第29話 何が

(これは……届かない、さすがに)


 ベンチの中で、高々と上がった打球を目で追いながら、思う。


 相手投手の深海が投じた六球目、チェンジアップだかカーブだか分からないが、とにかくあの遅いボールを、築城はスイングを遅らせることで捉えてみせた。


 それでもあそこまでタイミングを崩されたなかでのスイングでは、スタンドに届くような当たりを放つのはいくらなんでも難しい。

 それは築城も例外ではなく、センター方法へと飛んでいった打球は、途中で力無く失速していく。

 そして、


『アウトー‼︎』


 センターを守る相手選手が打球をキャッチし、審判の判定がグラウンドに響き渡る。

 試合が、終わった。



 試合後、学校へと戻るバス車内は静まり返っていた。

 あと一歩だった。その悔しさを、選手全員が噛み締めているのだろう。

 俺自身もそうだ。無音が続くバスの中で、いったい何が足りなかったのかと考え続けていた。


(何が、か)


 考えながら、笑ってしまう。

 何が、じゃない。何もかも足りなかった。


 手も足も出なかったとは思わない。実際、選手たちは本当によく戦った。

 そう、本当によくやってくれた。出来過ぎだったとさえ言っていい。

 だからこそ、


(全力を出しきれてなお、届かないか)


 その事実が一番重い。

 いっそ致命的なミスや全力を出せなかった要因さえあれば、可能性があったと思えるが、今日の試合に関しては純粋に力量で負けていた。そう思わざるを得なかった。


 収穫ももちろんあった。まず、射水と柏崎の投手陣二人はあの打線相手によく抑えてくれた。射水に関して言えば八回までは2失点に抑えていたのだ。正直なところ、ここまで抑えてくれるとは思っていなかった。

 攻撃に関しても、特に上位打線は二番手投手までの間は対応できていた。結果として打線がうまく繋がりきらず出塁の割には点が取れなかったが、後一歩と思わせるところまではきていた。


(そのあと一歩を、夏までに埋めることができるか……?)


 やることは山積みで、そのわりにこれをすればという明確な答えを得ているわけでもない。

 そして夏までにチームの底上げをしようとしているのは他校も同じ。同じような成長率では追いつけない。組み合わせや巡り合わせの運だけで行けるところには限界があるだろう。


(まあでも、やるしかないんだよな)


 この仕事を続けたい。まだ野球にしがみついていたい。

 そう思えるほどに、その希望が持てるような環境に身を置けるくらいに、自分は恵まれているのだ。やれるだけのことはやろう。

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紙ひこうきと放物線〜もし世代最高峰のホームランアーチストが"非"強豪校に入学したら〜 みなゆ @mny25

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