記憶を失くした雷 3
帆尊歩
第1話 創作
「書いてきたか」
「ああ、今回は傑作だぞ」
「お前の傑作だぞは、聞き飽きた。見せてみろ」
「ほら」
「何だ汚い字だな、こんなんじゃ新人賞に出しても、字の汚さで落とされるぞ」
「まあ読んでみろよ」
「ああ、確かに面白い。いけるかもしれないな。これからどうする」
「どうするかな。一応文芸部としての会誌に載せてもらおうかな」
「いや、先輩たちがなんて言うか」
「何を偉そうに、所詮大学の文芸部の会報だろ」
「いや先輩たちは、結構マジで書いているからな。これからは作家の時代だ。長く創作活動はAIに奪われていた」
「本当だよな。イラストも、音楽も、映像もそして文芸、時に俺たちのように小説を書いている人間も」
「ああ、あの「神の雷」で全世界のAIとネットが消失したおかげで、また俺たちの出番だ」
「そうだな」
「そいう言えば。戸山先輩出版社に持ち込みしたみたいだぞ」
「どうだったんだろうな」
「感触はよかったらしい。でも出版社も大変らしい。何せ本を出さなくなって久しいからな。紙の確保、印刷の段取り、製本の会社探し、何より本を売る場所。だから思うように本が出せなくて作家が余っているらしい」
「俺聞いたことがある。まだインターネットという通信が世界を覆っていた頃は。小説や、漫画を投稿するサイトがあって、自由にそういう所に載せることが出来たらしい」
「それは良いな。書いたら、どんどん公開出来るってことか」
「そう」
「今は出版社に持ち込むか。新人賞に応募するかしかないからな。それで編集者の目に止まらなければ本にならないし、ならなければ人の目に触れることもない。良い時代だったと言えるのかな」
「でもその時代は、AIが小説を書いていて、人間の作家はいなかったって聞くぜ」
「そうか、それはそれで大変か」
「あっ戸山先輩。おはようございます」
「おお」
「戸山先輩。こいつから聞きました。持ち込みしたんですよね」
「ああ、持って行った」
「どうでした」
「いや、ぜんぜん。新人賞の募集をしているから、そっちに出してくれってさ」
「ああやっぱりそう来ましたか」
「あの、「神の雷」でAIの基本となる膨大な蓄積データーが消えて、人類が壮大な記憶喪失に陥ったことは、AIに奪われた創作活動が戻ってきたと言うことだけれど、でも厳しいよな」
「そういえば先輩。AIが書いていない小説って読んだことありますか」
「そういえばないな。勉強のために読んで見た方が良いな。とはいえ、どこにある」
「そうですよね。生まれてから読んだ物は小説も、漫画も動画も、絵も、みんなモニター画面の中でしたからね、今だってネットが消滅したから、端末本体に保存されているものしか読めませんからね」
「おまえら。図書館て知っているか」
「なんですかそれ」
「昔は本ばかりだったんだ。教科書も漫画も小説も、写真集も画集も」
「それじゃあ、かさばりますね」
「そうなんだ。でそれらを所蔵していたのが図書館なんだ」
「へー」
「うちの大学にもあったんだ。見てみたくないか」
「えっ本がたくさんあるんですか?」
「そうだよたくさんあるんだ」
「見てみたいな」
「じゃあ行くか?」
「今からですか」
「ああ」
「すごい。これが図書館ですか」
「なあ、すごいだろう」
「昔はこういう本でコンテンツを管理していたということですか」
「そういうことだ」
「あの上のほうの本はどうやって取るんですか」
「はしごがあるんだよ」
「へー。いったい何冊あるんですか」
「ここで、十万冊っていっていたな」
「ええ。凄いな」
「凄いだろう。良いか、俺たちは、これからこの本と言う物を作って行くんだ。
そして、この重くてかさばる物を買ってもらうんだ」
「なんか、知識と、重責に押しつぶされそうですね」
「ちょっと一冊見ても良いですか」
「あっ、ちょっと待て」
「えっ」
「あっ、危ない」
「ああー、」
「だから言わんこっちゃない」
「なんで崩れて来るんですか。早くどけてくださいよ。重い」
「もう古くて。誰も手に取らないから、隣の本と本が張り付いているんだ。だから一冊引き抜こうとすると、連動して崩れてくるんだよ」
「早く言ってくださいよ」
「しかし本当に本に押しつぶされるとはな。知識と重責ではなく、物理的に本に押しつぶされるとはな。びっくりだよ」
「笑い事じゃないですよ」
「でもこれで分かったよ。お前と本は相性が良いんだ。これからが楽しみだ」
「好きに言っていてくださいよ」
「ほら、手を貸してやるから」
「ああーいて。なんで俺にまで本が落ちてくるんだよ」
「先輩も本に愛されているんじゃないですか」
記憶を失くした雷 3 帆尊歩 @hosonayumu
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