第38.5話 ボクとボク
夢の中にいる。
すぐにわかった。
だってボクは、さっきまで魔界で大悪魔やワイバーンと死闘を繰り広げていたはずなのに、どこかの人間の街の一軒家でルゥやリサと一緒に過ごしてるんだから。
せっかくなので夢を楽しむことにする。
ここは夢の中、肩肘張ってても仕方がない。
ってことで、ボクは「フィード」だの「アベル」だの「ボク」だの「オレ」だのといった細かいこだわりは捨てて、素の「ボク」でいくことにする、うん。
それくらいいいよね。戦いも一息ついたし。夢の中だし。
ボクは家の天井のあたりから、親しげに話している
いわゆる第三者視点ってやつだ。
え? なんで夢なのに第三者視点なのかって?
まぁまぁ、いいじゃない、夢なんだから。
そういう客観的に見る夢もあるんじゃないの? よくわからないけど。
どうやら
年季は入っているが、三人で暮らすには十分な広さだ。
備え付けのものなのなのか、そこに完全に馴染んでいる木製のテーブルに腰掛けたボクは、目玉焼き、ベーコン、サラダ、パン、ミルクを食べている。
ゴクリ……。普通の……人間の……朝食……。
懐かしい……。
こんなごく普通の朝食を、ボクはもう一ヶ月も食べられていない。
ああ……夢ならボクをボクの中に入らせてくれればいいのに……。
なんでボクは、第三者視点でボクを見てるだけなんだ……。
テーブルのボクは、むしゃむしゃと特に感謝もなさそうな感じで食べ進めている。
天井のボクは、よだれを垂らしながらその様子を見ている。
(なんなんだよボク……。それ、ボクの分しか用意されてないんだから、ルゥかリサが作ってくれたものなんだろ……? もっと美味しそうに食べなよ……。ああ……あんなにホクホクで目玉焼きの黄身をジュルっと……)
ガチャガチャとナイフとフォークを鳴らせながら食べているボクからは、どことなく粗雑な印象を受ける。
「フィード? そ、その……美味しかったら美味しいって言ってもいいんだからね!?」
「うふふ。リサさん、早起きして作ってましたもんね。きっとフィードさんも喜んでくれてますよ」
ボクの向かい側に座った二人が、相変わらずの対象的な感じで話しかけている。
「ん、普通」
いやいや、普通って!
なんだよ、その
せっかくボクのために作ってくれたんだぞ! もっと感謝しろよ、ボク!
ほら! リサもショックで「ガ~ン!」って顔になってんじゃん!
「あ、でも。普通って……すげ~いいよね。落ち着く。ありがとな、リサ」
「そ、そう!? わ、わかってくれたなら、いいわよ! う、うん! そ、そう! 普通をテーマにして作ってあげたのよ! そこを見抜くとは、さすがフィードね! し、仕方ないから明日も作ってあげるわね! 感謝しなさいよ、フィード!」
「ああ、楽しみにしてる」
ボンッ! っと音が聞こえてきそうなくらいに顔を赤らめるリサ。
あ~、これあれだ! 落として上げるやつだ!
コマシだ! コマシのテクニックだ!
ほら、その証拠にリサは顔真っ赤になってモジモジデレデレしちゃってるじゃん!
くっそ~、あいつ! ボクのくせして、そんなモテの高等テクニックを……!
っていうか……あれ、本当にボク、か……?
「うふふ、よかったですね、リサさん」
テーブルに肘をついたルゥが、落ち着きなく空いてる皿を持ったり戻したりしてるリサに、うふふと笑いかける。
ん~……? なんっかおかしいような気がする……。
もうちょっと、もうちょっと近くで見てみないとわからないな……。
近寄れるかな?
ツツツゥ~。
お、寄れた寄れた。
なんかゆっくり視界が下に
あれ? なんか見え方がおかしい。
全方向見えるぞ? なにこれ?
「キャッ!」
リサが悲鳴を上げる。
「あらぁ……」
次の瞬間、ルゥの口から思いもよらぬ言葉が発せられた。
「蜘蛛さんですねぇ」
────は?
蜘蛛?
ボクが?
え? え? え?
プツリ、とお尻から出てた糸が切れ、ボクはテーブルの上にポトンと落ちる。
え、痛くない。
あ、体が軽いから。
え、なんで体が軽い?
っていうか、立てない。なんで?
あれ? 足が多い。
テーブルと平行な目線。
全方位見渡せる視界。
お尻から出てた白い糸。
え? あれ?
これってまさか本当に──。
ボク、蜘蛛になっちゃってる?
「ちょ、ちょっと! フィード! 早くなんとかしなさいよ、これ!」
「うふふ~、蜘蛛さんかわいいですねぇ~、あたふたしてますよ~」
「バンパイアだったくせに蜘蛛が怖いのか、リサは」
「う、うるさいわね! 誰だって苦手なものくらいあるでしょ! いいからどうにかしてよ! 殺すとか捨てるとか!」
「はぁ……仕方ないなぁ……」
は? 殺す? 捨てる? ボクを?
いやいや、いくら夢の中だからって、そりゃあんまりだろ、リサ……。
っていうか、なんでこんな夢……。
テーブルのボクが紙束を握って振りかぶる。
え、まさか、嘘だろ?
ブンッ──。
【
ゴロゴロゴロ──!
バァン!
回転の力を使って、叩きつけられる紙束の攻撃をどうにか躱すことが出来たボク。
おいおい~! せっかく戦いに一息ついたばかりだってのに、なんでまたすぐこんな騒動に……。
おまけにボクに殺されそうになってるし……。
いくら夢の中だからってさすがに殺されるのは嫌だぞ……。
さいわい、この蜘蛛の体でもスキルは使えるようだ。
といっても、ボクやリサ、ルゥに攻撃を仕掛けるのは気が進まない。
う~ん、一体どうしたもんか……。
「フィード! なに外してんのよ! それでも魔神サタンに認められた男なの!?」
魔神サタン……? 一体何を言って……。
「うふふ~、この蜘蛛さん、意外と実力者なのかもしれないですね、可愛いです」
いや、ルゥ~! お前、相変わらず妙に鋭いけど、今は可愛いとか言ってる場合じゃないから!
「あ~、わかったよ。次は本気でやるから」
その時、初めてボクはボクの顔をちゃんと見た。
金髪マッシュ。タレ目。そばかす。
え? これボクじゃなくない?
背が低くて痩せ気味なところは似てるけど、顔も髪の色もぜんぜん違うぞ?
それに脇に置かれてる新官帽……こいつ、神官か?
「スキル──
…………は?
いやいや、なんでこんな知らないやつがボクのスキルを……?
って、もし本当にこいつがボクのスキルを使えたら……ボクも発動しないとヤバくないか……?
向かい合う偽フィードから、危険なオーラがプンプンに漂ってきている。
くっ、間に合え────!
【
【
【
【
【
ズバッシャァァァァン!
すごい音を立ててテーブルが真っ二つにたたき切られる。
「やった!? フィード、やったの!?」
「…………」
「あらあら~、外しちゃったみたいですね~。フィードさんでも、こういうことあるんですね~。というか、テーブル……新しいの買わなくちゃですねぇ……」
間一髪、回転による旋回と高速飛行で偽フィードの攻撃から逃れられたボクは、天井の隅に空いてた隙間から天井裏へと避難していた。
ふぃ~……マジでなんなんだよ、あの偽者のボク……。
偽物のくせにボクのスキルを使ってさぁ。
おまけに、リサとルゥから「フィード」って呼ばれてるし。
まったく、夢なら夢で、もっと見てて気分のいいものを見せてくれよな。
……って、あれ、めまいが……。
あ、これ、魔力欠乏……。
蜘蛛の体でいっぱいスキル使ったからか……。
まぁ、いい……このわけわかんない夢が覚めてくれさえすれば……。
意識を失う直前。
背後で「もそり」となにかが蠢く気配がした。
しかし、ボクには、それが何かを確認する気力も体力も残っていなかった。
暗転。
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