第28話 カーブという名の

 深海にしては珍しく、一瞬ためらうような間を開けてから俺のサインに頷いた。

 まあ、それも仕方がないのかもしれない。あいつにとってこの球は、あまり自信を持って投げられるボールではないようだから。


 まずコントロールが安定しない。

 狙ったところ周辺に来てくれることもあるが、高めに抜け過ぎたり、逆球やど真ん中への失投になったりすることも少なくなく、安定してストライクゾーンへ投げられるボールではない。フルカウントで投げたい球でないというのは理解できる。


 次に、投手目線で見ればこのボールは、ただの棒球にしか見えない。

 深海からすれば、投げたがらない理由はこちらの方が大きいかもしれない。


 球速は遅く、大した変化もしない。100キロ前後のボールがただまっすぐに進んでいくだけ。

 それでいて制球が安定せず、平気でど真ん中にいったりするのだから、投手目線で見ればとても投げたいボールでないというのも分からないではない。

 だが俺は、深海がこの球を初めて投げたときから、使える、そう思っていた。


 便宜上、俺たちはこの球をカーブと呼んでいるが、ボールの性質としてはむしろ真逆に近い球だ。

 普通、カーブはトップスピンをかけて斜め下方向に大きく曲げようとするが、このボールは下から指をすり上げて投げるがゆえに、トップスピンとは逆回転のバックスピンがかかる。ちょうどオーバースローの左投手が投げるストレートのような回転だ。

 ゆえにこの球は、不自然に沈まない軌道を描きながらミットに届く。


 アンダースローの投手が速い球を投げようとする場合、純粋なバックスピンに近い回転をかけるのは難しい。

 吹き上がって見える深海のストレートも、ジャイロスピンに、バックスピンの要素が少し混ざったような球だ。

 アンダースローから投げているから吹き上がって見えるだけで、オーバースローの投手が投げるストレートに比べれば、回転軸が進行方向へとかなり傾いている。スライダーもサイドスピンの要素が強くなっただけで似たような回転だ。


 だが速度さえ出そうとしなければ、アンダースローからでもバックスピンのかかったボールは投げられる。


 球速は深海の持ち球の中で一番遅いのに、回転は最も浮力を生む形をしている。だからボールが不自然なほどに沈まず、打者に違和感をもたらす。それがこの球の正体だ。


 左右や下方向への変化ではなく、前後の奥行きで勝負する球という意味では、カーブよりチェンジアップの方が呼び方としてよっぽど正しいかもしれない。もっとも、その軌道の特殊さゆえに、バットの下ではなく上を通ることは少なくないが。……ますますカーブではないな。


 そのカーブもどきが、深海の手から放たれる。


 コースは……悪くない。出だしはストライクにも見える真ん中高め。


 視界の右端に映る築城は、スイングを開始していた。


 そのまま空振ってくれれば最高だったが、タイミングを崩されながらもスイングを遅らせ、この球にバットを合わせてみせた。


(くっそ、当てやがった⁉︎)


 思わず慌ててマスクを外す。

 打球は高く上がりセンター方向へと飛んでいくが、いくらなんでもそんな腰砕けのスイングじゃ、スタンドには届かないはずだ。センターを守る中根が打球を追って後ろに走っている。


(キャッチしろ、中根! それで)


 それで、このゲームは終わりだ。

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