第25話 フルカウント

(ス……ライダー!)


 浮き上がりながら食い込んでくる球を、払うようにして打った。

 打球はライトポールをわずかに切れて、この打席二度目のファールになる。


(うわっ、あともうちょっとだったのに)


 ボールがもう少し外よりに来るか、あとほんの少し溜めて打てばホームランにできたかもしれない。

 未練がましく打球が着地した場所を見つめたまま、ついそう思ってしまった。


 九回裏ツーアウト、ランナー一塁。

 前打者の高岡先輩が出塁してくれたおかげで、俺に打席が回ってきた。


 スコアは4対2で、勝つためには3点必要だから、ここでホームランを打っても同点になるだけ。

 だから最優先すべきはとにかく出塁することなのかもしれないけど、それでもホームランを打てば引き分けには持ち込めるから、ここで一発を放つことには意味も価値もあるはずだ。

 ……なんて、正直なところそんなことは関係なく、ただとにかく打ちたいだけなんだって自覚はある。


 その欲求は打席に入る前からくすぶり続けていて、バッターボックスに入ってからはもう、なにかを考えることなんかできずに、身体の反応のままに打つことしかできなくなっていた。


 初球の吹き上がるストレートを捉えきれずにバックネットへのファールに、二球目の高速シンカー、三球目の中速シンカーが低めに外れてボールに。

 そしてその後に放たれた四球目、あの浮き上がるスライダーに身体が反応してくれて、ライトへの大きなファールになった。


 フェアゾーンに収めることはできなかったけれど、目と身体はだんだん深海さんのボールに対応できるようになり始めている。


 スライダーの次に来たのは中速シンカーだった。でも低い。見逃してボールになる。

 これで2ストライク3ボール。フルカウントだ。


 一度打席を外して息を吐き出し、あらためてマウンドに立つ相手投手に、深海さんに視線を合わせる。


 吹き上がるストレートと、速度の違う二種類のシンカーはもう何球も見た。あの浮き上がるスライダーだって、少し甘く入れば次は捉えられる。


 四球種全て、打てる。

 そのイメージを持って打席に立てた。だから、


(……え?)


 次に来たこのボールが放たれた瞬間、困惑してしまった。


(なに、これ)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る