第16話 お祭り(前編)
「祭りなんて何年ぶりだろうな……」
夕方。村の広場に机や椅子などを運び出す村人達を眺めながら、オルマルさんは昔を懐かしむような表情をしていた。
祭りと言っても、ささやかなものだ。
皆で集まり、飲んで、食べて、踊って、話をする。
しかし、それが皆、楽しみなようだった。老若男女、皆がウキウキとした表情で準備を進めている。
「そういえば、ドーラという領主は、どのあたりに住んでいるんですか?」
僕はオルマルさんに訊ねた。
もし、このお祭りでドーラに見つかったりしたら、とんでもない事になる。
ハーフエルフであるアティナやメティス、そして獣人族の人々は、ドーラの捕獲対象だ。
「あぁ、ドーラの屋敷はここから徒歩で5日はかかる場所だ」
「結構遠いんですね」
しかし、遠いという事は、それだけの広範囲の領土を持つだけの権力者であるという事でもある。
「安心していい。たまにこの村に視察に来ることがあるんだが、この時期は大丈夫だ。暑いからな」
「暑いから?」
「ドーラは死体を操る。その際、死体が腐らないように氷結魔法で温度を下げているんだ。夏場は魔力消費が激しくなるから、あまり外には出ないそうだ」
「でも、ドーラではなく、その家来が来たりしたら……」
「ドーラは死体以外の家来を持たない。人間を信用していない奴でな。だから今は大丈夫だ。ただ、夏が終わる前には、上手くシノノメさんや獣人族の皆、あとは食料を隠さないとな」
そう言ってオルマルさんは苦笑いを浮かべた。
お祭り会場の準備は着々と進んだ。
あとは料理の用意だけだ。
もちろん、担当は僕である。
いや、僕だけじゃない。
「それじゃあ、始めるよ。アティナ」
「はい!」
僕の横で、コックスーツを着用したアティナが、腕まくりをする。
先日、僕は彼女に女性用のコックスーツを取り寄せ、プレゼントした。
彼女は大喜びし、料理をする時は必ず着るようになった。
このお祭りは、鶏舎の完成祝い。だから今回のメインは鶏肉だ。
気合を入れて作ろう。僕はエプロンの帯をきゅっと締めなおした。
「シノノメさん。料理で使う鶏、さばき終えたよ」
「ありがとうございます。完璧ですね」
生きている鶏をさばくのは、僕よりも獣人族の人達のほうが上手だったので、捌き方の指示だけして、あとはやって貰った。
むね肉、もも肉、手羽先、鶏ガラの4つの部位に分けられた肉が、山盛に置かれた。30人前はありそうだ。
「それで、今日は何を作るんだい?」
村人達は興味深そうに僕達の料理を見に来た。
「今日作るのは、唐揚げ、胸肉のクリーム煮、鶏ガラスープの3品です」
素材を余すことなく使う為に考えたレシピだ。
もも肉は唐揚げに、胸肉はクリーム煮に、鶏ガラと手羽先は鶏ガラスープに使うつもりだ。
「シノノメさん! 茹でた鶏がらの水洗いと血落とし終わりました」
「ありがとう。じゃあ、長ねぎの青い部分、生姜、ニンニク、お酒を一緒に入れて、再度煮込んでくれる?」
「わかりました! 沸騰するまで強火、その後は弱火で灰汁を取っていけばいいでしょうか?」
「う、うん。それでバッチリだよ」
それにしても、アティナの調理技術の上達は目を見張るものがあった。
メティスが僕の世界の知識の呑み込みが早いのと同じように、彼女は僕の世界の料理技術の習得がとても早かった。
料理の世界に飛び込んで14年。色んな料理人を見てきたが、まれに天才と呼べる人がいる。
理論を覚える前に、直感で最善手を選ぶことが出来る人の事である。
天性の料理センス。そう呼べるものが彼女にもあった。
「おぉ、良い匂いがしてきたな」
「もうすぐか!? もうすぐなのか!?」
クリーム煮の完成が近づいてきた頃、村人達が総出で鍋の周りに集まってきた。
鶏肉の肉汁の香りに釣られたのだろう。
「もう少しです。あとは生クリームを入れて、少しの間、煮ます」
獣人族の人達は、尻尾をブンブンと振りながら、空中に漂う匂いを堪能していた。
クリーム煮を煮ている間に、僕は最後の唐揚げに取り掛かる。
ジュワァ
下味をつけた鶏肉に小麦粉と片栗粉をまぶし、大量の油の中に投下。
パチパチと油の飛び散る音に、村人達の中から「おぉ……」と驚きの声が出た。獣人族の人々は毛が逆立っている。
こちらの世界では揚げるという調理法自体はあるそうなのだが、高級品である油を大量に使う事になるため、庶民には馴染みのない調理法だそうだ。
ジュワッジュワッ
次々と鶏肉を放り込み、火が通ったものを一度取り出した後、僕はもう一つ用意しておいた隣の鍋に、投入する。
こちらにはさらに火力の高めた油が敷かれている。
二度揚げだ。温度差のある油で二度揚げる事により、中をしっとり、衣をカリカリにする。
「こ、これはなんていう料理なんだい?」
「唐揚げです。僕の国の、子供も大人も大好きな一番人気の鶏肉料理です」
そして、唐揚げときたら、コレだろう。
僕はスキルを使い、キンキンに冷えた缶ビールと紙パックのリンゴジュースを取り寄せた。
大人は缶ビールを、子供にはリンゴジュースを配る。
「さて、お祭りをはじめましょうか」
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