第26話 (最終話)最後の生の意味。

桜子の言葉に、俺は聞き間違いを疑ったが、老いても耳や歯、頭なんかはハッキリしている。俺は桜子の言葉に「は?」と聞き返した時、個室の扉が開くと洋服に身を包んだ調停神の姉妹があの日の姿のまま現れた。


「お疲れ様、鷹咲幸也さん」

「お疲れ様ー」


突然の調停神の登場なのに、家族は誰も驚かずに頭を下げて挨拶をしていて驚いたが、俺はそれよりも約束と違う事に「調停神?なんで?死後に会う約束…」と言う。


姉の調停神は俺の言葉を無視して、桜子と一二三、蓮を見て「あなた達も今日までお疲れ様。鷹咲さんの為に、この世界の為にもありがとうございました」と言った。


俺の困惑に答えるように、妹の調停神が「皆、タカサキのお父さん達も記憶を持って、タカサキのやり直しに付き合ってくれたんだよ」と言って笑った。


驚いて「え?」と聞き返す俺に、「でもルールでタカサキにはバラせないから、皆初めましての顔で頑張ったんだよ」と言う妹の調停神の言葉の後で、一二三は「本当、大変だったんだよ?」と笑いながら言い、蓮も「ずっと感謝でいっぱいで、毎日泣きそうになりながら、お父さんとの生活を楽しんだんだからね」と続ける。


困惑して周りを見てしまう俺に、桜子が「あの日、病院がテロにあった日、死んだ私たちの前に、調停神様が来てくださったんですよ」と言った。


「調停神様は、貴方が無事に終われる手伝いをしてくれた代わりに、貴方に今度こそ幸せな一生を過ごしてもらいたいから、私達にも対価をお求めになったの」


桜子の言葉に「そ…そんな…。散々俺の為に、皆には嫌な思いも、怖い思いも、辛い思いもさせたのに…」と言うと、桜子は困り笑顔で「家族ですよ?家族の為なら、なんのこともありませんよ」と言い、「私に課せられた対価の一つは、貴方を見送る事。だから今日まで元気なんですよ」と言った。


「俺達や爺ちゃん達の対価は、父さんの全ての一生を見て知る事。全部見てきたよ。父さん、俺は父さんを尊敬してる。父さんみたいに諦めずに戦い続けたいと思ったよ」

「後は私達に起きた死を全て見てくる事。怖かった。鈴木太郎に襲われて自殺した記憶も見た。それでもお父さんが助けに来てくれるのが嬉しかった。私を抱きかかえて戦ってくれたり、車より速く走ったりした姿は格好良かった」


「そんな……。そんなに大変な思いをしてくれて…いたのかい?」


桜子達が笑いながら、家族だから気にするなと言ってくれる中、姉の調停神が「鷹咲幸也さん。約束は果たされた。後は最後の約束を果たすだけ。でも実は対価が余ってしまったから受け取って」と言い、妹の調停神が「嘘ばっかり」と小さく呟く。


「死者の国で、貴方のご両親も奥様のご両親もお祖父様達も、貴方を待って生まれ変わりをしていないの。向こうで末長く幸せな時を過ごして。そこで待てば奥様もお子さん達もじきに来るわ。だから寂しくないわよね?」

俺は長く生きてしまっただけに、未知の恐怖に慄いていたが、対価の事、桜子達の事を思って我慢をしていた。

昔といい、この女神は心を見抜いてくるな。


「…お見通し…か」

「ええ、だって神だもの。そして私は人の心がわかる神だから、…長く生きてしまった鷹咲幸也さんの初めての本当の死、本当の終わり。怖いだろうから見送る為に奥さんには元気でいて貰った。向こうで寂しくないようにご両親達には待っていて貰った。これが、この模地球の神を産んでもらう対価の残り、それとファンタージを攻略してもらったお礼です」

困り顔の調停神は人間にしか見えなかった。


俺はファンタージと聞いて、ひとつの事が気になったので、「あ…、アキタって忘れてたけど…」と言うと、姉の調停神は穏やかな笑顔で「無事に終われましたよ。彼も新しい人生をやり直して、無事に終われましたよ」と教えてくれた。


俺が「良かった」と言うと、「じゃあ、私と妹は先に向こうで待ってますから」と言って調停神は消えて行った。


俺は残された時間を家族と過ごした。

調停神が居なくなってから部屋に入ってきた孫達に、サヨナラを告げて、特別製の呪符の隠し場所と、素人でも使える術の基本知識をまとめたノートの場所を教えておいた。


一二三と蓮にはもう一度、「済まなかった。厄介ごとに巻き込んだ」と謝ったら怒られて逆に謝られた。


そして桜子。

「ありがとう。また結婚してくれて嬉しかったよ」

「それは私の方です。今回も格好良くて、釣り合わないと思って不安だったのに、あなたは私を選んでくれました」


「俺は桜子以外の女性とは付き合ってないからね」

「知ってます。全部見たんですよ。沢山の出会いがあっても、それでも私を選んでくれて嬉しかった」


「それにしても調停神から心を欺く方法を習った俺より上手だったね。わからなかったよ」

「毎日頑張りましたよ。嬉しそうな貴方の顔が見たくて、一二三と蓮と、お父さん達と皆で力を合わせました」


「ありがとう。俺はこれで終われるよ」

「はい。キチンと家族で終われました。ありがとうございました」


俺はその言葉を聞いてようやく終われた。



暗い闇の中。

30歳くらいの姿をした俺の前には2人の調停神。


妹の調停神が俺を見て「うわー、半分神になってるよタカサキ」と言う。

俺が「実感がないな」と返すと、姉の調停神が「だから問題なのよ。貴方が心に闇を持って神化したら、破壊神ならまだしも人の命を何とも思わない神になっちゃうわ。だから幸せな人生を送ってもらったのよ」と言った。


「すまない。感謝している」

「いいわよ。貴方のその肥大した魂を神と人に分ける。そして神の部分をこの地球の神にするわ。これは皆の為になるから良い行いよ」


「皆の為?」

「タカサキが神になってたら、奥さん達と一緒にいられないから、死後の世界も一緒にいられて、生まれ変わりも皆でやりたいでしょ?だからお姉ちゃんはその為に力を尽くしてくれたんだよ」


俺が「そうなのか?」と聞くと、「別に」と言った姉の調停神は遠くを見て、「ご両親達が待ってるから作業を始めるわ。鷹咲幸也さん。最後の人生で幸せだった事を思い出して」と言った。


「…ありすぎて困るんだが…」

「あはは。そうだよね。じゃあ好き勝手に思い出しててよ」


俺が「わかった」と返すと、姉の調停神が「神の力を使う」と言い、髪が赤く光り輝くと妹の調停神も「神の力」と追随する。


「お姉ちゃん、私がタカサキの保護をするよ」

「ええ、私が新たな神を生み出す。鷹咲さんの魂から神を抽出、整形、固定させる」


俺の身体が赤く光ると、一つは俺の身体に残り、一つは横に離れて行く。

離れた方は次第に20歳頃の俺の姿になり、目を開けると「ありがとう調停神。私は不屈神」と名乗った。


「おはよう。使命は生み出す時に伝えた通り、この模地球の神になってキチンと管理して」

「はい」


そう言って消えて行く俺の中にいた神を見送ると、「お疲れ様。ありがとう」と言う姉の調停神。

妹の調停神は俺の手を取って「ほら、皆待ってるから行ってあげなよ。ありがとね。バイバイ」と言いながら闇の先に見えた光を指差した。


俺は「こちらこそありがとう」と言って光に向かって闇の中を歩き出した。

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今度こそ終わらせる。 さんまぐ @sanma_to_magro

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