最終法典(下)

最終法典(下)



Act.6 <狂喜>



目覚まし時計の音で目を覚ました。今は初夏の日差しがまぶしい朝の6時、私は布団を片づけて食卓に向かう。キッチンでは母さんが朝ご飯を作っていた。


「おはよう。今日は少し暑いね。」

新聞を見つけて今日のニュースの一覧を眺める。とくに気になることはなかったため、テーブルに新聞を置いた。ただ、一行目に入った。



「小惑星が月に衝突か?」

昨夜、月の裏面にクレータができたことを伝えていた。私は少し口角が上がってしまった。なぜ、月の裏側について天文台が把握できたかは知らないが、私はその状況を見てきたことに少ない優越感を得ていた。そうそれは、



「私がやったんだよ」

私は軽く新聞を畳んで、ゆっくりと朝食をとった。



「ファントムA!軌道を外れている。回廊の上限値から出るな!」

統括者が何かを叫んでいる。最終法典は連邦の監視下にて行われているが、ファントムは誰にも指図は受けなくていい、自身が思うように戦えばいい。そう、それが最終法典に立つ者に与えられた自由だ。

月までの距離は約38万キロメートルだ。光速までは上がらないが、ファントムとなった私は約1分で到達可能となっている。私はファントムCを抱えたまま、月の軌道まで加速している。



「さあ、このまま月に沈めてやる」

私はファントムCを月めがけて、手を離した。計算通りファントムCは月に激突して光と消えた。完全攻撃型と化した私は何の武器も持たずに戦っている。唯一の武器は懐にある「光刀」だが、ほとんど抜いたことはない。手刀と高速移動で相手を叩きのめしている。今回も回廊からファントムCを抱えて、月に衝突させて撃破した。連邦の統括者は問題視しているが、私には関係のないことだ。



「勝てばいいのよ」

私はファントムBが待つ地球上の回廊へ戻っていった。回廊に戻ると私はもとの自分の姿となる。特に今回も問題なく、最終法典は終わった。軽いストレッチをして、階段を下っている。ファントムBから戻った彼も私に続いて降りていく。私は今回も圧勝したことに少しの高揚感と優越感を持っていた。今回も我が祖国を守った。この連勝により、『光の祖国』は圧倒的な権力を全世界に持った。今後も私たちに挑むファントムは多くなるが、恐れることはない。なぜならば、私たちは最終法典の力を最高まで高めることに成功したからだ。通常のファントムからの最終法典を超える『解除』を極めた。このことにより他のファントムから圧倒的な優位で勝ち進んでいる。もはや誰も私たちを止めることはできない。



「次の戦いはいつだろう」

私は軽く口角を上げて、そう言葉にした。



私は『光の祖国』のファントムの『文(ふみ)』、人間としての名前は『涼音』だ。



Act.7 <乱舞>



何かが一瞬、光り輝いた。私の肩にかけて光の帯が走る。左肩と足に大きな損傷を受けた。これは全くの予想外だった。ファントムAの攻撃に集中していたため、範囲外からの砲撃に対応できなかった。バランスを崩す私にファントムAが銃弾を放つ。が、私のファントムDが盾となりそれを防いだ。ファントムBが応戦をしてきたが、私は戦闘範囲外に逃れた。いったん自分の損傷を確認する。左肩は上がらない状態で左太ももが傷つき高速移動が不可能となっていた。この状態では通常の『解除』は不可能であり、高速移動からの手刀による相手の粉砕はできない。



「やってくれた、空の祖国」

「衛星軌道上からの狙撃可能の情報はなかった」

「我が祖国の統括者は何をしていたのだ」

苛立ちが心に走る。冷静さを失えばこの戦いには勝てない。各祖国の代表は生と死の覚悟を持って挑んでいる。私も生きることを前提にしなければ、こんなサドンデスは耐えきれない。しかし、今回は不利な状況になっている。圧倒的な力でねじ伏せてきた私にとってはこの損傷は手痛かった。



金属音とともに私の右方向の壁が砕け散った。ファントムAが私の場所を見つけたようだ。今度は衛星からの探知システムで私を追尾しているようだ。とファントムDが交信してきた。私は移動しようとしたが足が動かないため、数秒遅れた。

閃光とともに私の後ろの壁が消えた。同時に私も前のめりに倒れる。右手で反動を作り、上空に飛んだ。ファントムBとファントムDが戦闘状況にあった。



「ファントムAはどこ」

瞬間、閃光が目の前に走る。私は瞬間的に懐の「光刀」を抜いていた。光を受け止めて、往なす。直後に回廊の壁が崩壊した。爆風で視界がかすんだ、再度、光の攻撃が始まった。防戦一方の自分に苛立つ。少しづつ死の線が寄ってくる。この感覚は久しぶりだった。初陣ではほどんど負けの戦いで僅差で勝利を得た。私自身ももらった勝利だと感じている。敗北と思った、そのあとに僅かな奇跡が生じた。この光刀が導いてくれた。そう、私にとっては大切なお守りとなっている。この刀とならば、勝利への道を歩むことができる。



「ファントムD、敵の位置を教えて!」

交信を試みた。ファントムDからの応答があれば少し勝利に近づく気がする。



「座標X=34、Y=450、Z=220」

返答があった。Y値が高く感じたので上空を確認した。予想通り、ファントムAは上空から私を狙っていた。おそらくはファントムAが狙撃したのちに私が避ければ、衛星からの狙撃が私を貫く。ならば方法は一つだ。



「Y=500へテレポーテーション、後に『最終法典』を起動!」

自分自身へのオーダーを行った。これは自身が気を失おうが生命活動が止まる寸前まで実行される。ラストオーダーとなる。私は光刀を両手に抱えて、ファントムAへ突進する態勢を取った。刹那、2本の光線が私に接近してきた。光線の到達寸前で私は指定座標へテレポートして、ファントムAに急接近していく。



「たとえ、光の粒へ消えようとも!」

最終トリガーの法典を唱えた。私自身が光の刀となり、ファントムAへと激突した。無数の光線が私を貫く、同時に私もファントムAを貫く。



「相打ちなんて、冴えないよね」

何発当たったのだろうか。私は立つことさえもできない状態になっている。だが、消えていくのはファントムAのほうだった。私は消えゆくファントムAの姿を見ていた。



彼女は微笑みながら、泣きながら、こう言った。

「ごめんね、ファントムC。ありがとう、ありがとう。」



彼女は光の粒となり天空へ消えていく。

また、私は残ったのか。生きていけるのか。また、人へ戻れるのか。



安堵感の中、無意識に言葉を発した。



「さようなら、ファントムA」

「さようなら、優しき友人よ」

「かなしき、幻影よ」



光の河となった、幻影の彼女を私は見上げた。



Act.8 <審議>



連邦には東西南北の拠点がある。我が祖国である『光の祖国』は南の連邦に属している。また、前回の最終法典で戦った『空の祖国』は西の連邦にあった。各連邦と祖国の統括者は東の連邦の拠点である、『最の祖国』の首都に集結していた。



「今回の衛星からの狙撃は、最終法典に反していると存じます。」

光の祖国の統括者は発言をした。そう、最終法典での決戦はファントム自身が持つ武器での攻撃が許されている。衛星を使った場合はどう判断すればよいか、今後の最終法典の運営に問題が生じると主張している。



「我が祖国の開発したものである以上、それはファントムによる攻撃と認識していただきたい。また、衛星軌道上での戦闘行為は許可されていると認識していますが」

空の祖国の統括者は反論を行った。そう、これは以前、『光の祖国』による月へのファントムを堕とした戦いを言っている。このときは回廊以外の戦いを判定するために各祖国による決裁が行われた。結果、回廊範囲の拡張が行われた。現在は回廊の上空を超えた決戦を許可されている。ゆえに衛星軌道兵器を使い回廊上のファントム狙撃は有効という理論だ。



「衛星軌道の兵器をファントムが操作したという証拠はあるのですか?」

「他のものによる攻撃と判断されば、あなたの祖国が不正をおこなったことになります」

光の祖国の統括者は発言するが、『空の祖国』は譲らない。むしろ、反論を行ってきた。



「もちろん、操作を行った記録も残っていますし、決戦での攻撃についてはそなたの祖国のファントムに聴取すれば完全に同期がとれているとお話されると思いますが」

事実、先の最終法典での攻撃に矛盾は確認されていない。他の者の操作ならば、ファントムの攻撃とズレが生じてもおかしくはない。事前に映像による監査も問題なしとされている。だが今回は『衛星軌道上の兵器が有効か?』を問われている。仮にファントムが使えるものをすべて有効にすれば、回廊を吹き飛ばすような無茶な武器が開発されて、最終法典の運営は難しくなるだろう。



「双方とも、発言はこれくらいでよいか」

少し低めの声の女性は各祖国の統括者の発言を止めた。一瞬の沈黙が流れ、辺りの空気が一変した。統括者たちは発言を行いたいと考えていたが、彼の女性により、声を出すことができなくなる。女性はゆっくりと統括者たちを見渡す。そして、子供を諭すかのようにゆっくりとやさしい声で発言を行う。



「双方、言い分は承知しました。今回の最終法典の結果は有効ですが、審議を行いたいと思います。追って、東の連邦の責任者である、私からご説明させていただきます。」

女性はゆっくりと立ち上がり、一礼をして会議室から去っていった。各連邦の統括者は金縛りを解かれたように各々の首や肩を擦った。会議室の緊張が解けていく。『光の祖国』と『空の祖国』の統括者たちはテーブルを挟んで向かい合っていた。対面式の議会のため少しばかり気を張りすぎたと、各自は反省をした。去っていった女性はこの議題の協議を行う決裁者で『東の連邦、総括官』となっている。四つある連邦の最上位者となり、協議の結果を決めるための人物となる。



『光の祖国』と『空の祖国』の統括者はばらばらに会議室を去っていった。残されたのは協議を進行する係の私と書記担当者だけだ。



「今回は『光の祖国』の負けね。『空の祖国』は不正はしていないと思う」

私は書記の彼女に話しかけた。もちろん、この発言は私の考えであり、協議結果と異なることもあるだろう。また、進行役の私には協議内容に意見することはない。あくまでも中立の立場で東の連邦に属する役人としてここにいる。また、書記を担当する彼女は『北の連邦』に所属しているため、私とは初対面だった。



「東の総括官は楽しそうでしたね」

書記の彼女はこう発言をした。「楽しそう?」私は首を傾げた。総括官とは何度か仕事をしたことがあるが、彼女が楽しそうにしているところは想像できない。いつも、揉め事があると彼女が決裁者となり、仲裁を行っている。それゆえに、彼女は『裁判官』とも呼ばれていた。私は彼女の決裁は良く知っていて、問題がないと思っている。今回もなんら問題なく協議されて、決裁が下りるだろう。そもそも、今回の最終法典に問題があったとの認識を持つものも少ないだろう。例え、衛星軌道上の兵器を用いたとしても、最終法典との名の戦争をしている以上、武器使用に不平不満を言っても仕方がないだろう。



「また会いましょう。東の役人さま」

北の彼女は去っていった。残された私はひとり椅子を揃えつつ、残された議題書を見た。いくつかの文章を読み込んだ後、一枚の写真に気が付いた。



「『光の祖国』のファントムはなぜ泣いているのだろう。戦いに勝ったのならば、喜ぶべきなのに」

そこにはファントムの姿をしたモノが涙を流して、負けたファントムを見上げていた。



Act.9 <走者>



陸上競技のトラックは一周400メートルだ。短距離ランナーの私は100メートルのみを走る。私の学校には陸上専用のトラックはない。代わりに誰でも使えるように100メートル用の直線がある。僅か十数秒で決まる競技のなので、私は気に入っている。スタート地点での緊張感、体を起こすまでの動作からゴールを駆け抜ける疾走感が私を虜にしている。私はタイムなどは気にしていない。『走る』といった単純なことに全力を尽くすことにとても魅力を感じている。自身の体を鍛え、走るフォームを修正していく。ストイックな行動を繰り返していくことで、自分の成長を感じている。



学校帰りの下駄箱で後輩の里香が私に話しかけてきた。

「先輩は陸上を続けるんですか?」



よく聞かれる質問だったが、里香は1年生のころから私が指導してきたため、それは彼女にとって重要な質問だと感じた。おそらく彼女は私と同じ大学に進学して、陸上を続ける予定となっているのだろう。ただ、私は大学に進学する予定はなかった。これから先のことなどは考えていない。ただ、今を、『走る』ことを楽しんでいるだけだった。どう回答すればよいかを悩んでいるうちに最寄りの駅に着いてしまった。ここで私と里香は別れてそれぞれの家へと帰っていく。もうすでに日は落ちており、夜のイルミネーションがきれいだった。さようならを言おうとしたが、いつもの里香とは違っていることに気が付き、私は違う言葉をかけてみた。



「ちょっと、寄っていこうか」

近くのコーヒーショップを指差してみた。里香の顔が明るくなり、足早に店へと向かっていった。私はゆっくりと彼女のあとに続いた。



「先輩とお店に入るのは初めてですね」

笑顔の彼女は久しぶりに見た。最近はやや落ち込んだ雰囲気をしていたため、何かがあったのではと感じていた。私が彼女の悩みを知ったところで、何か力になることはないとは思う。しかし、1年以上同じ学校で過ごし、同じクラブ活動にいたため、何らかの情を彼女にかけているのかもしれない。



「里香は進学はどうするの?」

簡単な質問を私は彼女にしてみた。おそらく彼女の悩みは『進学』といった学生特有の悩みだろうと私は思っていた。皆、同じ悩みを抱えている。子供のころに描いていたものとは別のものになってしまうのではないかと。輝かしい未来や夢はどこに行ってしまったのかと誰しも思うだろう。現在、私は特段、未来や夢などは持っていない。ただ、今を生きているだけだ。明日、私が居なくなっても良いと思って生きている。



「じつはM大学に進学しろと、お父さんが言っていて」

M大学は彼女にとってもいい学校だと思う。運動部のみでなく、学問も重視しており将来はスポーツ医学への道もある。また、専門知識を持つことでさらなるスポーツへの興味もわいてくるだろう。彼女の父親は正しいことを言っていると感じた。しかし、彼女の顔は少し曇りがちになっている。



「私は先輩と同じ大学に行きたいんです」

私は彼女のストレートな意見に面を食らってしまう。だが、素直さは彼女の長所であり、好感度が高い理由だった。人は少なからず秘密を持っている。それが素直さを妨げてしまう。彼女は無意識だが秘密を持たないのだろう。むろん、彼女は秘密と思っているのだろうが、言動から秘密は公開されてしまっている。私に好意を持っていることは、実のところ、クラブ中に知れてしまっていた。私は可笑しくなってしまい、下を向いていた。



「なんですか?笑っているんですか?」

少し頬を膨らますところは子供っぽさをもっている。私は堪えきれずに、大きな笑い声で答えてしまった。



「なんで、私なんかを好きなの?他にも良い先輩もいるでしょう」

いけない、私も彼女につられてストレートに言ってしまった。案の定、里香は顔を真っ赤にしてしまっている。口元が振るえていて、「あわっあわっ」と繰り返していた。とても面白い顔になっていて、私に笑いを誘ってくる。



「な、な、何をお、おっしゃってって・・・」

もはや堪えられない、お腹を抱えて笑っている私に「ぽかぽか」と軽いグーの握りで里香が叩いてきた。「先輩のいじわる」と言っているが、私はいじわるをしているとは思っていない。ややあって、コーヒーショップから私たちは出ていき、駅でお別れをした。



「またね」

「さようなら先輩」

軽い挨拶をして、私たちは別れていった。



今夜は『最終法典』の時間だ。『先輩』と呼ばれた私は今夜もファントムとなり、彼の祖国の相手を消していく。いや、今宵、消されるのは私かもしれない。



故に私は未来や夢を描かない。



今を生きている。



ただ、それだけだ。



Act.10 <不敗>



もう初夏となった。私はこの空気が大好きだ。春から夏にかけての一時、心地よい風と青くなっていく空。上着を必要とせず、開放的になっていく。軽い足取りで、街中を歩いていく。多くの人たちがもうすぐ来る本格的な夏に心躍らせている。私の誕生月は文月(7月)だ。それはもうすぐやってきて、私を『最終法典』の責務から開放する。しかし、これからは過酷な日々となるだろう。気を抜けばすぐに死の線に踏み入れてしまう。私には輝かしい未来などは無い。いずれは他のファントムに消されてしまうと感じている。だが、この任務からは逃げられない。すでに私の後任者は決まっているらしい。通常はファントムが消滅(祖国の負け)となった場合、30日後に後任者が参戦することが可能だ。自分の祖国が支配下になったとしても、次のファントムが他の祖国を支配下に入れれば祖国の自主権が発生する。この理が続いてきたため、『最終法典』は続いていく。また、祖国のファントムが18歳を迎えた場合はすぐに後任者が回廊に上がっていく。



「α(アルファ)、β(ベータ)、γ(ガンマ)を制御下に移行」

「回廊にて戦闘開始の後、実践稼働に移ります」

我が『光の祖国』の統括者に現状を報告し、私は回廊へと昇っていく。人からファントムに姿を変えていき、『海の祖国』のファントムと対面した。αとβ、γとは先の戦いで支配下にした『空の祖国』の衛星軌道兵器を示している。これは東連邦の決裁において、ファントムの武器として有効とされたものだ。我が祖国の統括者はこの兵器の利用に反対をしていたが、私はこれに興味を持った。戦いを交えたときには圧倒的な破壊力に恐怖を覚えたが、これを私が使用することで有利になると考えた。さっそく、3機の衛星を製造して、私用に改良を重ねた。従来は1機のみの制御だったが、テスト用の3機を同時利用できるように訓練を行った。今回は実戦にて使用する。私は今回ほど『最終法典』の開催を心待ちしたことはなかった。恐怖を感じるのではなく、恐怖を与える側に立つと考えている。



光刀を抜き戦闘開始の体制を取った。彼の祖国は槍を使うようだ。私は初手では手刀と決めていたが、お守りとして光刀を使うこととした。相手に接近するまで、衛星兵器は停止状態にしてある。「すぅ」と呼吸をしてから高速移動に移った。距離はいくばくかあったがあっという間に詰めていく。光刀と相手の槍が接触して火花が散る。両者の武器を互いに確かめ合うように振るう。ファントムA、C同士の戦いになったため、残ったB、Dは静観している。最終法典ではB、Dは相手のA、Cに直接攻撃することは禁止されている。そのため、盾になるかB、D同士で戦うことになる。それは無意味なことになるので、B、Dは見ているだけになってしまう。危険を察知した場合に動けるよう、それぞれタイミングを見ていた。



「そろそろか」

私は目の前に表示されている小さな座標系を確認した。戦闘中のため、極力邪魔にならないような制御画面となっている。衛星を動かすには特に難しい動作をしない。ただ、イメージをするだけだ。相手を追尾して、的確な位置に狙いを定める。3機の機械は別々の場所をターゲットとした。シミュレーションでは完璧だったが、実戦は初めてだ。慎重に動作を指示していく。私が光刀を振るうと同時に、『光雷』を落とした。相手のファントムは逃げきれずに致命傷を受けた。ファントムDが援護に来たが、それも撃ち落とす。最後にファントムCに止めを刺した。あっという間の出来事だ。光と消えていくファントムCを私は見送っていく。



「ごめんね、ファントムC。さようなら、私たちの友よ」

光の粒は螺旋を描きながら天へと昇っていった。



もうすぐ、私の責務は終わりを告げる。

それまでにいくつのファントムを消していくのだろうか。



回廊を後にしつつ、私はひとりつぶやいた。



エンディング <あなたのファントムより>



彼女の名前ね。

私は少し考えるふりをした。



「エターナル・ハートビート(Eternal Heartbeats)がいいんじゃない」

微笑みながら言う。



大丈夫よ、悲しまないでね。

あなたの消していったファントムはみんな無事よ。

ファントムの記憶が消えて、元の人間に戻るの。

何も覚えていない安心した生活を送れるのよ。



でも、それは輪廻と呼ぶのね。

新しい命

昔の姿とは違うの

悲しまないでね。



最終法典を成し遂げたものには記憶が残るの。

幾重にも、『絶望』と『悲しみ』、『恐怖』が。



それから、一歩を踏み出すのよ。



人生は続いていくのね。

悲しくてもつらくても。



あなたを褒める人も、貶す人もいるわ。



「英雄と罪人」



それでも自分を信じてね。



私はあなたを見ていたよ。ずっと、ずっと。

18までよくがんばったね。

あなたは『最終法典』を卒業する。



いまから、あなたは自由。



誰でもない、あなたの人生を決めるのはあなた。



また、会いましょう。



また会いたいの。



私は貴女の幻影。



あなたのファントムより。





数年がたった。

春の風が私を包む。

風は暖かく、見上げる日差しはやわらかい。

キャンバスに向かう私の後ろから声が聞こえた。



「せんぱい」

里香ははしゃぎながら私の周りをはねる。

しばらくの間、私たちはたわいのない会話をする。

好きな音楽、服や靴などただの女の子の会話だった。



私はいつもの生活をしている。

生きている。



我が祖国の皆は、私のことをこう呼ぶ。



『永遠の鼓動』と


最終法典(下)


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最終法典 詠称はると @anne-hardt

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