第26話 その球かよ

(あっぶねー……)


 あわやホームランという打球が、レフトポールのわずかに外側を通ってファールになる。

 その光景を見届けて、思わず安堵の息を漏らしてしまった。


(あのスライダー、二球目でもう捉えんのか)


 2ストライク2ボールの並行カウントで投じたスライダーが、スタンドインギリギリのファールゾーンまで飛ばされた。

 よっぽどの失投でもない限りは、まともな当たりにされた覚えさえほとんどないボールなのだが、それをあいつは一球見せただけで修正してきやがった。


 どんな一年だよと感心だか驚嘆だか分からない感情に振り回されそうになるが、そんなものに浸っている場合でもない。気を取り直して窪田のサインを覗き込んだ。


 外角低めに遅い方のシンカー、ね。了解。


 頷き、投じたボールは決して悪い球ではなかったはずだが、打席に立つ築城は手を出すことなく見逃した。

 これで2ストライク3ボール。フルカウントだ。


 いよいよ投げる球がなくなってきたな。そう思わされていることに、それも相手は2つも年下の一年生バッターであることに、ため息が漏れそうになった。


 ストレートも、高速シンカーも、遅いシンカーもスライダーも、すべての球種がバットに当てられている。結果としてヒットにこそなっていないが、合い始めているのは間違いない。


 さて、そんなやつを相手に何を投げる? まだ完全には捉えきれていない様子のストレートか、二球しか見せていないスライダーか、その辺りか?


 そう考えながら窪田のサインを覗き込むと、そこには予想外の、というよりあまり予想したくなかった球種が示されていた。


(この場面でその球かよ……)


 窪田が要求してきたその球は正直、あまり自信のあるボールではない。

 だが確かに、もうそれくらいしか投げる球がないのも事実だ。


 仮にこれがホームランになったとしてもまだ同点止まりだし、外れて歩かせることになっても、それでいきなり逆転されるわけでもない。逆転のランナーを出すことにはなってしまうが。


 首を横に振ったところで現状、他に有効そうなボールがあるわけではない。選択肢が他にない以上、そのサインに頷くしかなかった。


 この球ばっかりは責任持ちきれねえからな。

 内心でやけくそ気味にそう呟き、窪田の構えたミット目がけて、俺はそのボールを放った。

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