第27話 なにこの球

(なに、これ)


 2ストライク3ボールのフルカウントからそのボールが投じられたその瞬間、脳と身体が困惑に支配された。


 ストレート……じゃない。それよりずっと遅い。

 カーブ? チェンジアップ?


 スピードは、スライダーや遅い方のシンカーよりずっと遅い。

 だからこの試合で初めて投げたボールだということは分かる。

 でも、それを抜きにしても、気持ちの悪い違和感がこの球にはあった。


 遅いと感じた。だからストレートのタイミングで振りそうになっていたスイングを遅らせている。

 ……あれ、でもなんで、


(なんで、こんな遅い球をストレートのタイミングで振ろうとしちゃったんだろう?)


 こんなに遅いのだから、指からボールが離れた瞬間に遅い球だって分かるはずなのに。


 2ストライクに追い込まれていたから? 見慣れないアンダースローだから?

 それもあるかもしれないけど、でも、


 ボールがホームベースに近づくごとに、なんとなく気づいていく。


(なんでこんなに遅いのに、こんなにボールが落ちないんだ?)


 球速はたぶん100キロにも満たないはずのボールなのに、不自然なほどに沈まない。そんな不思議な軌道を描いて、ふわふわとボールは近づいてくる。


(まだ、振っちゃダメだ)


 まだ振れない。今振ってもボールに当たらない。


 まだ……振れない。今振ってもボールが当たるのはバットの先っぽのほうで、凡退になるか、良くてファールだ。


 打席でそんな思考がぐるぐると渦巻くほどに、その球はなかなかホームベースにまで届かない。


 まだだ、まだ…………。


 …………今、なら、


(飛ん……でけ!)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る