第99話 女体化!
(ソワソワソワ)
なにか……落ち着かない。
というのも。
この胸にあるふたつのコブ。
それに
(お腹が見えないんだが……)
どかそう。
そう思って、二つのコブを手で持ってみる。
すると──。
「ちょっと、フィード! ……じゃなくてアベルか。アベル! なに自分のおっぱい揉んでんのよ! このバカ! 変態! ドスケベっ!」
リサに、どえらい剣幕で怒鳴り散らされた。
「いや、邪魔だなと思ってさ」
「じゃ、邪魔……邪魔ですって……? そんな……私にないものを、これみよがしに見せつけといて……邪魔……? ですってぇ……? ふふふふ……」
あ、ヤバい。
地雷を踏んだかも。
そう思って、自分のふくよかな胸とリサのつるぺったんなそれを見比べる。
「なに比べてんのよーーーーー!」
「いや、そっちが言ったからだろ!?」
「バカバカバカバカ! もうフィード……じゃなくてアベルなんて一生そのおっぱいのデカい馬鹿みたいな女のまま過ごして、薄汚いオークたちにでも弄ばれたらいいんだわ! バカッ! フィー……じゃない、アベルのスケベ変態女装マニア!」
目の端に涙を浮かべながら顔を真赤にしてるリサを見てると、なんか気の毒になる。
しかし、この状況で話を穏便にまとめるのは大変そうだ。
となると……使うか。
あのスキルを。
【
よし、見えたぞ!
リサをなだめつつ、このややこしい状況を整理する勝利への道が!
「ごめんな、リサ」
まずはトーン抑えめで謝る。
「ごめんってなによ! おっぱい大きくてごめんとでも言いたいわけ!? あ~、よかったわね、女装したフィー……じゃなくてアベルは、おっぱい大きくてばいんばいんで可愛くて!」
リサの話し終わるのを待ってから、すこし伏し目がちに呟く。
「ボクのせいで、こんなややこしい事態に巻き込んじゃって」
そして、話のスケールを大きくして──リサの矛先を、ずらす!
「事態って……そうよ、せっかくフィー……じゃなくてアベルと一緒に人間界に来られたのに、神とかなんとかゲームとかなんなのよ、ほんとに……!」
「だよね……ボクも同じ気持ちだ。人間界に戻ってきさえすれば、リサやルゥと平和な生活をすごすことが出来ると思ってたのに……! くそっ……! ボクの見通しが甘かったせいで……!」
ここで自分を攻める。
「ううん、謝らないで、フィー……アベル。悪いのは、そのゼウスってやつなんでしょ? だったら、早くそいつから体を取り戻して……」
よし、いいぞ。
そう! 悪いのはゼウス!
だからボクが今、ドッペルゲンガーから貰った『
「そんな……ゼウス様は悪くなんか……ばふっ! む~! むぅ~!」
茶々を入れてきそうな神官のラルクくんの口を、セレアナとルゥが塞ぐ。
おぉ、ナイス! さすがは空気の読める二人!
……にしても、ラルクくん。
すっごい嬉しそうな顔してるな。
いいのかな、神官なのに。
「そうだね、だからボクたちはイシュタムへと向かって、天界へと続く手がかりを探す」
「でも、イシュタムでは、フィードさ……アベルさんの顔が知られてるから、変身して素性を隠そうってことでしたよね?」
ルゥ~! 君は、ほんとにいつもナイスアシストだ!
「そう。この『
「ドッペルゲンガー一族の間で受け継がれてるっていう、その女の姿なわけよね……」
はい、ここまでリサから引き出せた!
となれば、もう仕上げだ!
「そう、だからリサ! 人間界に来たばかりのキミたちに迷惑をかけて心苦しいんだけど、しばらくの間だけ、この姿でも我慢してくれないか?」
リサは両手を腰に当ててため息をつく。
「はぁ……仕方ないわね。好きな男が、こんな女の姿ってのは納得いかないけど……早くフィードの入ってる体を取り戻せばいいわけだし、それまでの辛抱ね。わかったわ、怒ったりしてごめんなさい」
「うん、ボクの方こそごめんね。でも、リサが一緒に居てくれると心強いよ、ありがとう」
「バッ……バカなこと言ってんじゃないわよ……。大事な人の体を取り戻すためなんだから当然じゃないの……」
そう言って、リサは顔を赤らめてそっぽを向く。
ふぅ~……これで完了っと。
いや~、さすがは『
なんか……こういう感じも久々だな。
今ではもう、あの頃の檻の中の生活すら懐かしく感じるよ。
にしても。
リサは、前にも増して、ボクに対する想いをはっきりと伝えてくるようになった。
今までのボクは人間界に戻ることだけ考えてて、彼女の気持ちにまで気を回す余裕もなかった。
これからは……向き合っていかなきゃだな、リサの気持ちにも。
でなきゃ失礼だ。
そのためにも。
まずは、ボクの半心「フィード」と、ボクの肉体を取り戻さなきゃだ。
「う~ん……」
セレアナがあごに手を当てて小さく唸る。
「いっそのこと、名前も変えちゃった方がいいんじゃないかしらぁ? ほら、今のあなたってフィードって呼んでいのか、アベルって呼んでいのか、よくわからない曖昧な存在だしぃ?」
「あ、たしかに! 私も、ついフィードさんって呼んじゃいますし」
「ずっとフィードって呼んでたものね……。でも、フィードは今、体ごと天界に行ってるわけだし……」
たしかに。
自分としても別にいつまでも女体化してるつもりもないし。
それならいっそ、別の名前で呼んでもらった方が切り替えやすそうだ。
「名前、変えるとして何がいいかな?」
「アベルでフィードだからアフィー?」
「ベルド……とか、ですかね?」
「フィーアとかどうかしらぁ?」
「うむ、名前なら、フア・メザリアを、なのることを、ゆるそう」
う~ん、どれもピンとこないなぁ……。
そう思っていると。
「あの……」
神官のラルクがおずおずと手を上げる。
「名前なら、『ルード』ってのは、どうでしょうか?」
うん……アベルの『ル』とフィードの『ド』でルード。
今まで挙がった中では一番よさそうだ。
「いいんじゃない? フィードっぽい響きだし」
「そうですね。ルード。フィード。すんなり切り替えられそうです」
「チッ、せっかく、わが、メザリア一族に、いれてやれた、ものを」
テスがしれっと怖いことを言う。
いやいや、入らないからね? 大悪魔の一族なんて。
「ってことでぇ……」
セレアナの目が怪しく光る。
「ルードちゃん! かわいいですわああああああああん!」
「ぶへっ!」
セレアナが首に飛びついてくる。
「あ~! セレアナずるい! 私も!」
「あ、じゃあ私も……えいっ!」
「うむむ……わがはいも、体のちいささを活かして……」
急に女の子たちに飛び掛かられてもみくちゃにされるボク。
「ちょ……! なんなの急にっ!」
「だってぇ~! フィー……じゃないルード、可愛いんだものっ!」
「ですねぇ、今まではフィードさんだと思って複雑な感じでしたけど、ルードちゃんなら、問題なしですっ!」
「むぅ……ルード、これが、人間のおんな……」
「これが人間の女ですのぉ~! あぁ、美しいですわぇ! わたくしの歌声に勝るとも劣らない美っ! これを愛でないなんて、いずれ世界を統べる歌姫セレアナ・グラデンの名が廃りますわぁ~!」
ちょっ!
いくらなんでも、みんな切り替えすぎじゃない!?
そう思って、四方八方からぷにぷにポヨポヨすべすべ~な感触に溺れていると、表から大声が聞こえてきた。
「わっはっはっ~! ここが教会じゃな!? 星光聖教、うむ! ワシの……ごほんごほんっ! この国の正しく美しい宗教の教会で間違いないな!」
長身の筋肉質な暑苦しい男。
白いローブに、頭に草冠を乗せた怪しい格好。
銀白髪の長髪にヒゲ。
しかも、なんだかめちゃくちゃ偉そう。
そんな男が、教会の中にズカズカと入ってきた。
「あの、どなたですか? 今日はまだ……」
男に声をかけに行くラルク。
すると、ボクの頭の中に声が聞こえてきた。
『おい、アベル……あ~、いや、今はルードって呼んだほうがよかったか?』
ボクの中にいる魔神サタンだ。
(どっちでもいいよ)
『じゃあ、ルード。オレの見立てに間違いなきゃ、ありゃ……』
と。
サタンとは、また別の声が聞こえてきた。
『アベル! 生きてんだろ!? 頂上神ゼウスとかいうやつをそっちに行かせたから、お前の方で引き止めといてくれ! その間にオレは天界を脱出してそっちに戻るから! あっ、それとあれ! あれに変身しとけ! ドッペルゲンガーが見せてたあの「アイドル」とかいう人間の女に! じゃ、頼んだぞっ!』
は? フィード……!?
スキル【
いや、その「アイドル」の女の姿に、今ちょうどなってはいるんだけど……。
っていうか、なんて言ってた?
情報量が多すぎて、ちょっと……。
えっと……?
頂上神ゼウスとかいうやつを、そっちに行かせた?
たしか、そう言ってたような気がするんだが……。
き、気のせい、だよね、あははは……。
まさか、そんなラスボスみたいなやつがいきなり出向いてくるなんて……。
しかし、サタンが次に告げた言葉が、フィードの発言を裏付ける。
『ありゃ……ゼウスだぞ。頂上神、ゼウス』
はぁぁぁぁぁ?
ボクの体を盗んだ張本人が?
しかも、ボクをゲームのコマにしてる二人のうちのもう一人が?
いきなり出てきちゃったぁぁぁぁぁあ?
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