花売り少女とりんご味
「メリュジーヌ!いつもお前はトロトロして!」
「ごめんなさい…」
おばさんは私のほっぺを何度も叩く。掴む腕はいつも強くて痛い。いつも爪が食い込むぐらい強くて離してもしばらくは赤くなって後に残る。
「お前なんて魔女に喰われて仕舞えば良い。姉さんじゃなくて、お前が死ねば良かったんだ」
叔母さんの口癖。
しょうがない。私がダメダメだから。
五歳の頃にお父さんとお母さんが馬車で轢かれた日から、私は叔母さん夫婦と一緒に暮らしている。叔母さんは、私が家に来た時、一番最初にこう言った
「私はお前を家族として扱わない。奴隷として働け。私から姉さんと兄さんを奪った罪滅ぼしとして働け。人殺し」
おばさんは私を家族としては見てくれない。昔はとっても優しかったのに、今は優しく扱ってはくれない。でもしょうがない。私がいなかったら、お母さんもお父さんも、死なずに済んだんだ。叔母さんも大好きな姉を失わずに済んだ。こんな風にどい言葉を言わずに済んだ。私が死んでいれば、二人の代わりになっていれば…。
私が、馬車に轢かれればよかった。
「ごめんなさい」
叔母さんは疲れたように頭を掻きむしる。お母さんと同じ綺麗な金髪。私のぼさぼさの黒髪とは大違いだ。母と似た綺麗な瞳も、私の濁った紫の目とは全然違う。棒切れみたいな細い腕はおばさんの綺麗な手に叩かれた傷でいっぱいだ。
「もういい。花を売ってこい。役立たず」
「はい…」
うつむいていう私を睨みつけておばさんは言う。
「花が全部売れるまで帰って来るなよ」
「はい…」
おばさんが営んでいる花屋はうまく行っていないらしくて、私もよくお手伝いをするけど、不器用で頭が悪い私は上手くできない。血だらけの手が不器用の証拠だ。
分かっているけど、どこかで思ってしまう。
愛されたい
家から少し離れた街の中、私は必死にバラを売る。
「バラは要りませんか?」
ボロボロの手で差し出すバラが買われる訳もなく。
「気持ち悪い…」「可哀想に…」「あの子確か、サクソンさんの所の子よね…」「また殴られた痕があるわ…」「あれからずっと八つ当たりされてるのね…」と、周りの人は話すだけで、買ってはくれない。
(そう言うなら…買ってよ…)
差し出しているバラを握り締めて、言いたい言葉を飲み込んだ。
「バラ、要りませんか?」
「可哀想」と言って助けてくれない人にバラを差し出して見せる。自分の中でとびきりな笑顔で。でも、言うと愛想笑いをして
「ごめんね、私今、手持ちないの。またいつかね?」
そう言って絶対に守らない約束をして離れていく。
「…お腹すいなぁ」
(頑張ったら叔母さん、褒めてくれるかな?)
真昼に出たはずなのに、空はもう暗い。私は邪魔にならない所に座り込むと、上から若い男性の声が降ってきた。
「しけたツラしてんな。花売り少女」
「キャッ!」
「うおっ、なんだよ…」
見上げると、切れ目で星のピアスをつけたコートを着た男の人が私を覗き込んでいた。街灯に照らされる男の人の金髪は綺麗で、見惚れてしまった。少し長い前髪から見える緑色のエメラルドのような瞳は吸い込まれそうなほど綺麗で美しい。シャーロックホームズが着ていそうなフードがついたダボダボのインバネスコートは前が閉じておらず、前が閉められていないベストに胸元まで開いた大きいフリルが付いたシャツ。コートの襟を留めているチェーンがついたブローチの所為なのか、舞台の衣装みたいだ。
「意外と汚ぇガキだな!」
男性は綺麗な外見の割に口が悪い。不良、なのかな?ピアスいっぱいしてるし…。「ん」と、男性がお札を差し出して来た。
「えっと…」
「花、頂戴?」
リポップキャンディー(棒つき飴)をタバコの様に咥えながら笑いかける。
「へ?あ、ありがとうございます。な、何本…」
「全部」
「えっと…はい…」
私は言われるままに花を渡すと、男性は優しい笑顔でボサボサの頭を大きな手でぐりぐり撫でる。
「サンキュー。めっちゃ嬉しいよ。花売り少女」
バラを全部抱えて優しく笑う男性に胸の内側があったかくてくすぐったい。
「親の手伝い?」
「う、うん」
(親じゃないけど…)
「ふーん、頑張っまてんじゃん。花売り少女、口開けて目瞑って?」
「へ?」
「いいから!あーん」
言われたとうり目をつぶって口を開ける。そこに甘い飴玉が口の中にコロリと入ってきた。リンゴの風味と甘い味が口いっぱいに広がってほっぺが落ちそうになった。
「んん〜!」
「上手いだろ!俺の自信作だ!」
「美味しい!」
「そりゃよかった。お手伝い頑張ってる少女にご褒美だ。それに、お前はリンゴみたいに甘そうだな…食ったらうめぇのかね…」
私の髪をいじりながら当たり前のように言われて少し顔が熱くなる。
「あ、ありがとう…?」
「おう!お嬢ちゃんも頑張れよ」
手を振離ながら立ち去っていった。後ろ姿を見えなくなるまで見送った。
「…また、買ってくれるかな?」
胸の奥がくすぐったい。私は踵を返して、あの家に帰る。
(久し振りに優しくて貰えた気がする…叔母さん達も優しいけど…きっと)
私は頭を振って考えるのをやめた。私が優しかった叔母さんをあんな風にしたんだ。
叔母さん家のドアを開けた時、おじさんと叔母さんの話し声が聞こえた。
「あの子を捨てましょ」
「だが…」
「パンも最後の一斤になった。あの子に食べさせる物は無いわ」
「花を全部売ってくれるよ。そしたら…」
「そのお金でご飯を買って、私たちは何日三人で生きれるかしら?」
「…」
冷たく感情なく言う叔母さんの姿を見て、私は踵を返す。外の物置から急いで別の日に売れ残ったバラをできる限り持って家に入った。
私が愛されたいと思うのは、駄目なのかな…
そのほの夜は怖くて上手く寝付けなかった。
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