飢えた姫は魔王に嫁ぐ 3人用台本

ちぃねぇ

第1話 飢えた姫は魔王に嫁ぐ

【登場人物】

ナレ:ナレーション

姫:サングリア。お腹を空かせている

魔王:不法侵入者。「濁点をつけすぎた姫」にて登場の魔女の孫



ナレ:昔々、あるところにとても可愛らしい娘がおりました。名をサングリア。たいそう美味しそうな名前の彼女は幼い頃に母を亡くしましたが、父に愛情深く育てられ、何不自由なく暮らしておりました。しかし、その生活は父の再婚で一変します。継母(ままはは)となった女性はたいそうサングリアに冷たく、また彼女の連れ子である姉二人もたいそうサングリアに厳しく当たったのです

姫:ああ…毎日が辛い…お腹が空いたわ…

ナレ:サングリアは毎日継母達にイジメられこき使われ、常にお腹を空かせておりました。今日も城で行われるという舞踏会への参加を一人だけ認められなかったサングリア

姫:私も行きたかったなぁ…舞踏会…

ナレ:誰にも聞こえるはずの無かった呟き。しかして、それを盗み聞いていた者がおりました

魔王:なんであんな所に行きたいのさ

ナレ:漆黒(しっこく)のマントをはためかせ颯爽(さっそう)と現れたのは、身長160センチ程の小柄な青年でした

姫:わ、びっくりした

魔王:ねぇ、答えてよ。なんで舞踏会なんて行きたいの?

姫:え…え?

魔王:「あんな所行ったって良いことないよ」ってうちのばあちゃんが言ってたよ?

姫:えっと…あなたはだあれ?

魔王:僕の質問の方が先でしょ。質問に質問を重ねないで

姫:あ、すみません

ナレ:この男、不法侵入者だというのにとても偉そうです

魔王:なんであんな所に行きたいの?

姫:だ、だって…お姉様たちはワクワクしながら支度をしていたわ。ドレスもとても綺麗で…それに、見たこともないような豪華なお料理が並んでるって

魔王:確かに料理は一級品だけど…全然食べられないよ?

姫:え?

魔王:城では王子様のお妃選びに忙しいからね。「何番から何番の者、前へ」とか呼ばれてジロジロ検分された挙句、気に入れば「残れ」って言われて、気に入らなければ即「帰宅せよ」って言われるんだ

姫:そうなの?

魔王:並んでるお料理だって、コルセットがきつすぎてみんな全然食べられないし、頑張って食べようとすればやれ「順番が違う」だの「マナーがなってない」だの色んな人にあげ足を取られて…

姫:ええ…?お食事がそんなに堅苦しいだなんて…

魔王:でしょう?

姫:でも、王子様と素敵なダンスを踊れるって聞いたわ。女の子なら誰でも憧れるシチュエーションだって姉様が

魔王:想像力足りてる?

姫:え?

魔王:会場中みーんなライバルで、虎視眈々(こしたんたん)とお妃の座を狙ってるんだよ?その中で踊るって、まさに衆人環視(しゅうじんかんし)じゃない。何十、何百というギラギラした視線を浴びながらのダンスって、楽しめるものなの?

姫:それは…

魔王:一つでもミスをしないかと監視され続け、完璧に踊り切ってしまってもあれこれと採点されて……多分絶対、疲れるだけだと思うよ?

姫:そう…そうなのね

魔王:君はそれでも舞踏会に行きたいの?行きたいのなら…連れて行ってあげることはできるけど…

ナレ:男の言葉にしばし考え込むサングリアでしたが、彼女はポツリとこう漏らしました

姫:……私、お腹が空いたの

魔王:うん?

姫:私…今朝から何も食べていないの。私のご飯は姉様たちの残り物だから。その姉様たちが出かけている以上、今日は何も食べられないことが確定しているの

魔王:それは…酷い話だね

姫:舞踏会でなら、きっと美味しいものが食べられるはずだわ。私は細すぎてコルセットが必要ないから好きなだけ食べられるし、周りの目を気にしている余裕もないし…

魔王:君は…よほど飢えているんだね

ナレ:男は目の前の少女をたいそう可哀そうに思いました

姫:隙あらばタッパーに詰めて持って帰れないかしらって思ってたけど…

魔王:あ、それ行かなくて正解のやつ。首チョンパされても文句は言えないよ

姫:そうね…食べ物の恨みは恐ろしいって言うものね

魔王:そういう事じゃないよ。でも、そう…君はギリギリを生きているんだね…

姫:どうしましょう…ここら辺つくしとか生えてないのよね

魔王:うん、困窮(こんきゅう)具合が切実に伝わってきたよ

ナレ:男はふと言葉を止め、そして妙案(みょうあん)が思いついたような顔をして言いました

魔王:そうだ。君さえよければ、僕の家に来る?

姫:え?

ナレ:突然の申し出に困惑するサングリアに、男はにっこりと笑いかけます

魔王:僕の家、年中大量にカボチャが余ってるんだよ。中身だけ

姫:ど、どうして?

魔王:カボチャの馬車を作る際に、欲しいのは外身だけだから中身をくり出すんだよ。ご近所にも配って回っているんだけど、全然減らなくて。だからよかったら

ナレ:男がそう言うや否や、サングリアは飛び掛からんばかりに言いました

姫:行きますっ!

ナレ:男はちょっと引きました

魔王:…そ、そう?

ナレ:男の様子を全く気にすることなく、サングリアはカボチャに想いをはせます

姫:カボチャ!甘くてホクホクのカボチャ!ああ、なんて贅沢…!シチューにしてもプリンにしてもよし、煮っころがしも芋もちだって作れちゃう万能選手!

魔王:君はもしかして、料理が得意なのかい?

姫:はい!父が再婚してからずっと、お台所は私一人で切り盛りしていますから!あ、炊事(すいじ)だけでなく家事全般得意ですよ

ナレ:サングリアの言葉を聞き、今度は男が目を輝かせました

魔王:結婚しよう

姫:はい?

魔王:僕、家庭的なお嫁さんが欲しかったんだ!

姫:え、えっと…

魔王:僕は生涯君を飢えさせないことを誓うよ。綺麗なドレスだってティアラだってなんだって贈っちゃう!だからよかったら…僕と結婚しませんか?

ナレ:男の言葉に目を丸くするサングリア。そして、しばし考えた後…どうしても聞いておかなければならないことに気づきました

姫:あの…一つ、聞きたいことがあるのですが

魔王:何でも聞いて!

姫:……あなたは、だあれ?

ナレ:ここに来てようやく、サングリアは謎の男の正体に迫る権利を得たようです

魔王:ああ!ごめんごめん、つい名乗った気でいたよ!僕は異世界で魔王やってる、フィオレって言うんだ

姫:魔王!?

魔王:うん、この国にはちょこちょこ顔を出しているよ。面白そうな話を聞かせてくれたお礼に色々首を突っ込んで引っ掻き回して遊んでるんだ

ナレ:聞きようによっては大変悪趣味な所業(しょぎょう)です

姫:魔王…様

魔王:あ、もしかして怯えちゃった?それなら、ごめん

姫:いえ……であれば、私はもうお腹を空かせて泣くことは無い…?

魔王:うん

姫:フィオレ様は、こびりついた油汚れが落ちないからと言ってご飯を抜いたりしませんか?

魔王:まさかっ!頑固な油汚れには「オイルおちーる」の魔法をかけるから大丈夫だよ!家事だって一通りのことは魔法でぱぱっと出来ちゃうし!

姫:……あれ?であれば、私は要らないのでは?

魔王:違うよっ!僕は家事をしてほしいんじゃなくて、家庭的な奥さんが欲しいの!献身的に僕を支える気でいてくれればそれでいいの!…たまにカボチャのプリンとか作ってくれたら嬉しいけど

ナレ:どうやらこの男、プリンが好物のようです

姫:好きなだけ作りますわ。クッキーだってマフィンだって焼きますわ

魔王:最高だ…!早速式を挙げよう!

姫:フィオレ様ったら…

ナレ:男は思い立ったら即行動するタイプの男でした

魔王:では、もうこんな寂しい家は出てしまおう。毎日お腹いっぱいな生活を保障するから、僕の家においで

ナレ:サングリアはそんな男の言葉に頷きかけ…ちょっと考えてから、上目遣いで男の顔を見ました

姫:あの…もうひとつだけ、願ってもいいですか

魔王:ん?なんだい?

姫:…毎日、抱きしめてくださいますか?私その…らぶらぶというものに憧れていて…

魔王:ぐはっ…!なんて可愛らしいんだ…!

ナレ:男のHPが1000削られました

姫:え?

魔王:約束しよう。毎日抱きしめよう。毎日らぶらぶしよう!…だからどうか、僕と結婚してください

姫:はいっ……!

ナレ:こうしてサングリアは魔王の手を取り、その日のうちに家を飛び出しました。「二度と帰りません、これからは自分たちのことは自分でなさってください」と書きなぐった置き手紙だけを残して。残された家族は、いかにサングリアのおかげで毎日の生活が回っていたのかをその身をもって実感し、たいそう嘆き悲しみましたが二人にとってそんなことは些末(さまつ)な事。魔王の屋敷で、初めて自分と同じ名前のカクテルの存在を知ったサングリアは、「とても美味しいわ」と魔王と二人、らぶらぶしながらグラスを傾け、生涯幸せに暮らしたのでした、めでたしめでたし

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