花売り少女から...
お兄さん…ハンスの家で私はご飯を作る後ろ姿を見ていた。
久しぶりにのあったかいお風呂やご飯の匂い、新しい洋服。真綿で包む様な優しい扱いに私は驚いていた。目の前のバラバラになったクッキーが喋る。
「粉々になっちゃったけど、美味しく食べてね。ゴミ箱も蟻の餌もやだよ」
「クッキー、ちょっと黙れ。口だけは流石にキモい…」
「ひっどーい!僕、ハンスが抱きしめたからバキバキに折れたんだよ!ねぇ?えっと…」
「メリュジーヌ…」
口だけで動くクッキーに言うと嬉しそうに飛び上がって私の手に着地する。
「メリュジーヌ!綺麗な名前だね!メリューって呼んでいい?アイツはハンスで良いよ!」
「うん…動くお菓子はクッキーだけなんだね…」
「まぁね!僕、特別だから!」
「特別…」
「うん!体はハンスが作ったけど、意識はもっと昔からあるんだよ!死んじゃったけど!」
ぴょんぴょん飛び上がるクッキーを捕まえて、シチューが差し出される。美味しそうな匂いに私はごくりと喉を鳴らすとハンスは笑顔で頭を撫でる
「食っちまえ、我慢しなくていい」
「い、いただきます!」
「どうぞ」と返されて私はかぶりつく様にシチューを食べる。美味しい。クッキーの腕を食べた時からずっとお腹が空いていた。もっと言うと泣き疲れてお腹が空いた。いや、本当はずっと前から。
味の付いたパンがこんなに美味しいなんて知らなかった。
「んな慌てなくても、さげないから。ゆっくり食べろ。喉詰まるぞ」
「ふほいひくへ」
「飲み込んでから喋れって」
荒い言葉とは裏腹に私の口元についたシチューを指で取って舐める。
「っ!」
私が顔を赤らめるのに気づいてハンスは頬を撫でてくる。多分体温を測っていると思うけど…ゴツゴツした大きい手がやけに熱く感じてしまう。
「ん?」
「ヒューヒュー!恋人同士が良くやるやつじゃん!」
ハンスははてなを浮かべて首を傾げると、横からクッキーが楽しそうに喋る。言われて初めて気づいたらしく「ばっ!ちが!」と顔を真っ赤にしてオロオロし始める。(頭撫でたり、頬触ったりするの…慣れてるのかな?いや、それよりも…)
落ち着いて一番最初に言わなければならない。聞かなければならない。
「あの…ハンス」
「ん?」
「私は何をすればいい?なんの仕事をすれば良いですか?」
ハンスは目を大きく見開いて驚いた顔をした。
「えっと…別に何も?ちょっと家事を手伝うぐらい?」
そんな程度でいいの?『お前が居なければ、姉さんと兄さんが死なずに済んだんだ!』私は頭の中で叔母さん言葉がフラッシュバックする。息が苦しい、ちゃんとやらなくちゃ、頑張らなくちゃ…だって、私は出来そこないだから。
「花を売るくらいしかできないけど、頑張っていっぱい働きます!だから…!」
追い出さないで、と言おうとした時、ハンスは私の頭をぐしゃぐしゃ撫でる。
「追い出したりしねぇよ。お前を拾ったのは昔の“俺達”と重ねただけだし…俺がメリューと一緒に居たいと思って探し回っただけだし。俺のおせっかいだから気にすんな」
ハンスは優しく明るい笑顔で言う。それでも私は…
「でも…私のせいでお父さんとお母さんが死んじゃった。叔母さんもおじさんも不幸になっちゃた…!私が、私が居たから…!」
今まで出なかった頭の中の言葉が堰を切ったように溢れ出す。止められない。
「私が二人の代わりに死んでれはこんな事にはならなかった!皆んなが幸せだった!私が!私が…!」
顔を覆ってつぶる目には、塞ぐ耳には、叔母さんの悲しそうな顔と呪いの言葉が重い鎖になって棘になってザクリと傷つける。痛い。ハンスは優しい筈なのに、痛い怖い。安心してるはずなのに。色んなものが…溢れてくる。
ハンスが私の華奢な体を抱きしめる。昔お母さんがやってくれたみたいに背中を優しく叩く。そして真剣な、声色で言う。
「メリュー、俺はお前の何も知らないし、話たくないなら話さなくていいと思う。でも、お前の親がお前が死んだ方がいいなんて、きっと思わない叔母がお前をいじめることも、貧困も、全部一人のせいに出来る事じゃない。子供一人死んでいれば済む話じゃない。だから…」
ハンスは私の手をしっかり握って、私をしっかり見つめる。
「全部、お前のせいじゃない」
エメラルドの瞳が私を映す。しっかり私の手を握って、真剣な顔で言う。
自分の目から涙がゆっくりと流れていく。
ずっとずっと言われたかった。たった一言。
「…わ、私は、生きてていいの?愛されたいと思っていいの?」
ハンスがニカっと笑って言う。
「当たり前だろ?メリューは頑張り屋さんだしな!今までよく頑張った」
優しく涙を拭いながら言ってくれる。
「う〜〜〜!」
私はもう一度強く抱きついてハンスの首筋に顔を埋める。
「俺はお前に居て欲しくて、生きて欲しくて、ここに招き入れたんだ。後から追い出したりしねぇよ。好きなだけここに居ていい。出て行きたくなったら…そん時は村まで送っていってやる。ここをお前の居場所にさせてくれ。ダメか?」
私は泣きながら首を振った。「よかった」と、ハンスは私の瞼に唇を落として温かく抱きしめ返してくれた。
ああ、これが、この暖かさが愛なんだ。
私はこの温もりを噛み締めた。
「邪魔して悪いんだけどさ、僕の体、早く作ってくれない?」
「「あ」」
「もー!忘れないでよ〜!」と怒るクッキーに安心して、ハンスと見合って笑い合う。
「じゃ、料理続きをするか!」
「わ、私も手伝います!」
「おう!」
薄幸少女と魔法使い 華創使梨 @Kuro1230
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