大嫌いなので、近寄らないでもらえますか。
書峰颯@『幼馴染』12月25日3巻発売!
短編
「アンタ大っ嫌い、いっつも私よりも点数高いとか、ほんっと生意気」
そう突っかかってくるのは、もう何度目だろうか。
小学校の先生がテストを返す時に、なぜか百点の生徒は渡す時に褒める。
隠したくても隠せない行為だし、されても別に嫌な思いはしないし。
「お、康太はまた百点か」と頭を撫でられる度に、僕はドヤ顔を彼女へと向けた。
「んー、姫花は九十八点、惜しかったなー!」の言葉で、涙ぐむ彼女は僕を睨む。
得意げに百点のテストを机に置いておくと、左足を思いっきり踏まれる。
痛い。でも、僕の勝ちだから我慢。
家は微妙に遠かったけど、通う塾は同じだった。
成績順で勉強内容が変わるから、競い合うにはもってこい。
「康太君は中学二年生のAまで行けるわね」ここでも僕は得意気だ。
「姫花ちゃんは中学二年生のBかなー?」そして姫花は怒る。
ムキになって頑張る程に、僕に勝ちたいんだろうね。
だから僕も負けないように必死になって勉強を頑張った。
お母さんに「康太は将来博士ね」って言われるくらいに勉強したんだ。
元々負けん気が強かったんだと思う。
たまに友達から「手加減してあげたら?」って言われた事もあったけど。
そんなの、姫花が怒るに決まってる。
手加減して負けた所で、それを知った姫花がなんと思うか。
そして僕も多分、本気で悔しがることが出来ない。
僕達は常に本気じゃないとダメなんだ。
通知表くらいかな、全科目オール5で引き分けたのは。
その時の姫花は、喜んでいいのか悔しんでいいのか、何とも言えない顔をしてた。
苦虫を嚙み潰したような顔って、後で知って一人ほくそ笑む。
僕と姫花の勝負は、中学生になっても変わらなかった。
「中間試験、絶対に負けないから」
「期末試験、絶対に負けないから」
一学期、二学期、三学期と中間期末に挑戦され、全て僕が勝利した。
さすがに足を踏まれる事はなかったけど、姫花はずっとイライラしてた。
怒りすぎじゃない? って心配するくらいに怒る。
でも、それ以上に姫花は可愛くなっていったんだ。
怒っていても可愛いって思えるのだから、単純に凄い。
僕と姫花が競っているのを知っている生徒は多い。
姫花に気に入られようと、僕をなじる男子生徒も現れるようになった。
「お前、次のテストで〇点取らなかったら殺すからな」
これでも一応成績は体育含めてオール五だったんだ……小学生までは。
体格差が如実になる中学一年生では、さすがに勝てない相手が出てくる。
「行ったよな、殺すって」
殴られるのは、足を踏まれるよりも痛かった。
反撃すると、多分、周囲の子分たちが僕のことを悪いように言うだろう。
多分じゃないな、間違いなくだ。
動画も撮影してるし、僕が手を出した部分だけ切り抜かれて終わる。
「無駄に知恵が回りやがって……次はマジで殺すからな」
体育館裏で寝そべっていると、口の中で歯が抜け落ちてきた。
思わず飲み込みそうになって、慌てて吐き出す。
血反吐をはくって、こういうのかな、なんて。
「……坂月君、どうしたの」
嫌な相手に見られてしまった。
姫花は中学生になってから僕のことを苗字で呼ぶようになった。
だから僕も心の中では姫花って呼ぶけど、声にする時は左文字って呼ぶ。
「左文字には、関係ないから」
「ダメだよ、痣になってるし、それに口から血が出てるよ」
「乳歯が抜けただけだから、気にすることない。痣も歯が抜けなくて自分を殴っただけだから」
我ながら酷い嘘だと思う。
当然ながら先生に見つかり、事情を聴かれる事になったけど。
……僕は一言も、何も喋らなかった。
結果。
「何でテストで満点取ってんだよ」
コイツ等の暴力は日常的になりつつあった。
顔は不味いと悟ったのか、腹や肩ばかり狙う。
「……僕がワザと負けるんじゃ、意味ないだろ」
「はぁ? ワザとでもいいじゃねぇか、そうすりゃ姫花が喜ぶんだからよ」
「そんなはずないだろ、だからお前たちはバカなんだ、バカだから力でしか解決できない」
「その力に負けてるのはお前だけどな」
確かに僕は力では勝てない。
小学五年生から身長の伸びが止まり、百五十五センチから全然伸びない。
身長でも姫花には負けてるんだ。
友達の数も、魅力でも、僕は圧倒的に姫花に劣ってる。
だから点数くらい勝ち続けてもいいじゃないか。
何になるでもない、互いに高得点を取り続けて何が悪い。
けど、中学二年の冬。
姫花は期末テストを前にして僕に宣言した。
「大嫌いなので、近寄らないでもらえますか」
凄く丁寧な言い回しだと思った。
当然と言えば当然だろう、ずっと姫花に対してイジメていたようなものだ。
姫花は隣の席も嫌だと先生にお願いして、僕から席を離した。
名言はしてない、急な席替えだったから、誰だって予想くらい出来る。
僕を殴ってた奴等は大喜びだった。
「お前を殴っても姫花は何とも思わなそうだからな、殴るの止めるわ。精々高得点取って喜んでろよバーカ」
馬鹿はお前たちだろうに、中間テストも期末テストも最下位って聞いたぞ。
最下位でも留年も退学もない義務教育期間で良かったな。
高校生になったらお前たちみたいなクズ野郎とは二度と会うことはないんだ。
精々今の内に喜んでろよバーカ。
心の中だけで叫んでる、自分が情けなくなった。
中学の卒業式、卒業生代表として壇上に上がったのは姫花だった。
体育館の隅々まで通る綺麗な声に誰もがうっとりし、そして涙する。
ほらね、僕と姫花の間には、途方もない程の差があるんだ。
僕があの場に立ってたとしても、誰も泣いたりはしない。
欠伸と嘲笑で終わりだ。
卒業式のあと、姫花に僕を殴った奴らが告白してるのを目撃した。
「ごめんなさい、私、誰かと付き合うつもりはないの」
告白に失敗か、当然だろうね。
姫花は頭が良い、高校にも行かず働きに行く奴等なんかと付き合うはずがない。
とても清々しい気分になった、僕は何にもしてないけど。
当たり前のように、僕と姫花は同じ高校へと進学した。
中学から僕達と同じ高校に進学出来たのは一人もいない。
エリート高校、私立じゃなくて県立だけど、偏差値は県内トップ。
そうそうついて来れる奴等なんている訳ないんだ。
奇しくも同じクラス、そして隣の席。
高校生になった姫花はさらに綺麗になって、正直、僕はドキドキした。
でも、それと同時にげんなりもした。
また、席を変えて欲しいって言われるんだ。
高校一年が始まったばかりなのに、秒で瞬殺される。
頭の良い学校だから、殴ってきたりする生徒はいないだろうけど。
頭の良い分、陰険なイジメになりそうで、怖い。
トイレ飯は確定だろうな、今の内に専用の個室を確保しよう。
「坂月君」
廊下に出るなり、いきなり名を呼ばれて、硬直する。
また宣言されるのだろうか。
結構メンタルに来るから、知らない所で宣言して欲しい。
「中学の時のことは忘れて、また勝負して欲しい」
「……勝負?」
「テストの点数勝負」
結局、中学の時は全敗だったから、高校になってリベンジしたいって事なのかな。
でも、僕としては姫花と争うのはもうコリゴリなんだ。
足を踏まれるのも、殴られるのも、大嫌いって言われるのも、結構辛いんだよ。
「勝負だから、勝った方の言うことを何でも聞くってルールを追加したい」
なんとも嫌な響きだな。
それって僕に勝って二度と口を利くなとか、そういうのだろ。
つまりだ、僕が勝ち続けていれば、姫花は嫌でも僕と会話をせざるを得なくなる。
ふと、僕は自分の口元が緩んでいるのに気づいた。
もともと僕はそうして来たじゃないか。
姫花に勝ち続け、そして怒り続ける彼女を見て喜んでいたんだ。
僕が勝負に勝ち続ける限り、姫花は僕に悔しがるしかない。
「……いいよ、勝負受けるよ」
「本当⁉ 絶対だからね!」
無駄にいい笑顔になりやがって。
そんなに僕と離れるのが嬉しいのか?
だったら違う高校にすればいいじゃないか。
全く……そんな顔をされたら、僕の嗜虐心が目覚めちゃうじゃないか。
そうして迎えた一学期の中間テスト。
手加減なんか一ミリもしてやらない、全力で僕は姫花を叩き潰した。
「……全科目満点」
「僕の勝ちだね、じゃあ早速お願いごとだけど」
僕のことが嫌いなんだろ?
僕だって嫌いな人を側になんて置いてたくない。
「毎日一回、どこかの休憩時間で僕と一緒にいること」
……本来ならね。
でも、こと姫花に関しては別だ。
ずっとこうして来たんだ、逆にとことんイジメ抜いてやる。
側にいたくないなら側にいるし。
会話もしたくないと言うのなら毎日会話させてやる。
どうだ、これで相当に懲りただろう。
今なら勝負自体を無しにしてやってもいい。
それで終わりでも全然構わないからな。
「……分かった、坂月君がそうしたいのなら、そうする」
ふふふ、顔を真っ赤にしながら返事をしているな? よほど怒髪天みたいだな。
昔から姫花は怒ると顔を真っ赤にして怒るからな、昔と変わらないよ、ホント。
次の期末テストの時にはどんなお願いにするか、今から楽しみだ。
中間テスト以降、姫花は約束通り、一日のどこかの休憩時間を僕と過ごした。
五分休憩だったり、十分休憩の時だったり。
昼休憩に来ることはなかった、やっぱり昼まで一緒は辛いんだろうな。
とはいえ、五分の休憩でも姫花と一緒にいるのは、以外にも僕の方が辛かった。
何を会話していいのか分からない、もっぱら喋るのは姫花の方ばかり。
「坂月君って、聞き上手だよね」
相槌しか打ってないからね。
どうにかして得意気に語る姫花の鼻をへし折りたかった。
そうこうしている内に、一学期の期末試験がやってくる。
「また、全科目満点」
負ける気はしない。
勝ちを譲る気も微塵もない。
「じゃあ、お願いごとだけど」
会話をしてくる時に、姫花が話しかけづらい空気にしてしまえばいいんだ。
ならば、わざわざ中学の時に変えてきた部分、そこを突けばいい。
「会話の時、僕のことを名前で呼んで」
「……え、う、うん、分かった。……康太、君」
まただ、顔を真っ赤にしながら視線を逸らして。よほど恥ずかしいんだろうね。
いずれは怒りに変わる感情だ、下の名前で呼ぶなんて親しい間柄に決まってる。
僕と親しくなるなんて、屈辱以外の何ものでもないからな。
でもこのお願いは、僕自身が後悔する事になった。
「さっきの授業なんだけど、康太君、分かった?」
「康太君、この動画面白いから、一緒に見よ」
「お菓子持ってきちゃったんだ、康太君も食べる?」
名前で呼ばれるの、滅茶苦茶恥ずかしい。
しかも前の約束もまだずっと生きてるとか。
毎日どこかの休憩時間で「康太君」って呼ばれるとか、羞恥心で死ねる。
「明日から夏休みだね、康太君は何か予定あるの?」
ある訳ない、精々家で勉強してテレビ見てネット見てゲームして寝るくらいだ。
「勉強するんだ……流石だね。ねぇ、一緒に勉強会とかしてみない?」
断れるはずがないんだ。
姫花は僕がいいよって言うと、やった! って笑顔になる。
僕のことが嫌いなんじゃなかったのか?
もしかして、姫花は僕のことが…………いいや、ないな。
大嫌いって言われてるんだ、そう簡単に変わるはずがない。
夏休みに入って姫花と約束した日。
その日、姫花は男と一緒にやってきたんだ。
一瞬でもそういう感情があるんじゃないのかって期待した僕が馬鹿だった。
ある訳ない、だって僕は低身長のガリ勉、人に好かれる要素なんてどこにもない。
対して姫花は、立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花って言葉のまま。
所作の全てが美しくて、綺麗で、非の打ち所がなくて、可愛くて。
人に好かれるのは分かるし、男がいるのにも、なんか納得出来てしまうんだ。
でも。
「あ、康太君!」
そのままいなくなるのは、もっと悔しいから。
負けを認めているけど、それでも負けるのは悔しい。
見知らぬ男……いや、違うぞ、この男どこかで見た事ある。
「さっきね、偶然一緒になったんだ。同じクラスの……えっと」
名前すら覚えて貰えてないくせに、姫花と一緒に歩くとか。ちょっと笑える。
すぐにいなくなった男に乙! と心で叫び、二人で図書館へと向かった。
図書館の自習室を借りての勉強会なんだ、会話なんてないに等しい。
木製の衝立で遮られた机で、黙々と勉強する。
……これって、家で勉強するのと何が違うんだ?
「家で勉強するのと、あまり変わらなかったね」
全く同じ感想を抱いていたようで、思わず笑いそうになった。
「あーあ、康太君の勉強を盗もうと思ったのにな」
それが目的だったのか、やっぱり油断も隙もないな。
チラチラと覗いてきている様な気がしてたんだ。
夏休みの間、暇さえあれば僕達は図書館で勉強会を開いた。
歴史が苦手なんだと言う姫花に覚え方を教えてあげたり。
英会話が苦手だって言うから、英語だけで会話してあげたり。
結果として、僕は勉強方法をほとんど盗まれたようなものだ。
でも、夏休みを姫花と過ごせて良かったと思う自分がいる。
ちょろいな、僕は。
二学期の中間も僕が勝利を収めた。
だけどこの時、僕は初めて一問だけレ点を貰ってしまった。
姫花も同じ場所を間違え、さらに追加で歴史の設問を一か所。
危なかった。
引き分け、ないしは勝ちを譲る羽目になるとこだった。
僕が負けた瞬間にこの関係は終わりを迎えるのだから、もっと頑張らないと。
……この関係が終わったって、別にいいんじゃないのか?
そんな考えが、ふっと頭の中をよぎる。
――大嫌いなので、近寄らないでもらえますか――
あの時の言葉は、いまだに夢の中に出てくる程に、僕のトラウマになっている。
負けた瞬間に、姫花は僕との約束の全てを帳消しにしてしまうんだ。
同じ言葉をクラス内で言うのかもしれない、また同じことを。
「また負けちゃったか……」
勝負に負けた姫花は、とても残念そうな顔をする。
その顔を見て、僕はもう、姫花をイジメるのは止めようと思った。
勝負に勝って、僕との接点をゼロにするつもりなのだろう。
今回だって危なかったんだ、いつかは僕が負ける時だって来るかもしれない。
いや、違う、ワザと負けてしまえばいいんだ。
卑怯な僕は、姫花から離れることだって自分から出来やしない。
「消しゴム忘れたら、貸して欲しい」
「……え? そんなのでいいの?」
僕との勝負を止めにして、金輪際僕に構わないでくれ。
そう言えたらどれほど良かったのか。
文化祭、僕の役割はクラス演劇の舞台装置。
対して姫花はヒロイン、いつかの時に図書館にいたあの男と恋人役を演じていた。
ぎゅっと拳を握り締めて、それを陰から見守り続ける。
演技に見えなかった。
とってもお似合いだと思った。
文化祭のどこに行っても姫花は人気者で、僕に声を掛ける人なんか誰もいなくて。
ふと、気付いてしまったんだ。
姫花が声を掛けて来なかったら、僕の高校生活は完全にぼっちなんだって。
寒空と共にやってくる二学期の期末テスト。
僕は初めて、自ら空欄を何か所か作った。
「……私が勝ったの?」
総合点数が書かれた紙だけ見せて、無言で頷く。
これで終わりなんだと思うと、ようやく安心できる。
精神すり減らす戦いは、結構メンタルに堪えるんだ。
「……ウソ、答案用紙見せて」
「別に、見せる必要なんかない」
「じゃあ勝負に勝った権限を使う。見せなさい」
そんな方法あるのかよ。
勝った方の言うことを聞く。
これまで姫花はそうして来たんだ、僕がしない訳にはいかない。
「この空欄、ワザとでしょ」
「……ワザとじゃないよ」
「ウソ、夏休み一緒に勉強してたんだら、私には分かるし」
しばらくの沈黙のあと、姫花は僕の答案用紙を机に叩きつける。
「ワザと負けて嬉しい? 私が負け続けてるからって、急に同情しないでよ!」
「……ごめん」
「二度とこんなことしないで。本気で勝負して、本気で勝たないと意味ないから」
涙目になりながら、姫花は僕にそう言い放った。
何が目的なんだろう……僕には姫花が何をしたいのか、もう理解できずにいた。
一年三学期の中間テスト。
本気で挑み、本気で勝負して、本気で負けた。
「……これは、本気?」
「本気だったよ、でも、僕だって満点ばかりじゃいられなかった」
姫花が満点、僕が一問間違えの接戦であるには違いない。
完全に油断した誤答は、クラスでも正答したのは姫花だけだったんだ。
それ程までの難問ですら、姫花は解いてしまう。
熱意の差かな。
それまでの僕とは違い、姫花を負かそうっていう熱がもう、僕にはなかったから。
穴が開く程に答案用紙を見た後、姫花は軽いため息と共に満足そうな顔をする。
積年の恨み、ここに晴らさんって感じだ。
「……」
さて、これで僕との勝負ごとも終わりだ。
完全に実力差で負けてしまったのだから、悔しいけどどうにも出来ない。
思い浮かぶのは言い訳の言葉ばかりで、思い浮かんでは自分で否定する。
自問自答の嵐、初の黒星はあの宣言並みに結構メンタルやられた。
「じゃあ、私からのお願いなんだけど」
ついに来るか。
待ち望んでいた姫花の願いでもある。
前回のは答案用紙を見せるだけだったけど、今回はそうはいかない。
何を言われても受け入れよう。
それが姫花の願いならば。
「……私と、恋人になって、もらうからね」
ほらね、やっぱりそうだ。
姫花は僕のことが嫌い……………………ん?
「……え、いま、なんて」
姫花は顔を真っ赤にしながら、僕を見る。
「だから、私と恋人……あー! やっぱヤメ! 毎週一回私とお昼を食べろ!」
「え? え? え?」
「もう! なんで私から言わないといけないの! この鈍感男! 本当に嫌いになるよ!?」
また嫌いになるって言った。
でも、今回のは痛くない。
痛くないどころか、とっても温かくて、なんかもう。
泣ける。
「ふん、勝負に負けて泣くほど悔しいんだ」
「……そう、かもね」
「そうなんだ。やっぱり私のことなんか嫌いなんだね」
そんな訳ないだろって言いかけて、姫花のこれまでの言葉の真意に、僕は気付く。
全部、裏返しの意味だったのか。
中学の時のあの言葉も、僕が殴られてるのを知っていたから。
「とにかく、明日のお昼、お弁当食べてもらうからね」
腕組みしてどこか見下ろしながら語る姫花は、やっぱり頬を赤く染めていて。
こちらとしても大歓迎だと言葉を返し、僕達は日常へと戻る。
互いに嘘みたいに顔を真っ赤にしてたから、一秒も互いの顔を見ないまま。
翌日。
「……どうだった?」
「人参の茹でが足らない、金平ごぼうの味付けが濃い。ご飯の量も多い。八十点」
「八十点⁉ 『美味しい、百点だよ』って言うのが普通なんじゃないの!?」
「ワザと百点とか言われて、姫花は嬉しいんだ?」
「ぐっ……分かったわよ! 人参の茹でに味付けと量ね! じゃあ今度、康太君の家に行ってお母さんからアンタの家の味を教えて貰うから!」
え、家に来るの。
「ふふん、完全に康太君好みの味にしてあげるから、覚悟することね」
願ったり叶ったりですが。
だがその前に、僕もやられてばかりじゃ癪にさわるんでね。
「え、なにこのお弁当箱」
「姫花の分、作ってもらってばかりじゃ申し訳ないから」
「……この白米って」
「オートミールをちねった」
「ちねり米ッ……!」
「ハンバーグはおからと豆腐を捏ねたし、野菜もモリモリ。姫花最近全然食べてないでしょ? お昼の時とか残してるの知ってるし。姫花痩せすぎだから、沢山食べた方がいいと思ってね。とはいえヘルシーだから、そんなには太らないと思うけど」
ぶっちゃけめちゃくちゃ時間かかった。
でも、姫花に負けたくない……っていうか、喜ぶかと思うと、全然苦じゃない。
「なにこれ美味しい。……あ、ヤダ、ウソウソ、美味しくなんてないんだから!」
「料理でも、僕の勝ちかな」
「~~~~ッッッ!!! やっぱり、やっぱり康太君なんて大っ嫌い!」
その言葉を聞くと、最近だと安心するようになってしまった。
でも、その本音は知られないようにしておこう。
裏返しの方が、きっと気づけた時に幸せが倍増してくれるから。
「次は絶対に負けないんだからね!」
どこが笑みを綻ばせながら、そう言い続ける姫花はやっぱり可愛くて。
いつから好きだったのか思い出せないくらいには、僕も姫花の事が好きだ。
「本当に美味しいな……うぅ、悔しい」
面と向かって言える日がいつになるのか分からないけど。
その日が来たら、僕は素直に伝えてしまおう。
きっと姫花のことだから、簡単には受け入れてくれないんだろうけどね。
大嫌いなので、近寄らないでもらえますか。 書峰颯@『幼馴染』12月25日3巻発売! @sokin
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