第17話 お祭り(後編)

「こりゃやべぇ! 美味いなんてもんじゃねぇ!」


「あつっ! アフッ! アフッ!」


「このクリーム煮とやらも美味いぞ! 鶏肉がホロホロで、一緒に入ってるキノコと一緒に食べると脳みそがとろける美味さだ!」


 祭りは大いに盛り上がった。

 広場に置かれた大きなテーブルに皆が集まり、山盛りになった唐揚げをつまんでいく。

 酒はもちろんキンキンに冷えたビールだ。

 ありったけの缶ビールを取り寄せた。


「ぷはぁ! 料理も美味いけど、この冷たいエールがたまらねぇ。疲れが吹き飛んでいくよ」


「しかも、この唐揚げって食べ物によく合うな!」


 当然だ。村人達の声を聴きながら、僕は鼻を鳴らした。

 唐揚げを食べて、口の中に残った油をキンキンに冷えたビールで胃の中に流し込む。

 最高の組み合わせだ。


「………」


 いかん。想像したらよだれが止まらなくなった。

 まだ料理の途中だと言うのに。

 じゅわじゅわと音を立てる唐揚げをつまみだしながら、僕は雑念を払うべく、首をぶんぶんと横に振った。


「んー! 美味しい! 白いワインだなんて、一生飲めないと思っていたわ……」

 

「赤いワインは飲んだことあるけど、こっちは甘くて渋みも全然ないね」


 村の女性陣には鶏のクリーム煮と白ワインが人気だった。

 白ワインの酸味と、クリーム煮の甘味が調和し、お互いに味が引き立つようになっている。

 ワインも決して高いものではないのだが、この世界では白ワインは赤ワインよりも高級品らしい。飲むのも初めてという人が多かった。


「んっめぇーーーー! 兄貴! おかわりくれ!」

 

 口元を油まみれにしたフエルが、唐揚げのおかわりを所望してきた。

 獣人族は酒も飲むようだが、どちらかと言えば唐揚げが気に入ったらしい。彼らのテーブルには山盛りの唐揚げがあったのだが、もう空になってしまったようだ。


「もうすぐ揚げ終わるから、待ってて」


「わかった! まだかなー。まだかなー」

 

 フエルは尻尾をぶんぶんと振りながら、唐揚げが揚がるのを待っていた。


「フエルくん。待ってる間、これでも飲んでてください」


 僕の横で手伝ってくれていたアティナが、コンソメスープをよそい、フエルに飲ませた。

 フエルはすんすんと匂いを嗅ぎ、ぱぁと目を見開くと、一気にそれを飲み干した。


「ぷはぁ! なんだこれ! ただの汁なのに、肉みてぇにうめぇ!」


「鳥の骨の旨味だね。骨を煮込むと、旨味が出るんだよ」


「骨の旨味か! わかるわかる! 骨、かじると美味いんだよなぁ」


 いや、僕達は骨はかじらないから、わからないや。

 はは……完全に犬だな。

 いや、狼か。


「ほい。唐揚げ第二弾おまち。持っていって」


「おぉ! いっただきまーす!」


 フエルは唐揚げの山を持つと、獣人族が集まったテーブルに一目散にかけていった。そしてすぐに、「あちちち!」と悶絶する声が聞こえてきた。


「揚げたてだから気を付けてって言い忘れたな……」


「はは……。獣人族は皆、猫舌ですからね……」


 僕とアティナは顔を見合わせて、苦笑いを浮かべた。


 

 宴が進むにつれ、皆、良い感じに酔っ払い始めた。

 歌う者、踊る者、酔いつぶれる者、様々だったが、皆同じなのが満足した顔をしているというところだ。


「うおおおおおん!」


「!?」


 ダミアンさんが号泣しながら、こちらへと千鳥足で歩いてきた。


「シノノメさん! あんたは神様だ! 俺達にこんな美味いもんたらふく食わせてくれて……うぉお……」

 

 かなり酔っぱらっているらしい。どうやら泣き上戸タイプのようだ。


「毎朝祈ったらいいのかい? 俺、ずっと無宗教だったから、わからなくてよぉ……」

 

「いや、僕はそんな大層なものじゃないですよ」


 僕が困っていると、彼の息子のハンスが慌てて迎えに来た。


「すみません。父ちゃん、お酒飲むと泣きやすくなるんです」


 ハンスは申し訳なさそうに僕に頭を下げると、ダミアンさんの肩をポンと叩いた。


「まったく、父ちゃん。シノノメさんのお願い忘れちゃったの?」


 そう。僕は村人に一つだけお願いをしている。


 それは僕を神格化したり、あがめたりせず、ただの人間として扱って欲しいというものだ。


 彼らにとって、僕は救世主のように見えるかもしれない。だが、僕はたまたま、この能力を与えられただけにすぎない。

 僕に出来るのは美味しい料理を作る事だけだ。それ以外は、普通の人間。いや、この世界では普通以下の人間だ。

 だから、一人の人間として扱ってほしい。そちらのほうが気楽なのだ。


「ぐすっ……。そうだったな。でも本当にありがとうよぉ。それを伝えたくてよぉ」


「いえいえ、どういたしまして」


「なにかあったら、俺達を頼ってくれよぉ。役に立てるかわからねぇけどよぉ……」


 そう言って、ダミアンさん達は戻っていった。



「ふぅ。皆もう満腹そうだし、この唐揚げで最後にしようか?」


「そうですね。あとは私がやりますから、シノノメさんも楽しんできたらどうですか?」


「そう? それじゃあ、お言葉に甘えて」


 僕は持ち場をアティナに任せ、村の端に置いてあった木材に腰を下ろし、一息をついた。

 料理をつまみながら、ビールを飲む。


「ぷはぁ。美味しいや」


 たまに晩酌をする程度の僕だったが、1カ月ぶりのお酒は格別だった。


 そして、酒の肴は自分の料理だけじゃない。

 歌い、踊り、皆が笑顔で僕の料理を食べている。その光景が最高のつまみになる。


「シノノメさん。そんなところにいないで、こちらに来たらどうです?」


「ほっほっほっ。この祭りの主役は貴方ですぞい。一緒に飲み語りましょうぞ」


 ちびちびと酒を飲んでいると、それに気づいたオルマルさんとロウボさんがこちらへと歩いてきた。

 二人ともかなり酔っているようだ。顔が赤い。


「はは。少しだけですよ?」


 筋肉質な2人の男に挟まれた僕は苦笑いを浮かべながら、彼らの輪の中へ歩いて行ったのだった。

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異世界コックさん 食材スキルと料理の腕だけで成り上がり 苺バナナ @nakahiroakia

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