SFのような何か
電話番号案内局
4分間で読み終わる SF&デカダンス 『本を焼け』
遠い宇宙からの交信電波を受け取った。
何億光年先の今の私達の技術では観測できない程の距離に衛星がある様だ。
その衛星を拵えた存在が地球に向けてメッセージを送っていた様だ。一方的に送られているであろう信号をキャッチした時には、我々は歓喜と困惑を感じざる負えなかった。
そのメッセージは我々に伝わる様に単音と和音が混在した音だった。
ツーツーピージャァーンプーボゥォーン…
電子音。モールス信号の様な単音と混在する和音。
6時間以上に及ぶ、種々の音階を秘めた電子音。
我々は必死の思いでこの暗号解読する事に決めた。謎の音階に秘められた内容を導き出す為に全勢力を注ぎ込み凡ゆる方法論から解読する事に成功した。我々は歓喜した。
この様な複雑かつ単純な暗号を記す文明の存在と可能性と単調なメッセージという伝播を目的としたであろう可能性に。
これより私達の文明が全身全霊をかけた、暗号アプローチによる音階解析の結論を記す。
本を焼け。
本に意味がないと言っているのではない。
読んだ本を焼け。別に焼かなくてもいい。本をただの紙に戻して構わない。けれど、それを誰かが持ち去って読んでしまうリスクを考えるなら焼け。
資源は重要だ。木々を伐採し得た物を灰にするのは気が重いのは分かる。だが、焼くべきだ。
何故なら本という存在を大切にし過ぎた為に、私達の文明は滅びた。
クリエイターがやる気を失ったのだ。いや、というよりも大衆に埋もれてしまったというのが正しいのかもしれない。
我が国には書籍を守ろうと様々な手段を用いていた。価格の固定化。売れ残りの返品制度。本自体の売り買いを基本とした古書の保存体系。
唯、その為にある種少しずつ狂ってしまったのかもしれない。
競争化が失われ、平積みにされた本は表紙のエキセントリックな見出しを中心とした過激趣味に傾倒し、著者達は「売れる本=過激」という構図を求められ、一方で人の目に留まる事のない著者の本は淘汰され隅に追いやられる。
自由競争化では自然淘汰は仕方ない事なのかもしれない。けれど、重版される本と、そうでない本に格差が生じ、クリエイターは自己の制作意欲とは関係なく、市場原理のままに創作活動を行うようになってしまった。巷で流行る本を真似ることでしか競争できなくなってしまった。
勿論、固定化・返品の過程で守る事の出来る書籍は多かった。その制度のお陰で出版社に問い合わせる事で書籍を取り寄せたりする事は出来た。けれど、絶版という運命を突きつけられる書籍も星の数程にあった。
その内、私たちは本を売り買いする様になった。本は紙を使う。紙は資源だ。本は資源であり情報の塊だ。なので、それを捨てるのは勿体無いと思う人達は捨てる事をやめた。本を紙に戻すよりも本を本のまま残すべきだと考えたのだ。結論、これは間違いだった。
この手法はクリエイターをより苦悩に晒す事となった。本が売り買いされる時にクリエイターにはインセンティブが発生しない。そして回し読みされていく。情報に只々手垢がつくのみだった。
カルト的脚光を浴びた作品・作者の本も、古書店の在庫の総数を見て、増版・再版を躊躇われる様になった。
本の虫達は古書店に立ち寄り、本を買いそれを売り戻す。そして新たな本の虫がそれを買う。その無情なサイクルが出来上がってしまったのだ。クリエイター達には何の得もない、自身の本が100円で売られ、それをタダで売りに来る本好き達。
クリエイターはやる気をどう保つべきなのか路頭に迷った。自身のクリエティビィティを遺憾なく発揮する作品は、好事家達の中で回し読みされるか、一生日の目を浴びない、その二択に晒される事に気づき絶望してしまったのだ。
だからこそ、生存戦略として同じ様な物を作り続ける選択を選んだ。その手を選ばなかった人間は淘汰されたのだから。
これを君達はどう汲み取るかは分からない。
これはある種の警告だ。
正しい行いが何かは分からない。唯、私達が出した結論は「本を焼く」という事だった。燃やすしかなかった。燃やさなくてもよかったのかもしれない。けれど、市場規模が広がると、本という存在が繰り返される商材としてしか見られなくなってしまったのだ。
だから、私達は燃やした。勿論全てを燃やせと云ってるのではない。著者を大切にする為に燃やした。本を古紙回収に出したところで、それを持ち去る輩が後を立たなかった。だから燃やした。
私達は「本を焼く」ことを選択することしか出来なかった。
だから、こう言おう『本を焼け』と…。
我々はこのメッセージを受け取り落胆した。
今の時代では本などとうに無くなった。というよりも、本という存在がなくなっていた。古代の遺物。文字はネットに漂い、それを購入するという時代。
本という体系を辞めて、文字を仮想空間の中で切り売りする時代に変わっていた。
この文字が好きなら、それを綴った人間に金を払う。それだけの手続きが残った。
そしてそれも今や廃れている。人間が文字を書く時代は終わっている様なものだった。
機械学習による過去の文献の集積によって生成された文章を私達は読み享受していたのだ。最早、文字を書こうとする者など一部の物好きしか居なかった。
だから、このメッセージは私達に何の恩恵も齎さなかった。
私達は広大な宇宙の果てから届いたメッセージに落胆した。
何故なら、とうに本という概念は消失したのだから。
焼くべき本という存在が無かった。
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