第4話

「君達、助けてくれて本当にありがとう」


「いやはや、早速護衛が役に立ってくれてすごく嬉しいよ」


 ハイディガーとオーリエ伯爵は、襲撃された翌日の朝食で護衛一行に対して感謝の言葉を述べていた。

 あやめは、ハイディガーのその変貌ぶりに感心する。


「いえいえ、これが仕事ですから、お役に立てて光栄です」


 愛想純度100%の笑顔で対応する。

 

「これでハイディガー様にも私達を信用して頂けたと思いますので、非常時には私の指示に従って頂ければと思います。ええ、今回のように」


 ”ニッコリ”笑みを作ってハイディガーに意識を向ける。

 それに対応するかのように、ハイディガーも”ニコリ”と甘いマスクを被った。


「あやめさんの指揮は素晴らしいモノでした。あやめさんの


「そうかそうか、それは良かった!あやめ君、ハイディガーさんを頼むよ」


 あやめとハイディガーとの間に生じる瘴気に全く気付かないオーリエ伯爵は、満足した顔で朝食後のフルーツを食べている。


「はい、それでは早速なのですが朝食後、ハイディガー様には御自室で待機して頂きますようお願いいたします」


「おお、それは急だな、あやめ君。魔獣もさすがに真昼間からは襲ってはこんだろうに」


「今、ヘルツとバーナムが周辺を警備しております。周辺の安全を再度確認できればお散歩程度は出来ると思います」


「そうか、それはどれ位かかるんだ」


「そうですね…」


 あやめはワザとらしく間を開け、きっぱりと答えた。


「広大な敷地ですので、2日はかかると思います」


「それでは出立まで外に出られないではないか!」


「ええ、そうなります。ハイディガー様には出立の時まで大人しくして頂きますよう、ご協力お願いします」


 オーリエ伯爵が低く唸る。

 それに対し、ハイディガーが間に入った。

 

「オーリエ伯爵、お気遣いありがとうございます。私は大丈夫ですよ。あやめさんも私を事を思っての事ですので従わせて頂きます」


「ん~、そうか?せっかくだから案内したい所があったんだがな。ここから北にちょっと行った所に珍しい花が咲いておってな…」


「オーリエ伯爵。お話はまた昼食の時にでもお聞きします。私はあやめさんの言う通り、自室で待機させて頂きます。ご馳走さまでした」


 オーリエ伯爵の長話が始まる予兆を感じ取ったハイディガー、会話をぶつ切るように席を立った。


「では、オーリエ伯爵。食事はこの部屋で取りますので、その他に関してはご容赦願います」


「むぅ。しかたがないのう」


 オーリエ伯爵の言葉をしっかりと聞いた後、あやめとユナイトも席を立ち、廊下で待機していたガドーと合流してハイディガーの部屋へと戻って行った。


「で、あやめさん。私は出発までに何をしたらいいんだい。壺の模様ならもう全て覚えたよ」


 ハイディガーは、お気に入りのソファーに腰掛けながら、穏やかにあやめに問いかけた。


「それは素晴らしい心がけですね、私としてはその時間を私達に状況を分かり易く説明できるように要約した文章を考える時間に充てて欲しかったですが」


 あやめの棘のある言葉に、少しの沈黙が生じる。

 ハイディガーは一息つき、ソファーに深く埋まった体を起こしてその閉じた目をカーペットに落とす。


「まあ、そうツンケンするな。一羽、コーヒーを用意しろ。俺の護衛を一晩中行ったんだ。俺の退屈な話で眠らないようにな」


「はい、ハイディガー様」


 そう言うと、一羽は部屋を出て行く。

 ハイディガーが口火を切るように冷静に言葉を放つ。

 

「で、何から聞きたい。何でも答えるぜ、初恋でも何でもな」


「じゃあ、馴れ初めをお願いします」


 あやめの言葉に部屋が静寂に包まれる。

 結界の防音効果がいい仕事をしているようだ。

 あやめは自身が発した言葉に恥ずかしさを覚え、顔が耳まで赤く染まった。

 ハイディガーが深くため息を付く。


「お前…、どう見ても突っ込みキャラだよな。あまり無理すんなよ」


「や、優しくするのはやめて下さい」


 ハイディガーからの憐みの顔が痛い。

 背後からも嫌な視線を感じる。


「ン…、コホン。では、ハイディガー様を狙う敵について知っている事を教えてください」


 わざとらしく咳をして、誤魔化すように話を戻す。

 ハイディガーは、カーペットに視線を落としたまま語り始めた。


「俺を狙う敵については判明している。以前に襲撃された時に一人捕縛した事があったんだが、そいつの身体を調べた時に商業ギルド”バシリス”の紋章が確認された」


 あやめ達は、静かにハイディガーの言葉に耳を傾ける。


「その証拠を元に、俺は近くの大都市”ネビュラ”で”バシリス”を断罪に掛けようとしたんだが、肝心の証拠がいつの間にか消えてなくなっていてね」


 ハイディガーが体を起こし、おどける様に両手を広げて語る。


「その後が地獄だったよ。毎日のように刺客に襲われて、さすがの俺も頭に来ちゃってね」


 ハイディガーの言葉が少し言い淀む。


「初めて俺は、俺の力を人に対して行使した」


 あやめの喉が”ゴクリ”と音を鳴らす。


「君達、”バシリス”という商業ギルドの名前を聞いた事があるか?」


「いえ、聞いた事がありません」


 続いてハイディガーが問いかける。


「”ネビュラ”という大都市の名前を聞いた事があるか?」


 あやめは首を横に振って否定を口にする。


「そう言う事だ」


 ハイディガーは、目を閉じたその無表情な顔で呟く。

 しかし、あやめは彼に一歩踏み込んだ。


「ハイディガー様、明確な言葉でお話し頂きたいです」


 彼の目をじっと見つめる。

 ハイディガーの閉じた瞼の奥に潜むまなこで、あやめの体は支配されるような感覚に囚われた。

 しかし、あやめが一瞬硬直すると同時にその緊張が解かれ、ハイディガーが再び口を開いた。


「忘却だ…、私の力に飲まれたモノは人の記憶から消滅する。そして、その痕跡さえも無かった事になる。私だけがそれを覚えている…と思っていた」


 ハイディガーの言葉に、冷静を保つように少し多めに息を吸い込む。

 背後で身じろぐ音が微かに聞こえた。

 彼の言葉が切れたと思うと、一羽がコーヒーとティーカップをいくつか持って部屋に入ってきた。


「いい所に来た、一羽。今から話の佳境に入る。その前に、皆さんにコーヒーを飲んで頂きなさい」


「はい、ハイディガー様」


 一羽は、装飾が施された机と椅子をあやめ達の目の前に持ってくる。


「どうぞ、続きは座りながら」


 ハイディガーが、着席を促す。

 あやめ達はハイディガーの指示に従い、席に座ってコーヒーを啜る。


「他の2人はここに出席しなくてもいいのかい。あやめさん」


「はい、ヘルツさんとバーナムさんには必要な情報のみ伝えます」


「そうか、まあその方がいいかもしれない。そういう意味では君も後からあやめさんから聞いた方がいいんじゃないか」


 ハイディガーがユナイトに声を掛ける。

 その瞬間、ユナイトがもつティーカップが”ガチガチ”震え、か弱い声が漏れ出る。


「いえ、ユナイトさんは大丈夫です!お構いなく」


 あやめの力強い言葉に「そうかい」と一言呟くと、再度、顔をカーペットに落とした。


「じゃあ、再開するよ。俺を狙う組織の話を…」


 ハイディガーはワントーン落とした声で、己に降りかかる厄災の語りを再開した。

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