああ、そうだ。ボクの育った街、そして──」



 ボクの幼馴染、モモが待っているはずの場所だ。



 こうして、奇遇にもボクたちの次の行き先は。



 ボクの故郷、イシュタムに決まった。

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