帰って来た御題拝借! ~夢のつづき~

シンカー・ワン

意気揚々

『深夜にうなされて目が覚める。とても怖い夢を見た。首筋にまとわりつく汗を手でぬぐう。恐ろしい夢だったのだが、目が覚めてみるとその内容を思い出せなかった』

 

 少年らしさの残る愛想の良さそうな童顔が、ホワイトボードにマーカーでそんな言葉を書き記す。

 愛想良しは振り返って、その場――県立大道おおみち工業高等学校・映像文化研究部々室――に居る面々を見渡し、

「さーてさて、本日の活動だけど、この一文からどんな物語が思い浮かぶかだよー」

 面白くなることを期待した顔で言い放って、自分の席に就く。

 言葉を受けたのは四人の男たち。

 テンションの低そうな仏頂面、逆に妙にテンションの高いメガネ、散切り頭に都市迷彩のバンダナを巻いた偉丈夫、場に似つかわしくない美男子ハンサム

 なかなかに癖の強そうな面子である。

「つまりいつもの連想ゲーム、大喜利ってわけね。ようがす」

 メガネが玩具を与えられた子供のような、実に楽しげな表情を浮かべ言う。

 その顔を見、この先の展開がどうなるのかを想像したのだろう、同じくらい楽しそうな顔をする愛想良し。

「よし、閃いた!」

 口火を切るのはメガネ。まぁいつものことだが。

「――その内容を思い出せなかった。思い出せないのならそれでいいと、男は仕事へと向かった。会社の正面に立ち、社屋を見上げてつぶやく、今日も一日がんばるぞい!」

 もちろん例の可愛い娘ポーズ付きで言い切る。

「話が終わった―っ!」

 メガネ以外が一斉に突っ込んで、間。それから一同大笑い。

「まぁ、定番ならホラー系統へ流すんだろうけど」

「そんな誰でも思いつくようなネタは、ね?」

 苦笑しつつ言う偉丈夫にハンサムの辛らつな一言。

「いかにもな文章にいかにもな展開を持って行くのは正しい、が」

 仏頂面が言えば、

「それだけじゃつまらないよね?」

 愛想良しが続く。

「見せてやろうぜ、人だけが持つ、無限の可能性ってやつをっ!」

 どこから持ち出したのか、前面に "FATAL FURY" のロゴ入りメタルプレートを飾った帽子ベースボールキャップを被ったメガネが大張オーバリズムな見得を切る。バーンナッコーッ! 

「では二番手、行かせてもらうね。――その内容を思い出せなかった。今すぐ眠ればまた見れるかもと二度寝を敢行、今度はオイルを塗りたくったマッチョたちに押し競饅頭されるという別の意味で恐ろしい夢を見ることになった男である」

 しれっとハンサム。

「そ、そいつは確かに恐ろしい……」

 ゴクリと喉を鳴らし、滝のように流れる汗をぬぐうメガネ。

 どこからかボディビル大会独特の声援が聞こえてくるようだ。キレてるよ~キレてるよ~ナ~イスバルク! お願いマッソー!

「じゃ便乗して。――その内容を思い出せなかった。まだ夜が明けるまで時間があると再び寝入る。すると汗とは違う何かが首筋にまとわりついてくる感覚が襲う。恐る恐る触れてみればそれは細く柔らかな女の腕。しなだれかる極上の美女を抱きしめ、こんな夢ならいつでもウエルカムだなと思う男であった」

 どやぁ、と愛想良し。

 サムズアップするメガネ、拍手を送るハンサム。偉丈夫は「そりゃ別の意味で悪夢だな」と苦笑い。

「なら正統派ホラーで……」

 愛想良しのネタに感心していた仏頂面が切り出す。

「――その内容を思い出せなかった。なんにしても嫌な気分だ、乾いたのどを潤そうとベッドを離れ台所へ向かう。途中で何かに躓く。それが昨夜解体した男の腕だったことに気づくと拾い上げそのまま台所へ。ムッとするような血臭に迎えられる。台所のあちこちに切り刻まれた人体の残骸が散らばり、床は生乾きの血にまみれている。持っていた腕を無造作に放り、冷蔵庫を開ける。ビニール袋に入った人の臓器らしきものが詰め込められていたが動じるそぶりもない。ドアポケットに入れていたペットボトル飲料を飲みながら、夜が明けたら台所をきれいにしないとなぁと思う男であった」

 淡々と語り終えると他の面子が「無いわ~」とばかりに退いている。

「大したことないだろ?」と仏頂面が視線で問いかけるが、皆首を横に振るばかり。

 皆の反応に首をひねる仏頂面に、そういうサイコな真似止めてと目で訴える愛想良し。

「――え、えぇい、流れ変えて、流れ」

 ほらエンターテインメント、エンターテインメントとメガネが偉丈夫を急かす。

「俺か? 仕方ねぇなぁ……んんっ、――その内容を思い出せなかった。主人公は体を起こし傍らのコンソールに声をかける。AIの合成音声が何用かと尋ねると体調チェックを頼む主人公。寝台周りの各種センサーの動作音、少しの間を置いて動悸が少し早い以外特に異常は見られないとAI。続けて睡眠薬を処方しましょうかと問いかけてくる。その気遣いをやんわりと断って主人公は改めて眠ろうとする。恒星間移民船の当直として起きている人間は自分ひとり、他の人間たちはみなコールドスリープに入っている。当直が代わるまであと二年、孤独があんな夢を見させているのだと、自分を納得させる主人公だった。――こんなもんでどうだ?」

 張りのある低音での語りが終わると、他のメンバーが一斉にサムズアップで答える。

「SFかぁ……サイレントランニングっぽい?」

 感心しつつ愛想良しが言えば、

「あー、そんな感じだな」

 既存作品の影響下にあることを隠さず偉丈夫。

 物語が生まれて幾星霜、完全オリジナルなど現状無きに等しい。あるのは施されたアレンジとほんの少しの独自性だけだ。

「人間ひとり、それと会話するAIとなると、HAL九〇〇〇を連想せずにはいられないね」

 さらりと、ハンサム。となると音声は金内吉男さんで決まりだねと愛想良し。

「密室空間といえる宇宙船、そこへ未知の危険な生物が入り込んでいて――」

「だーかーらー、どうして血と内臓な方向へ持って行こうとすんのよ、あんたって人はーっ?」

 宇宙ではあなたの悲鳴は誰にも聞こえない路線を持ち出してくる仏頂面に、勘弁してくれよと突っ込むメガネ。

 ワイワイぎゃあぎゃあとやり合う仲間たちを見て、愉しげな笑みを浮かべ愛想良しが言う。

「今のとこ出てきたのは日常お仕事系、筋肉系、成人指定系、ホラー系、SF系。これだけとは言わないよね、まだまだ他ジャンル出せるよね?」 

 そのどこか挑戦的な物言いに、残りの面子は不敵に笑い、

「勿論!」

 と返す。

 お楽しみは、まだまだこれからだ。

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